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望と遥斗…大学生の二人
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何者かが、追いかけてくる。
詳細は不明だが、ともかくそれは怖いもので、捕まると命を脅かされるようなものである。必死に逃げようとするも、なぜか脚が重く走ることができない。振り返ればもう、間近にそれが近づいてきてーーー
はっ、
とそこで、望の目は覚めた。恐怖にがたがたと震える身体。浅くなる呼吸。溢れる、涙。
息を整えながら、胸の前で腕を交差させ自分で自分を抱き締め、俯いた。しんと降りる暗闇と静寂の中、どうしても脳裏に過ぎるのは先ほどの夢の情景である。
「う……う、う……」
遥斗……。
心の中で、助けを求めた。が、この間までのように安易に連絡することは許されない。
ーーーなぜならもう、遥斗と自分は親密な関係ではないから。
「………」
蘇ってなど欲しくないのに、別れ話のときの記憶が蘇る。
この間のことだ。大学からの帰りに遥斗とファミレスへ行った。二人とも料理を食べ終わる頃になって、「あのさ」と、遥斗が切り出してきた。まずは本当にごめんと、真摯につらそうな顔で言ってきたのが、遥斗らしかった……。
「俺マジ、卒論全然書けてなくてやばくてさ……。就職先のことも勉強しないといけなくて。余裕、なくて……。望のこと、これから大事にできるか、自信なくて、さ……」
ーーーああ。
つらつら、言い訳してくれる遥斗。分かってた。時間の問題だってことくらい。
ありがちだけれど、この時期になっても就活が上手くいかずに心の健康状態を悪くしている望である。遥斗に心配をかけないよう……いや、遥斗に嫌われないよう、擦り切れた精神なりに、病んだ空気を出さないよう頑張ってはいるものの、どうしても、情緒を制御できないこともある。
そんなとき、優しい遥斗は丁寧に慰めてくれたけれど、たぶんそろそろ、面倒臭くなってきたのだろう。これは望が何となく感じていたことで、何でも気にしがちな自分の被害妄想なのだと思おうとしてきたが、……。
「俺ってそんな、要領よくないからさ……。望のこと、傷つけ」
「いいよ」
遥斗の言葉を、遮った。
ありがとう、気を遣ってくれて。だって、本当のことを言ったら、俺が保たないから。そういうところ、嫌味じゃなくて心から、遥斗のいいところだって思ってる。余計なことを言わないのって、生きる上で大事だから。
だけど、聞いてられないよ。いっそのこと、はっきり言ってくれた方がましかも。とか言ったら、困らせてしまうんだろうね……。
「え、あ」
「俺も、遥斗忙しいのに会ってもらってて申し訳ないなく思ってたんだ。実は面接いいとこまで行ってる企業あって、ちょっと心も楽だし」
「そうだったんだ」
「うん。タイミングなくて、言ってなくて……。だから今は、割と元気だし。ごめん、今まで迷惑かけて」
ーーー死のう……。
「あ、いや、そんな」
「俺もぼちぼち、忙しくなってくると思うし。そうなったら、それはそれで遥斗に迷惑かかるからどうしようかなーと思ってたところで。お互いそんな感じだし、これからは恋人っていうか、友達としてちょいちょい会ってくくらいがちょうどいいのかもね」
今すぐに自分の胸を鋭利なもので突き刺してしまいたい衝動を抑えながら、全身全霊で普通を装い、嘘を並べた。皮肉だ。エントリーシートや履歴書や面接では、駄目な自分を駄目でなく言うことができないくせに、こんなときだけ、すらすらと心にもないことが言えるとは。
言いたいことの核を言うまでに遠回りをしていた遥斗であったが、望の方からまさに自分の言わんとしていたことを言われて、割と、ほっとしたようだった。
そんな彼が、自分の申し出を断るわけはない。「そうだな」と答えてくれて、ーーーそこから望の記憶は、曖昧となる。どうやって帰ったかは分からないがマンションに着き、靴を脱ぎ玄関に鞄を下ろすと即、包丁を手に取ったのは覚えている。胸に刺そうと思ったが、このタイミングで死んだらもろに遥斗のせいになると、ふと気がついた。彼に一生、自分などの死を背負わせることになると思うと気が引けて、自分を刺すのは一旦やめて、それから数日後まで、一体どう、過ごしていたっけ……。
「……、………」
ぎゅ、と抱き締めた自分の肩を掴んでも、安心感は得られない。やっぱり、隣で誰かが、肩を抱き寄せて体温を分けてくれなければ。
「たす、けて……」
呟いた、言葉。誰に届くこともなく、ただ闇に溶けていくばかりであった。
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