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五章 5
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軍服は脱ぎ捨てた。
長かった波打つ黒髪は短く切った。
伍長の階級も、貰った勲章も、全て棄てた。
自分が天使であるという認識すらも。
「本当に良かったのか? ディーマ」
友人、ディーマにレオはそう尋ねた。彼の家を訪問しているディーマ。
「ああ。俺ももうあんなところにはいたかねぇ」
「そうか……」
二人はもう天界軍の藍色をした軍服を着ていない。髪を切ったレオは、前よりもやや精悍に見える。
ニコライが最強の悪魔、ミハイルに連れて行かれて一週間。二人は軍を止めていた。
天界軍はニコライが軍のために自ら悪魔と共に人間界へ行ったことを隠蔽した。彼は悪魔に監禁されて精神的ショックを受け、軍を止めることにした。そういうことにされた。
上官達はあの日あった全てのことを無かったことにしたのだ。
そしてレオは、除隊処分を受けた。
基地にサイレンが鳴ったとき、レオは上官の命令を無視してニコライの所に駆けつけた。更にニコライや兵士達の命の危険を省みず悪魔に攻撃を仕掛けた。除隊処分について言われた理由はそのようなことだったが、恐らく一番の理由は、レオが悪魔と天使のハーフだと分かったからだろう。
膨大な神通力と魔力を扱うことができるようなってしまったレオの存在は、軍にとっては邪魔だった。天界軍に敵の武器である魔力を使える者など、たとえ強くとも必要無いのだ。
その後ディーマも天界軍から出ていった。
レオと違って除隊されたわけではない。理不尽な軍のやり方を嫌に思って止めたのだ。それからもう一つの理由は、レオと共に成し遂げたいことがあったから。
「本当に一緒に来るのか?」
レオは真剣な表情でディーマに問い質した。
彼は首肯して、クールグレイの瞳でレオを見上げる。
「お前さえ良ければな。俺もヴィノクールを助け出したい」
「……そうか」
それでも申し訳なさそうな顔をするレオに、ディーマは笑顔を作った。
「俺が行きたいから行くんだ、俺のことは気にすんな。行こう、モローゾフ中尉も待ってる」
そしてディーマに背中を軽く叩かれたレオは、つられて笑みを浮かべる。
「ああ……そうだな」
そう、ニコライを助けだそうとしている者はもう一人いるのだ。
共に軍を離れた、モローゾフが。
「本当に、すまない」
彫りの深い顔立ちで鷲鼻の天使、モローゾフ。彼は目の前にいる巻き毛の女性に謝罪した。
腕に二、三歳の幼児を抱いている女性。彼女、モローゾフの妻の彼を見上げる両目は悲しげだった。
「……いいのよ、仕方ないわ。もう決めてしまったことなんでしょう?」
ディーマと共に自ら天界軍を出てきたモローゾフ。この一件の被害者である彼も軍のやり方が許せなかったのだ。
妻と娘が暫く生活できるくらいの貯金はあるし、妻も病院の看護師だ。金に問題は無い。
モローゾフは妻にあの日あったことの全てを話し、ニコライを救出すべくレオとディーマと一緒に人間界へ向かうことにした。
「本当にすまない……。軍を止めた上に、こんな——」
「あなたが軍を止めたのは当然のことよ」
モローゾフの言葉を遮って、彼女は言った。
「軍は酷いところね! あなたがフォン・ヴィノクールさんを助けたいと思うのも、当然のだわ。あなたは何も間違ってない」
はっきりとした彼女の言い方に、モローゾフは微笑む。
「……ああ、ありがとう。直ぐにこっちに戻ってくるよ。そしたらまた仕事も探すから」
「ええ。この子のためにも、ちゃんと帰ってきてね?」
この子とは、彼女の腕の中の二人の子供だ。愛らしい琥珀色の瞳でモローゾフを見上げる幼女。
「パパ……」
自分を呼ぶ子供に、モローゾフは腰を落とした。
「リーリャ、パパはまたお出かけするよ」
「お出かけ?」
「そう。ママのところでいい子にしてるんだぞ?」
「んー……うん」
「よしよし、約束だ。パパも直ぐに帰って来るからな」
そしてリーリャと呼んだ子供の額にキスを落とすと、リーリャは嬉しそうに笑った。
彼は妻に視線を戻す。
「それじゃあ、リーリャを頼んだよ」
「ええ。愛してるわ、ヴァーシャ」
愛称で彼の名を口にした妻に、彼は頷く。
「私も愛している。カーテャ」
見つめ合い、二人は口付けを交わす。妻や娘への慈しみが、モローゾフの生への執着を強くしていく。
彼は妻と娘に帰って来ることを約束し、家を後にした。
琥珀色の双眸(ウルフ・アイズ)に覚悟の光を宿して。
モローゾフは家を出ると、そこにいた二人の天使に少し驚いた顔をした。
「おや……来ていたのですか」
そこにいたのはレオとディーマだった。二人共、モローゾフが出てくるのを待っていたのだ。
「当たり前です。中尉に迎えに来させるわけにはいかないでしょう」
ディーマが笑って言うと、モローゾフ。
「ありがとうございます。でもダニロフさん、私はもう中尉ではありませんよ」
「え、ああ……そうでしたね。すみません。モローゾフさん?」
戸惑い気味なディーマに、モローゾフはクスリと笑った。
「ヴァーシャで結構です」
「ヴァーシャ……。じゃあ俺のことはディーマって呼んでください。俺には敬語とか要りませんよ、ヴァーシャ」
「分かったよ、ディーマ。クルツさんも、私のことはヴァーシャと」
ディーマと握手を交わしたモローゾフは、次にレオに視線を移した。
レオも僅に笑みを見せて、彼に手を差し出した。
「ええ。俺はレオって呼んでください、ヴァーシャ」
「ああ、レオ。これからよろしく」
「はい」
レオとモローゾフも手を握りあった。
三人は、人間界へ向かう。
連れて行かれた天使を取り戻すために。
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