アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
三章 4
-
「君達の中で軍人になってこれを使う者はおそらくいないだろうが、一応説明しておこう。これは人間界の武器、『銃』の写真だ。使うことができれば殺傷能力は非常に高い」
私は約十年前――十四歳の時、初めて銃というものを知った。
天界で銃を見ることがある者は、軍の関係者だけであろう。
天界では金属は人間界でのそれにくらべ遥かに価値が高い。戦争をするならば大量の金属、鉛を使用する銃よりも、神通力を使って攻撃した方が資源を消費しなくて済む。天界や魔界で銃はほとんど必要とされていない。
軍人でも銃を使う者は特に限られた者、弾丸を神通力や魔力によって具現化できる者だけだ。
私が初めて士官学校の教材に載っていた写真の銃を見た時、私はそれを美しいと思った。無駄が無く研ぎ澄まされたその姿を。
教材にはリボルバータイプの拳銃しか載っていない。弾丸を作り出すこと自体かなりの才能が必要な上に、同時に6発以上の弾丸を神通力で作れる者は滅多に居ないからだ。
私はその教材に載っている「人間界の武器」の「コルト社のパイソン」を見つめ、それを使いたいと心から思った。
偶然にも私は同時に六発の銃の弾丸を具現化できるだけの能力を持っていた。
教官達は訓練で銃を使い熟す私を見て驚いた顔をした。学年で銃を使うことができたのは私一人だけだった。教官の中ですら銃を使える者は一人しかいなかった。
私は軍に入った時、拳銃を任務に役立てる許可を貰った。
私が軍から支給された銃は、S&W M66 という拳銃だった。教材に載っていた銃と同様、リボルバータイプのダブルアクション。人間界では古いが、まだ使われている銃だと言われた。
銃は持ち主の使い方次第でその価値も、意味も、驚異性も変わる。もう既に完成された美しい拳銃。しかし私の想像性次第でどんなものにもなれる。それの銃声を奏でるのは私だ。
私は〝彼〟を〝ファンタジア〟と呼んだ。
私が十八歳で天界軍に入隊してから、私とファンタジアはいつも一緒だった。
私は〝彼〟が私の手を離れ、誰かに使われることなど考えていなかった。私の周りにはほとんど〝彼〟を扱える者はいないからだ。
いとも簡単に私の手から〝彼〟を奪える者がいることも、銃を殺傷以外の目的で使おうと思う者がいることも、当然知らなかった。
あの悪魔――ミハイルが、私とファンタジアの全てを変えてしまった。
「ニーカ! おい、ニーカ!」
聞き慣れた男の声と共に目を覚ましたニコライ。自分を見下ろして名前を呼び、肩を叩いていたのはレオだと認識する。
「レ、オ……」
「起きたか?」
レオの手に肩を放されると、ニコライは上半身を起こした。
「私は、魘されていたのですか?」
「ああ。また悪夢か?」
「……はい。でも大丈夫ですよ」
心配そうなレオ越しに掛け時計を確認するニコライ。最後に時計を見てから一時間は経っている。
「あなたはずっとここに?」
「そうだ」
「良いのですか?」
レオにもやるべきことがあるはずだ。しかし彼は、僅かに笑みを浮かべる。
「お前が俺を必要としてるとなりゃ、お咎めなしさ」
「そうでしたか。すみません、留めてしまって」
「別に。それより、お前ずっと苦しそうだったぞ? さっきも、ろくに寝られてなかったんじゃないか?」
「そうだったのかもしれませんね……。後で先生(ドク)に相談してみます」
軍医から睡眠導入剤か何か向精神薬を貰えるかも知れない。
そうだな、とレオ。
「ああ、そういや……これ」
レオは椅子の下に置いてあった大きめのバッグを取り出した。
「お前の持ち物と服だ。無くしたものが無いか確認してくれってよ」
そう言ってレオが差し出してきたそれを、ニコライは受けとる。
「はい」
そうは言ってもニコライはあの日、大したものは持っていなかった。拳銃のファンタジアと、水筒、ウエストポーチに入れていた携帯食料とナイフ、胸ポケットに入れていた手帳、そして認識標。それだけだ。
ファンタジアの弾はニコライの神通力によって生み出すので持っている必要はない。弾の装填時間も無いので、弾を生み出すことができるニコライは強いのだ。
認識標は今も首に掛かっている。
バッグから藍色の軍服を出すニコライ。奥の方に外套と耳当て付きの黒い帽子、水筒も入っていた。
――本当に、綺麗な顔してる。もっとよく見せて。
急に、あの悪魔の言葉がニコライの脳内に甦った。そう、この軍服を脱がしながら、悪魔――ミハイルは言ったのだ。
――一枚一枚脱がして……裸にしてしまったら、俺は君を蹂躙する。君はただ、俺に犯されることしかできないんだ。
ニコライは戦慄した。
動かない体。脱がされていく服。身体中を這う手。重なる唇。自分を凌辱せんとする悪魔。闇に引きずり込まれるかのように、ミハイルに犯されるあの瞬間をズルズルと思い出してしまう。
軍服を出した状態で突然止まってしまった彼の顔を、レオが覗き込む。
「どうした?」
「……あ、レオ……。いえ、何でもありませんよ」
彼を更に心配させるような態度をとるのは駄目だと、ニコライは手を動かす。本当はこれ以上これらを見ていたくはなかったが、仕方のないことだ。
薄い緑色のシャツと上着の間に手帳とウエストポーチがあった。ウエストポーチの中を確認すると、携帯食料と戦闘用のナイフが入っていた。
そしてまた思い出す。
――君はこれで俺を殺そうとした。無駄なのにね。
自分の体に傷を付けたナイフを凝視するニコライ。目を背けたいはずなのに、背けられない。最後にこのナイフを見たときは刃に自分の血液が絡んでいたのに、今はその形跡も見当たらない。ミハイルが洗ったのだろうか。
「何かあったか?」
ナイフを見続けているニコライに、レオの声がかかった。
呪縛から解き放たれたかのように、ナイフから目を離したニコライ。
「あ、いえ……」
曖昧な笑みで取り繕って、ウエストポーチを閉じ、また荷物を探る。
畳まれた軍服の上着の間に挟まっていたベルト。そこにホルスターが付いている。ホルスターの中にはファンタジアが収まっていた。
「…………っ!」
――じゃあ、今からコーリャが大好きなコレで遊ぼうか?
つい先程見た夢が、あの言葉が、あの感覚が、まざまざと思い出される。震える手がそのグリップに触れた。
常に一緒に戦ってきたファンタジアは、体の一部のようなものだった。しかしこの鉄の塊が悪魔の手に渡ったとき、これは自分の道具から悪魔の玩具に変わった。
ニコライはこの拳銃に恐怖を感じた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
18 / 70