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四章 3
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カーテンの隙間から日が差し、掛け時計の文字が読めるまでになる。突如、病室のドアがノックされた。
「は、い……」
掠れ気味の声で返事をすると、開けられたドア。入ってきたのは妙齢で女性の看護師と、レオだった。後ろにレオを控え、微笑む看護師。
「ヴィノクール特務曹長、起きていらしたんですね。クルツ伍長が会いに来られました」
「え、ええ……早いですね」
かなり早起きな者でなければ、まだ兵士は起きていない時間だ。そして、レオは朝が強い方ではないことをニコライは知っている。
上半身を起こす彼に、少し顔をしかめるレオ。看護師の横を通り抜け、彼の近くに寄る。
「酷い顔色だな」
「そうですか?」
レオを見上げるニコライの両目は充血していた。昨日より更に憔悴した彼に、レオは頭が痛くなるような思いだ。
看護師がレオの横まで歩いてきた。
「寝られなかったんですね?」
「すみません……」
「謝ることではありません。ドクに言っておきます」
「はい、ありがとうございます」
ニコライは看護師に頭を下げ、ベッドから足を出した。
「お手洗いに行きます」
「大丈夫か?」
レオが彼に手を貸そうとしたが、彼は自分で立ち上がる。
「心配ありませんよ、レオ」
疲労が色濃く窺えるその顔で大丈夫だと言われても説得力が無い。ニコライは最初こそよろめいていたが、すたすたとドアの方へ歩いていった。
ドアノブに手をかけた彼に、レオ。
「気を付けろよ?」
「ええ」
そしてニコライが病室を出ていったので、レオは自分と共に取り残された看護師に目をやる。
ニコライと同じくらいの年で、なかなかの美女だ。ウエストの見事な括れと長く引き締まった足、ブロンドの髪。もし自分の担当の看護師がこの女性ならいつまででもここにいたい、などとレオは思った。
にこにこと笑ってレオを見上げる看護師。
「クルツ伍長はヴィノクール特務曹長と仲がよろしいんですね」
「仲がいいっつーか……腐れ縁みたいなもんだ」
「あら、そうですか? ヴィノクール特務曹長、必要なものはあるかって聞いたらあなたを呼ぶように言ったんです。余程クルツ伍長に会いたかったんでしょうね」
「ふぅん?」
本当にニコライには友達がいないのか、とレオは彼に憐れみを感じた。彼の心の支えになることに悪い気はしないが、それが自分だけだというのならば問題があるように思う。
「なあ、今日はモローゾフ中尉が来るんだろ?」
「ええ。モローゾフ中尉は精神医学の知識をお持ちですから」
「凄いよな、モローゾフ中尉は」
「そうですね、本当に」
モローゾフとニコライは、何となく性格が合いそうな気がする、とレオは考える。年齢は十歳程も離れているが、タイプとしては似たようなものを感じる。
「あの、クルツ伍長」
看護師に口を開かれ、レオは意識を彼女に引き戻す。
「何だ?」
「伍長は……ヴィノクール特務曹長と幼馴染みなんですよね?」
「そうだな」
「と、特務曹長、恋人とか……いるんでしょうか?」
唐突な質問に、レオは僅に眉を眉間に寄せた。
少し頬を赤らめる看護師。彼女はニコライに気があるのだろうか。こんな美人に好かれるなんて羨ましい、などと不謹慎なことを考えるレオ。
「いや。多分あいつ、恋人なんていたことないぞ」
正直なレオの返答に、驚きの表情を浮かべる看護師。
「ええっ? そうなんですか?!」
「ああ、聞いたことねぇ」
「じ、じゃあクルツ伍長は?」
「……俺ぇ?」
またもや唐突な質問に面食らうレオ。彼女はニコライに気があるというわけではないのかも知れない。
「俺は……今はいねぇよ、誰も」
「今は?」
詳しく教えろというオーラを醸す彼女に、レオは指で眉間を押さえる。何故こんなことを言及されねばならないのか。
その時、病室のドアが開けられた。ニコライが帰って来たのだ。
彼女に解放されたことに安堵しながらレオはドアの方に振り向く。帰ってきたニコライがドアを閉めてこちらに近づいてきた。
「大丈夫か? ニーカ」
「はい」
ベッドに座るニコライ。本当は大丈夫なんかではないことくらい、レオはよくわかっている。
「……今日、モローゾフ中尉が話を聞きに来るらしいぞ」
レオが言うと、ニコライは表情を変えずに頷く。
「ヴァシリイ・フォン・モローゾフ中尉ですか」
「ああ。ちゃんと……話すのか? 全部」
「……ええ、そうしたいです」
そう答えるニコライは、やはり無表情だ。表情を作る気力すら無いのかも知れない。
「無理、すんなよ」
「はい……そうですね」
レオが俯いているニコライの背中を軽く二回叩くと、顔を上げた彼。一束の銀髪が肩を滑り落ちた。
腰を落とすレオの黒い瞳と交わる、美女桜の瞳。二人は両目を閉ざし、コツン、と額を合わせた。そしてもう一度お互いの目を見る。
「じゃあ、俺はもう行くから」
「ええ、わざわざ来てくださってありがとうございます」
レオは隣にいる看護師の方を向く。
何故か頬を赤くしている彼女。
「あっ、えっと……もう行かれるんですか?」
「ああ。ニコライを頼んだ」
「は、はいっ」
そしてレオは、再びニコライの病室を去っていった。
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