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(7)白雪の朋友-5
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あれからすぐ国家警備隊が駆けつけてきたので、場所を移動して事の経緯と逃げた連中の特徴を話す。
危うく連れていかれそうになった本人は淡々と説明をしているが、その頬に貼られたガーゼは見ているこちらまで痛くなってしまいそうだった。
「レイジ!!」
ひどく狼狽した様子で飛び込んできたのはクルベス。それに続いてルイたち一家も勢揃いで入ってくる。
「みんなで来なくても……そんな大したことないのに」
家族の慌てふためく様にレイジはばつが悪そうな顔で呟く。レイジの怪我を診ようとクルベスが近づくもそっぽを向いてしまった。
「んなわけないだろ!こんな、ひどい怪我までして……!」
何でもなさそうにするレイジにセヴァは声を張り上げる。あの人がこんな声出すところなんて初めて見た。それほど心配していたのだろう。
「……別に。殴られただけだし」
「なぐられ……っ」
母親は顔を青ざめて今にも卒倒しそうだった。ルイにいたっては部屋に入ってきた時からずっと泣いている。いつもならルイが泣くようなことがあればすぐさま駆け寄るのに、自分がそうさせてしまっていることに負い目を感じてか気まずそうにルイを見るだけにとどまっていた。
「……ごめん」
心配させて、と覇気のない声で呟くその顔をセヴァは真摯な眼差しで見つめ、震えた声で語りかけた。
「謝らなくていい……なんでお前が謝るんだ……怖い思い、しただろ?」
「……」
父親のそれに応えることは無かったが、ただ黙って抱き締められるがままにしていた。
当然のことだが家に帰ることになった。国家警備隊が見回りもするらしいがしばらくは一人で出歩くのは控えるように、と言われた。あの時駆けつけた俺のことを根を持っている可能性も捨てきれないため気を付けるよう注意を促される。
とりあえず今日のところはこの場で別れようと思ったが、助けてくれたのだからと再び家に招かれた。
少しの間待っていてほしい、と言われレイジと共に彼の私室で待つことにした。
いつぞやと同じように二人きりになる。本人は何も言わないけど、あんなに震えてたんだ。相当怖い思いをしたのだということは想像にかたくない。
何を話したらいいのか、どう声をかけたらいいのか分からず重い沈黙が漂っていた。
「い……っ」
癖なのか頬をつこうとしたレイジはうっかりガーゼが貼られたほうの頬に触れてしまった。やはり痛いのか小さく呻く。
「……なんで使わなかったんだ」
苦々しく顔を歪めるレイジにそう聞かずにはいられなかった。
「何を?」
怪我をしたほうとは逆の右頬に頬杖をついたレイジはこちらに目もくれず聞き返した。
「魔法だよ。そうすればそんな怪我しなかったかもしれないのに――」
「……お前、何も分かってないんだな」
「何もって……」
ようやくこちらを見たその目はひどく冷たかった。
「あんな人が多い場所で使うわけないだろ。大勢の人間に見られる可能性があるのに」
「でも、そのせいで危ない目にあったんだぞ!?下手したら取り返しのつかないことになってたかもしれないのに……!」
この期に及んでまだ悠長なことを抜かすレイジに思わず声を荒げた。その気迫にレイジは一瞬怯む様子を見せたが、一つ息をはいて抑揚のない声で続ける。
「……俺一人痛い目見るだけで済むだろ。何が問題なんだ」
「お前、なんでそんなこと言えるんだよ……っ」
深い青の瞳は再び下方に伏せられる。
おそらくあの様子からして連中はレイジを襲おうとしていたのだろう。レイジはそれを分かっていないようだが。もし気付くのが遅れてしまってそんな目にあっていたらと思い、涙が零れる。
