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(5)白雪の朋友-3
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――時刻は午後をまわり、庭にて。
内心ヒヤヒヤした食事を終え、ルイと遊ぶことになった。言っておくが俺が自分から提案したわけではない。それなのにレイジ、お前は何で睨んでくるんだ。綺麗な顔が台無しだぞ。いや、睨んでも綺麗なんだけど。
「弟くんはお兄さんのどういうところが好きなの?」
キャッチボールをしながら聞く。とは言っても地面に一回跳ねさせているので、怪我の心配は無い……はず。だからそう睨むなって。
「お兄ちゃんはね、色々知ってて、優しくてすごく格好いいんだ!ぼくの自慢のお兄ちゃん!」
「ルイ……!」
レイジはそれを聞き、感極まって泣きそうになっている。ほんと学校でのすました様子はどこやったんだ。
「へーそれはすごいな。お兄さん、学校でも有名なんだよ」
「ほんと!?」
「そうなのか?」
ルイが身を乗り出すのはいいとして、何で本人まで疑問形なんだ?
「……もしかしてご存知ない?」
返ってきたボールを持ったまま問いかける。あ、本当に知らなさそう。
「すっごい噂になってんだぞ?その顔」
「この顔になんかあるのか?」
えぇ……そこから?じゃあもしかしてさっき俺が口走った『綺麗な顔してんのに』っていうのも真面目に受け取って無かったってことか。そんなことある?
訝しげな様子で俺を見るその顔にいたたまれなくなり、目を逸らした。
「あ、そうだ!お兄ちゃんのすごいところもう一つあるんだよ!」
何かを思い出したかのようにルイは口を開く。
「もう一つ?」
「うん!お兄ちゃんね、氷の魔法使えるの!」
「……っ、ルイ……それは……」
珍しくルイを制するレイジ。
「あ、……その、ぼく……」
つい言ってしまった、と申し訳なさそうに顔を俯かせるルイ。
「えーっと……魔法って、あの?」
存在ぐらいは聞いたことがある。さすがに実物は見たこと無いが、この国で暮らしていたら一度は耳にする。
「……っ」
こちらを見ようともしない。 両者の間に気まずい沈黙が流れる。
「……俺は魔法が使える」
先に沈黙を破ったのはレイジだった。
「お兄ちゃん……いいの?」
そんな兄を心配そうに見つめるルイ。
「いつか言おうと思ってたから、大丈夫だよ」
不安がるルイを安心させようと小さく笑う。
「物を凍らせる、氷の力……空気中の水分を凍らせることもできる」
しばし目を閉じ、やがて開く。
「こんな風に」
みるみるうちにその手の上に氷塊が現れる。季節は春真っ只中だ。断じて極寒の冬などではない。
目の前で起きた超常に目をしばたたかせる。やがて一つの疑問がわく。
「手、冷たくない?」
「……は?」
何言ってんだコイツという目で見られる。
「いや、だってそれ氷だよな。やけどとか……」
手袋も無しに直で持っているのは見ていてハラハラする。
「自分で作った氷は平気だけど……それだけか?」
「え、それだけって?」
出来上がった氷に対する感想とか?んなわけないか。
「――っ、目の前でワケわかんない無いこと起きてんだぞ!その力、人に向けて使ったりしないかとか普通もっと気持ち悪がるだろ!」
痺れを切らしたレイジは声を荒げる。
「むしろなんでそんなこと言うんだ?お前が元々持ってる物なんだから、そういう物なんだろ」
他の国は知らないが、少なくともこの『レリアン』という国では魔法に対する偏見なんてほとんど無いはずだ。
「……おかしな奴」
やがて何かに観念したかのように呟く。
心外な、お前も大概だぞ。見ろ、お前が溺愛する弟くんが不安そうにしてるのを。
「お兄ちゃん、ケンカしちゃったの……?」
責任を感じているのか、少し涙目になってしまっている。
「ううん、違うよ。ちょっと難しい話しちゃってごめんね」
ルイの頭を優しく撫でる。
「ほんと?」
「うん、もう大丈夫」
その証拠にほら、とレイジはその場で腕を横に振る。その軌跡をなぞるように小さく雪が降る。綺麗だ。
「ルイ、何か見たい物はある?お兄ちゃんが作ってあげる」
「ほんと!じゃあじゃあ――」
パァっと表情を輝かせ、次々とオーダーしていくルイとそれに応えるレイジ。
憑き物が落ちたかのようなその顔は雪や氷が舞い散る景色と相まってとても美しかった。
それから少しして『う、ちょっと寒くなってきたな……』と思いながら二人を見ていると。
「じゃあ次は、っ」
突如レイジの体が傾く。そのまま地面に倒れ伏した。
「――お兄ちゃんっ!」
「レイジ!?どうしたレイジ!」
その体を抱き上げるとひどく冷たくなっていた。顔も青白い。気を失っているのか必死に呼び掛けても返事がない。泣きながらどうしよう、どうしようと繰り返すルイ。なんで、さっきまで元気そうにしていたのに……!
