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一章 4
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――夜。
レオが部屋に戻ると、そこにはディーマだけがいた。残りの二人は風呂に行っているのだろうか。昼間のこともあって、彼と二人きりになるのは辛い。
運が悪い、と思いながら何も言わずに藍色の軍服の上着を脱ぐレオ。Tシャツ姿で自分のベッドに向かった。
レオの二段ベッドの下の段はディーマが使っている。彼はレオに目を向けず、本を読んでいた。
ベッドに横になるレオ。ディーマはまだ怒っているのだろうか。自分が悪いのだから、謝るべきだということは分かっていた。
重苦しい沈黙が続く。早く謝らなければ。その勇気を出さなければ。
レオは腹を据えて、口を開いた。しかし、
「レオ、悪かった」
彼が言う前に、下段にいたディーマがそう言った。
驚いてベッドから上半身を乗り出し、下段に顔を出すレオ。
「はあ?! 」
ディーマも驚いた顔でレオを見上げる。
「な、なんだよ……」
「悪かったって、何でディーマが言うんだよ! お前は何も悪くねぇだろ。そりゃあ俺の台詞だ!」
「あ?」
「だから、悪かったって言ってんだよ!」
レオの謝罪に、ディーマは暫く呆然として彼を見つめたあと、笑いだした。彼の突然の爆笑に、レオ。
「何で笑うんだよ」
「あっはっはっ……! いや、お前でも反省することがあんだなぁと思ってさ!」
「当たり前だろ! お前馬鹿にしてんのか」
「違ぇ違ぇ!」
おかしそうに笑っているディーマを見て、レオは段々馬鹿らしくなってきた。
「んだよ、馬鹿にしてんじゃねぇか」
上半身をベッドの上に戻したレオに、ディーマ。
「ああ、悪かった悪かった。拗ねんな」
「拗ねてねぇよ!」
下からの声をそう撥ね付けたレオ。ディーマは頭を引っ掻いて2段ベッドの梯子に足をかける。
「そう怒んなよ。本当言うとな、俺はお前が許してくれないと思ってた。安心したんだ」
そう言って梯子を登ってくるディーマ。レオは体を起こした。
「……何でだよ。お前は悪くないのに」
「レオが本当にいつも、ヴィノクール特務曹長のことを気にしてたからさ。特別、大切な人なんだろうなって思ってた」
ギシ、とディーマがレオのベッドに上がった。彼の言葉に、レオは目を伏せる。
「そんなことねぇ……お前らだって十分大切だ」
「当たり前だ。そうでなくちゃ困る。俺達だってお前が大切なんだ」
そう言ってこちらを見てくるクールグレイの瞳に、レオは目を向けることができずに、自分の骨ばった白い手を見詰める。
ディーマに許された安堵と、ニコライへの不安、自分の不甲斐なさに、レオの黒い両目は濡れていた。
口を閉ざしてしまった彼に、ディーマ。
「ヴィノクール特務曹長、無事だといいな。まだ救援部隊の奴ら、ミハイルの目隠し解けてないって」
「……っ、ディーマ……」
「レオ?」
上げられたレオの今にも泣きそうな顔を見て、ディーマは微笑んだ。
「何だよ……辛いならそう言えばいいじゃねぇか」
彼はそう言って、レオの背中に腕を回して抱き締める。驚くレオに、彼。
「頼れよ。俺達は親友だろ?」
「うっせぇよ……男に抱き締められたって嬉しかねぇ……」
「また、そうやって強がる。本当に図体ばっかでかくて、小せぇ男だな」
「黙れよ……チビ」
レオがそう言うと、ディーマは彼の背中を叩いて笑った。
ディーマの優しさに、レオの堪えていた涙が溢れ出した。
ニコライのことは不安だ。しかしこんなに良い仲間がいる。きっとどんな事があっても大丈夫だ————今はそう思えた。
ニコライとの通信が途絶えて三日目。レキア東方基地は、早朝から騒然としていた。
レオは早足で病棟のある東館へと向かう。後ろにはディーマが付いてきている。
朝、意識を失ったニコライが天界の門の前で発見された――その知らせを聞いたレオは、部屋から飛び出した。
天界に入るには天界の門をくぐらなければならない。その門には監視官がおり、天使以外の生物が入ることは許されない。天界の門の前ならば誰がニコライを連れてきたのか分かるはずだ。しかし、不思議なことにニコライを誰が連れてきたのか分かった者はいないらしい。救援部隊の救護でなく、ミハイルの方からニコライを返しに来たというならば、それもかなり不思議なことだ。
「ったく、何やってんだか、監視官様はよぉ……」
毒づきながらレオは、病棟への階段を登ろうとした。
「……なんだ?」
レオが階段を見上げると、そこにはたくさんの天使がいた。彼の後ろからそれを見たディーマ。
「こりゃあ立ち入り禁止ってこったなぁ」
「うわ、マジかよ」
よく見れば、入ろうとする兵士を上司が険しい顔つきで止めていた。時頼怒鳴り声までする。
「ヴィノクール特務曹長の信者か。恐ろしいな」
そう言って苦笑するディーマに、レオ。
「信者ってお前なぁ。人間界の宗教か何かかよ」
「同じようなもんだろ?」
「……かもな。行こうぜ、どうせ向こうにゃ行けねぇんだ」
「何だ、無理にでも入ろうとするかと思ったぜ。ちったぁ大人になったか?」
「馬鹿にしてんじゃねぇよ」
そう言いつつもレオは、ディーマの言う通り、群がる天使達の向こうへ押し入ってニコライの姿を確めたいと思う。しかしどうせ無理なことだし、ニコライのことでそこまで向きになるのは癪だった。
踵を返して階段を降りる二人。その時レオは、こちらへ上がってくる男を見付けた。
「モローゾフ中尉?」
昨日レオが食堂で話した兵士、モローゾフはレオの姿に笑顔を作る。
「クルツ伍長。おはようございます。ヴィノクール特務曹長が見つかったようで」
「はい、でもあっちには行けませんよ。止められます」
レオの言葉に、モローゾフも階段の上を見上げる。
「ああ……やはりそうですか。仕方ありませんね、私も戻るとしましょう」
そう言ってモローゾフは二人に背を向ける。
階段を下りていくモローゾフを眺めながら、レオに小声で、ディーマ。
「お前、モローゾフ中尉といつの間に仲良くなったわけ?」
「え、いや……仲良くなったっていうか、昨日ちょっと話しただけだ。ニコライのことで」
レオの返答に、ディーマは溜め息を吐く。
「はあ~~、お前ってつくづく優秀な天使と縁があるようだな」
「ああ?」
「まあいいや。俺らも早く行こうぜ。朝飯喰いそびれちまう」
「あ、ディーマ!」
そして二人は、モローゾフの後を追うように階段を降りていった。
モローゾフ中尉————金髪に鮮やかな緑色の瞳の青年を。
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