「……お前が泣く必要ないだろ」
「っ、なんでお前は平気そうにしてんだよ……っ」
そう言われ押し黙るレイジ。
「はいはい、ストップ。二人とも一旦落ち着こうか」
そこへ割り込む声。クルベスだ。いつから聞いていたのだろう。咄嗟に目元を擦って涙を拭った。
「俺は落ち着いてる」
こんな時でもレイジはクルベスを睨むのを忘れない。
「意地張らない。たまには素直になれ。……怖かったな。もう大丈夫だから」
「……やめろ」
頭を撫でるクルベスの手を払いのける。だが、いつもと比べると勢いが無かった。
「……お兄ちゃん」
心配してやってきたルイが扉の陰から覗き込む。
「ルイ、そんなところにいないでこっちにおいで」
レイジは両手を広げて招き入れる。頬が痛むのか、浮かべた笑みはいつもルイに見せているものより大人しい。
「ほっぺ、いたい?」
おずおずとレイジのそばに歩み寄ったルイは大きなガーゼが貼られた頬を仰ぎ見る。今にも泣き出してしまいそうなその顔をレイジは優しい手つきで撫でた。
「大丈夫、伯父さんが手当てしてくれたから。すぐ治るよ」
珍しくクルベスのことに触れた。そう言ったほうがルイが安心すると踏んだのだろう。
「……お前らはあっち行っててくれ」
こちらを見ることもなく発せられた素っ気ない物言いに言い返そうとしたが、クルベスに無言で制されてしまい渋々その場をあとにした。
◆ ◆ ◆
「悪いな、あれでも相当頑張ったほうなんだ」
両親がいるリビングを通りすぎて書斎に入ると、先ほどのレイジの態度に腹の虫が治まらない俺にクルベスは振り返った。
「でも、いくらなんでもあんな言い方……!」
「素直じゃないんだよ」
そう言うとクルベスは壁に背を預け、棚に整然と並べられていたアルバムを引き出した。素直じゃないとはいったいどういうことだろうか、と続きを待つ。
「自分からは話しづらいってこと。あの感じだと俺から話してやってほしいってことだろうな」
話してほしい?確かに部屋を出る間際、一瞬だけクルベスに視線を向けていたが……ここまで来ると心が読める魔法でも使ってるんじゃないかと思えてくる。そんな魔法はないけども。
クルベスは手にしていたアルバムに軽く目を通したのち、元あった場所に戻した。
「あいつな、自分の力が嫌いなんだよ」
「え?」
自分の力とはあの氷の魔法だろうか。あんなに綺麗なものなのに。
「物を凍らせる魔法。風邪引いた時とかは意識が朦朧として、自分の汗まで凍らせてしまう」
それで余計に風邪を長引かせたりしてる、と続ける。
「いつだったか……だーれも理解できない、化け物みたいな力だって言ってたこともあったな」
そんなことないのに、というクルベスの言葉は宙に消えた。
「雪とか見せるとルイは喜んでくれるからめったに口にしないけど。たまに風邪引いた時に泣きながら話してる」
そうか、だから魔法のことを打ち明けたときにあんなに声を荒げていたのか。あの時なぜあんな言動をしたのかようやく腑に落ちた。
「あいつ、外でほとんど笑わないだろ」
「……はい」
「多分ずっと気ぃ張り詰めてるから、そんな余裕ないんだよ。自分が魔法使えることがばれやしないかって」
その証拠に家族の前だと結構色んな表情見せるだろ?と問いかける。確かにそうだ。
「でも何でそんな……」
「実は言うと俺も魔法が使えてね。まぁ軽い怪我を癒す程度のものだけど」
それを知ったレイジに相談されたのだそう。
「あの力が人に知られたら家族まで何か言われるかもしれない。突然ワケの分からない力が出てきたって泣きながら話してた」
彼がわずか9歳の時だという。
「自分のせいで家族が傷つくのは嫌だって。だから誰にも言っちゃいけないし、知られちゃいけない。それからだ、あんまり笑わなくなったのは」