「ルイ!何があったんだ!」
家の中からクルベスが飛び出してきた。きっとルイの声を聞き付けたのだろう。
「わかんな、ぼく、お兄ちゃんに色々見せてもらってて、そしたらお兄ちゃん急にたおれちゃって……っ!」
しゃくりあげながらルイは必死に説明しようとする。
「ごめんなさい、ぼく、ぼくのせいで……っ、ぼくが見たいって言ったから……!」
クルベスはレイジに駆け寄り、容態を見る。そしてまわりに散らばる氷の欠片や溶け始めた雪を見るとルイのほうに向き直る。
「大丈夫、お兄ちゃんはちょっと疲れちゃっただけだよ。少し休んだらすぐ元気になる」
「でも、でも……!」
「それに伯父さんはお医者さんだぞ?だから大丈夫。さ、ここは寒いからひとまずお部屋に戻ろっか」
意識が無いレイジを抱き上げるクルベスに『このひと医者だったのか』と思っていると彼はこちらを振り返った。
「君はルイと手を繋いでてあげてくれないか。少しは落ち着くかもしれない」
「あ、はい」
随分手慣れた様子でレイジを運ぶ姿に、以前も似たようなことがあったのだろうか、と考えた。
◆ ◆ ◆
「うん、これで大丈夫。ルイはお父さんたちのところに行っててくれるか?」
「でも、お兄ちゃんが……」
「もう大丈夫。それにお父さんたちにこのこと説明してほしいんだ、きっと心配してると思うから。ルイにしか頼めないんだ、できるかな?」
そう言われたルイはやがて頷き、慌ただしく部屋を出ていった。
ベッドに横たわるレイジを見る。ちなみにここは2階にあるレイジの私室だ。
「ごめんな、驚いたろ?」
レイジから離れたクルベスはこちらを気遣う。
「え?あぁ、そりゃあもう……」
目の前でいきなり倒れたのだ。心臓が止まるかと思った。
「魔法の使いすぎ。そんで体の中の魔力のバランスが崩れてぶっ倒れたってわけ」
気を付けろって言ったのに……と軽くため息をつく。
「前にも同じことがあったんですか?」
「あぁ、こいつが小さい時にな。まぁその時は俺しかいなかったけど」
だからルイはあんなに気が動転してたのか。
「おおかた、ルイを喜ばせようと思ってやったんだろうけど……結果的に泣かせちゃ意味ねぇだろ」
確かに。あの溺愛ぶりだ。ルイが泣いていたと知ったらどうなることやら。
「じゃ、俺は下に戻るよ。ルイのことだから多分ちゃんと説明できてないだろうし。レイジはもうちょっとしたら起きるから、何かあったら呼んでくれ」
それだけ言うとクルベスも出ていってしまった。
いまだ目を伏せたままの秀麗な顔を見つめる。美人って余計なパーツが一つもないんだなぁとか考えながら見ていると。
「……っ」
気だるげな様子で目を覚ます。
「ここ……」
「お前の部屋。魔法使いすぎてぶっ倒れたんだと」
それを聞いてあぁ、と合点した様子で声を漏らす。
「起き上がれそう?」
「……いや」
あの覇気はどこへやら。魔法の使いすぎって怖いなと思う。
「……ルイ、泣いてた」
「あれ、起きてたの?」
「気ぃ失う直前……ルイの泣く声が聞こえた」
その前に俺も結構呼び掛けたんだけど、とは言わない。
「ルイを、泣かせたくはなかった……っ」
そう言うと右手で目元を隠した。
「さっきの『いつか言おうと思ってた』って……」
「……あんなの嘘に決まってるだろ。ああでも言わないとルイは自分のせいでって考える」
弟のために自分の秘密を言うことを選んだのか。どこまで弟思いのやつなんだ。
「……誰にも言うなよ」
家族しか知らないんだ、と続ける。
「あの伯父さんは随分詳しそうだったな」
結構信頼しているのだろうか。これ以上にないほど冷たい態度とってるけど。
「あいつは家族じゃない」
そこまで否定しなくても。
「お、目ぇ覚めたか」
噂をすれば。見計らったかのようなタイミングでクルベスは部屋に入ってきた。それに対してばつの悪そうな顔をするレイジ。伯父が対処してくれたってことは分かっているのか。
「前に言っただろ。気を付けろって」
「……覚えてない」
これは完全に覚えている顔だ。
「ちゃんと反省しろよ、ルイが心配してたぞ」
「……」
レイジにはルイのことを持ち出すのが一番効くって分かっているからこそ、あえて言ったのだろう。案の定効果は抜群だったらしく気まずそうな顔で黙ってしまった。
「さてお説教もここまでにして」
クルベスは俺のほうに向き直る。
「なぁ、学校でのレイジのこと教えてくれないかな」
クルベスはいたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見る。
「……なんのつもりだ」
それにレイジは声を凄ませながら起き上がろうとする。
「あぁ無理すんなって。まだ体だるいだろ」
「いいから答えろ」
補助しようとするクルベスを殺気立った目で見るな。
「こっちだって心配してんだぞ?お前がちゃんとやれてるか……」
「余計なお世話」
レイジは刺々しい声音で返すけど、そうでもないんじゃないかなと俺は思う。
「見た感じ、大変そうだな……」
そして伯父は大変察しが良い。
「でも良かった。友達できたみたいだし」
やっぱり同年代の友人は一人はいたほうがいいからな、とクルベスは安堵した様子で話す。
「友達じゃない」
「もう友達でいいんじゃないか……?」
頑なに否定するレイジに思わず口を挟む。それに実質、家族公認みたいなものなんだし。
「ほら、こう言ってるからもう良いだろ。それにルイの手前、友達ゼロは言いづらくないか?」
「……ルイのこと出すのはやめろ」
効いてる効いてる。
「魔法のことも話したんだし、認めたほうが楽だぞ」
「……っ」
「親にも中々言えなかった秘密共有したんだから――」
「わかった!友達だ!これで良いんだろ!?」
もうこの話は終わりだとばかりにレイジは声を張り上げる。あとさっきのクルベスの発言、あれわざと言ったな。
何はともあれ、レイジと俺はこうして友達となったのである。
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