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【発露 side-U】
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【発露 side-U】
ラボ兼住居に急いで戻り、キッチンでグラスに水を注いではさっさと飲み干す。なんだったんだ、あれは。
あれは、してはいけないことだった。
仕事の繋がりで顔馴染みになった片岡平祐から、俺の本を読みたい奴がいるから一冊くれと頼まれたのが先日。
どこの職員だよコピー本で我慢しろと苛立つ俺に、そうじゃなくってさ、と平祐は言った。
「製図職人だよ」
へえ。それがなんで?
「お前のファンなんだってさ」
頭のなかで超新星が爆発した。
好きなものを好きなだけやっていたら、なんでか国が褒めてきて、いまや一流大学の講師だ。
他人の利己主義的な思考やら嫉妬に翻弄されて、こんなことになるなら天文台に引きこもって観測だけを続けていたいと願う反面、自分だって結局は研究を続けるのに金がいる。金を集めるにはハッタリがいる。
優れた容姿に生まれてよかった。
それがますます一部の他人に嫌われる理由ではあるけど。
「俺が届ける」
またこいつは変なことを言って、という平祐の視線を受け流し、頼まれたNo.7を紙袋に包む。
自分が子供の頃、図鑑で宇宙に憧れをいだいたように、どこかの誰かが、今までまったく知らなかった世界にときめいてくれたらと思って本を出した。
もちろん金のためでもあったが、現実は甘くない。売れるには売れたが、どうせ読むのは学会の人か、学生ばかりだった。
有識者には目新しいものはないねとけなされ、無知はただ俺が書いたと言うだけで喜ぶ。俺だって、この本が傑作だとは思わない。この程度の論文を世に残すならもっと先、大きな成果を作り上げてからにしたいといつも思う。
なまじ学生時代にデカい功績を得たせいで、なんの進歩もない自分に苛立ったり怯える毎日だ。他人は期待している。大学も期待している。だから雇われている。でも、今進めているプロジェクトは、実は端から成功の見込みのないものかも。
不安は、ときどき、悪夢となって現れるぐらいだ。小学生くらいの子に、その論理変じゃんと言われて、なんと自分は簡単な足し算を間違っていました。自信満々に披露した俺は、途端にうろたえて、取り繕って、冷たい視線に囲まれる。べったりといやな汗をかきながら、呻いたまま目を覚ます。
ところで、製図職人ってなんだっけ。
ああ、地図とか星図とか作ってる人か。平祐は確か、元同級生と言っていた。ああいう仕事をするのは、なんとなく年寄りのイメージがある。こんなもんじゃ駄目だと、書きかけの地図をビリビリ破るような。
すげー場所に住んでるし。
簡単に届けにいくとか、言うんじゃなかった。好奇心もほどほどにしないと。
異常に急な角度で登る電車にビビり、誰もいない車内にビビり、終点では駅員すらいないのにもビビった。まるでホラー映画じゃないか。心なしか、木々のざわめきや鳥の声が攻撃的に感じる。
道は一本しかないので、迷いようはない。
しばらく道なりに進んでいくと、岩をくりぬいたようなトンネルが現れた。人前では平気なふりをしてるけど、実は結構な怖がりなので、そこでもまた躊躇する。
結構長くないか?
いや、向こう側は見えているので、たいしたことないが、それにしたって不気味だ。
まずこんな地形は初めて見るし、トンネルの中が暗いのも怖い。変な虫とかいたらどうする。
迷ってても仕方ないので、足を踏み入れた。なんだかひんやりする。怖くない怖くない。無意識に息を詰めていたようで、また日差しを顔に浴びた途端、俺は大きく息を吐いた。
そこには白い建物があった。
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