「だから使わなかったのか……!」
『俺一人痛い目見るだけで済むだろ』
あの時の目は諦めの色を浮かべていた。
「そんなの、間違ってる……っ」
絞り出すような声でひとりごちる。自分だけ苦しい思いする必要なんてどこにもないのに。
「俺もそう言ったけど全く聞かねぇの。素直じゃないしすっげー頑固」
だからさ、とクルベスは腕を組んだのち困ったような笑みを浮かべた。
「ちょっと頼まれてくれないかな?」
◆ ◆ ◆
レイジは泣きながら縋りつくルイの背中を撫でる。とても不安だったのだろう。優しい子だ。ふと先ほど追いやった二人に思いを馳せる。
まぁ、あの様子だと言いたいことは伝わっただろう。癪ではあるが、今はあの妙に察しの良い伯父を信じよう。……余計なこと言ってないといいけど。
「ルイ、ちょっとこっち来てくれるかな?」
話を終えたクルベスがルイを呼びつける。少し長かったな。ルイはまだ不安そうにこちらを見るが「大丈夫だよ」と送る。
妙に表情の硬いエスタだけがその場に残った。……まぁ、今さら軽蔑されても仕方ないか。それにやっぱりこんな力、気持ち悪いだろうし。
大股で近づいてくる。『あの伯父、何言ったんだろう』とか考えていると両手を強く握られた。予想だにしていなかったことに目を見開く。
「……なにしてんだ」
微動だにしないエスタに眉間を寄せる。
「俺は、好きだ」
「は?」
本当に何いってんだ。
「お前が作る雪の結晶とか、氷とか、たまにできる透き通った氷とかは目を奪われるくらい、すごく綺麗で俺は好きだ」
作った氷なんてちゃんと見ていなかったがそんな物まであったか、と思う。
確か以前、魔術に関する本で『雑念や後ろ暗い感情が無い状態で作られた氷は一切の不純物が含まれておらず、非常に透き通っている』と書かれているのを見た。
「お前は、その力のこと嫌いでも……俺は好きだ」
「……だから、俺も自分の力のことを好きになれって話?」
馬鹿馬鹿しい三文芝居のような言葉で問いかけると、エスタの手に力が入る。
「違う、でも、少なくともここに家族じゃない奴でお前の力が好きな人間はいる」
それだけは言いたかった、と絞り出すような声。
「……なんだそれ」
ドラマみたいなくっさい台詞に思わず口元が綻ぶ。でもまぁ不思議と嫌な気分にはならなかった。
しばらくしてルイがクルベスと共に呼びにきた。どうやら俺を元気付けようと色々用意したらしく、食卓の上には豪勢な料理が並んでいた。
◆ ◆ ◆
「……今日は付き合ってもらって悪かった」
玄関の前でレイジは気まずそうに目を反らす。それでもこうして玄関まで見送りをしてくれるのだからホント律儀な奴だな。
「別に?こんなの何でもねぇよ」
プレゼント喜んでくれるといいな、と言うと「うるせ」と返された。一見怒っているようにも見えたがガーゼが貼られていないほうの頬に若干赤みをさしていたので、照れているが故に無愛想な返事をしたということが窺えた。
「……じゃ、また明日」
気を取り直すように息をつき、やはり素っ気ない態度で別れの言葉を告げる。
「朝、迎えに行こうか?」
「いらない」
伯父が送り迎えすると言ってきかないし、と続ける。まぁあんなことがあったのだから当然か。
明日のことを思って顔をしかめるレイジに破顔し「じゃあまた、明日学校でな」と手を振った。
それからも、学校の内外で共に過ごす日々は変わることはなかった。
一つ変わった点をあげるとしたら、レイジの表情が以前と比べて少しやわらかくなったことぐらいだ。
15の春までその何でもない日常は続き――そして突然の終わりを迎えることとなる。
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