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こういうところなんだよ、僕の悪いところは。事前に宝良に連絡だって出来たはず。約束を忘れる。つい、目先のことばかり。
さっさと仕事に取りかかりながら、優先すべきは宝良なのではないかとも迷う。
あれもよくない。これもよくない。そもそも。やっぱり。だから僕なんて。…………自虐も突き詰めれば自滅していって、無心で図面を描いていく。文字を書く仕事でなくて、よかったと思う。
幾ら線を引いたって、塗りつぶしたって、そこに制作者の感情は漏れない。
冷たくも熱くもない。
好きも嫌いもない。
無機質で精密で、狂いようのない世界。
終わって乾かしていると、バイクの音が聞こえた。
玄関の開く音を聞いてから、一呼吸。立ち上がり、宝良のもとへ向かう。なにか買ってきたようで、紙袋を提げていた。
僕を一瞥して、どこかに歩いていく。
「宝良。ごめんね」
「もういい」
宝良のあとをついていったら、風呂場に着いたので、訊ねた。
「……何買ってきたの?」
「髪染める」
あー。
それは嫌だとか駄目だとか、今、言える立場じゃないよな。
本当に好きだったんだけどな。その黒い艶のある髪と、宝石のように深い青色の瞳の組み合わせは。お父さんにそっくりで。
何色に染めるんだろうと思っていたら、宝良が紙袋から取り出したのは、白と銀の、それぞれの小瓶だった。
染色技術は多方面に発達しているので、髪を染めるのも、この黒々とした髪から、一気に透き通るような白に変えるのは、非常に簡単だ。
僕と同じ色に染めるのか。どうして?
実は前から憧れていた? いや、それはないな。流行ってない色だし。
聞いてみたかったが、宝良の態度的に、あんまり聞くタイミングでもなかったので、黙って見守る。
宝良は小瓶に書かれた説明文を読んでいる。
僕が突っ立っているので、出てけよと冷たく言葉を吐く。
「……やってあげる」
袖まくりをして、瓶を受け取り、キャップを回して開ける。マニキュアのように、蓋にくっついてするりと刷毛が出てきた。
僕は手慣れているので、説明を読まなくても分かる。
突っぱねるかと思ったが、宝良はおとなしく僕に従った。
前髪から塗って、サイドにうつる。
どういうつもりなんだろうな、この子は。子供の成長は喜ばしいけど、離れていってしまうのはつらい。
考えてることなんて、もうずっと、分からないよ。
どうして僕を抱くのかも、神官を目指す理由も、一切父親の話をしないことも、言ってくれないからあれこれ想像を巡らせるしかない。
「また会うの」
後ろを塗っているときに、宝良が言った。
「ん?」
「今日一緒に飲んだ人」
「……………うん」
「……………………」
「ごめんね。次からはちゃんと連絡します」
「……………………」
無言。
そこじゃないのかな、怒ってるところは。家に一人にしたから? 宝良を引き取った最初は、仕事の打ち合わせにも連れていってたっけ。自分が小学生だった頃、親はいなくても大丈夫だったから、つい宝良を一人にしてしまったことがあって、ギャン泣きされたっけ。
もともと内向的な性格だったし、親はどうせ帰ってくると分かっていたから、僕は平気だったんだ。安心して、一人で遊んで待っていられたんだ。宝良が一時間足らずでも独りぼっちにされて、どれだけ怖かったか。
いや、でも、もう大学生だろ。
やっぱり、宿題の約束を破ったことと、連絡なしに遅くなったことと、夕食要らないのも連絡しなかったっていう、同時多発のミスだよな。
髪は簡単に染まってしまって、宝良はそのままシャワーを浴びて眠りについた。僕は徹夜で仕事をした。
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