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(20)衛兵はかく語りき-1
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それは突然のことだった。
15歳の五月。その日、俺――エスタ・ヴィアンは家族の用事のため泊まりで遠出をしてようやく帰ってきたところだった。
遠出といっても一泊二日程度のもので。夕暮れに染まる街の中を歩いていた。
レイジたちは今日、劇を見に行くと言っていた。『折角誘ってくれたのに断ってしまった……少し悪いことをしたな』と思い、お詫びの意味合いを込めて買ったお土産を携えながらすっかり通いなれた道を歩く。
明日学校で会えるからその時に渡せばいいかと思ったが、またいつかのように『家に忘れて渡せませんでした』なんてことになるのも良くないので今日渡すことにした。
買ったのは地元の名産品を使用した焼き菓子だ。確か前に弟くんはクッキーが好きって言ってたしレイジも甘い物は気兼ねなく食ってたから多分受け取ってくれるだろう。
『今日こそ素直に喜んでもらうぞぉ』などと考えながら少し浮き足だった歩調で彼らの元へ急いだ。
もうそろそろ着くかというところで人のざわめきが聞こえてきた。
確か今日は国の繁栄を祝う祭りか何かがあるんだっけ。でもここらへん住宅地なのにこんなとこまで騒いでる奴らがいるなんて変だな、と思った。
ようやくたどり着いたそこはなぜか人が集まっていた。なんだ?何か様子がおかしい。玄関の前に人がたむろしていて入れない。
「すみません、何かあったんですか?」
もしかしてまたレイジが変なやつに襲われかけたのだろうか、と心配になり近くにいた男性に聞いた。
「ん?今ちょっと忙しいんだ。関係ない子は離れていてくれないかな」
振り返った男性の胸元には国家警備隊の所属であることを証明するバッジが夕日に照らされて輝く。それを見て妙に胸がざわついた。
「ほら、危ないから早く帰りなさい」
「危ないって……っ、すみません!ちょっと通してください!」
その発言から何かあったのは確実だ。目の前の男性を押し退けようとするも力強い腕で阻まれてしまい、それは叶わなかった。
「こら、ちょっと、暴れるなって!落ち着きなさい!」
「俺、ここに住んでる奴と、レイジの知り合いなんだっ!!あいつら、は――」
その背中の向こうにわずかに見えた玄関の扉の先は、どす黒い色で沈んでいた。
「な、ぇ?あれ、って……?」
人の姿が。倒れているその人は、いつも優しい笑みを浮かべていた、彼らの父。
「セヴァ……さん?なん、で……なにが……」
わけがわからない。なぜあの人が倒れている。
呼吸がままならずその場に倒れこみそうになるのを目の前の男性に支えられた。
「少し座れる場所に行こうか。大丈夫。誰だって混乱するものだから」
その言葉は動揺している俺を気遣うために言ったのだろう。頭はひどく痛かった。
少し座れる場所、なんて住宅地だからない。だから、国家警備隊の所有する車の中で話をした。俺がレイジたちと付き合いがあって、あいつと同じ学校に通っていて、今日もお土産を渡そうとしていたんだと。
国家警備隊の男性は静かに聞いてくれた。彼の名前を聞いたけど、よく覚えていない。
あの家で何があったのか、と聞くと教えてくれた。俺がレイジたちと付き合いがあった、という話を信用してくれたのだろう。
「今回の件に繋がるようなことや何か思い当たることはないか」と聞かれたが全く思いつかなかった。なにも、なにも分からなかった。
翌日、学校に行った。もしかしたらあれは夢で、学校に着いたらいつもと同じように『遅い』って仏頂面で言うあいつがいるんじゃないかって思ったから。
でも、あいつは来なかった。次の日も、その次の日もあいつは来なくて。
ちがう、本当は分かってるんだ。
もうあいつが来ることはない。一緒に学校に通うことも、週末に勉強を見てもらうことも、弟くんに優しく微笑むあの顔も――もう二度と戻ってこない。
ふと、最後に会った時のことを思い出した。
◆ ◆ ◆
「なぁ。お前のそれ、本当に綺麗だよなー」
「そうか?俺からしたら言うほど綺麗とは思えないけど」
相変わらずその力のことは好きじゃなさそうなレイジに苦笑する。学校から帰ると弟くんにせがまれたので庭で雪を見せていたところだった。弟くんはそれをキラキラとした瞳で見つめている。
「ますます綺麗になってると思うんだけどなー。上達とかってするもんなの?」
幻想的でそこだけ別世界になったかのような光景は毎度目を奪われる。
「段々慣れてきて感覚が掴めるっていうのもあるし……あと魔法に対する知識が深まると扱いやすくなるな」
かなり簡単な説明で答えてくれるレイジの優しさに感謝する。詳しく説明されても俺の頭ではたぶん一生理解できない。
「へぇ、雪以外にはどんなもの作れるの?」
「今の段階だと……こんなのとか」
そう言うと腕ほどの長さのある氷柱を作り出し、しっかりと握りしめた。予想以上に大きい物を出されてちょっと驚く。あと氷柱からわりかし冷気が出ているのを見ると少し心配になる。前に『自分の作った物なら触っても問題ない』って言ってたけど見てるこっちのほうがヒヤヒヤしてしまう。
弟くんが興味津々な様子で触ろうとするのでレイジは「危ないから触っちゃいけないよ」とやんわりと制した。
「もう少し上手くできるようになったらクマさんの形とか作れるかな。そしたらルイにも見せてあげるね」
優しく弟くんに笑いかける。このブラコンぶりも相変わらず健在だ。
『その力が活かせるような仕事って何かないかな』と言おうとしたがやめておいた。本人が好きになれていないのに俺がそんなこと言うなんて無神経がすぎる。
「それにしても凄いなぁ……重くないの?」
見たところ中が空洞とかじゃない、氷で出来た棒って感じだ。それを片手で持ってることにも舌を巻く。
「流石に重い。まぁ結構しっかりした作りだから、いざとなったらこれで自分の身ぐらい守れる」
確かに。かなりの強度がありそうだ。殴られたら痛いじゃすまなさそう。
「てかお前の口から自分の身を守るなんて言葉出るとは思わなかった」
「これの強度確かめるか?」
「ごめんなさい」
氷柱をグッと握りしめるレイジにすかさず謝罪する。でもいまだに自分の容姿に無自覚なんだもん。そろそろ気づけよ。
「……俺が怪我したらルイとか親が心配するから。そんなことにならないように最低限自分の身は守らないとって考えたんだよ」
むすっとした表情で呟くレイジに弟くんが「お兄ちゃん怪我するの?」とまたもや泣きそうになる。それをなだめながらレイジは弟くんの頬を撫でた。
それにしても自分じゃなく家族のためか。どこまでいっても家族思いのやつだな。
「言っとくけど、もしも家族に危険が及ぶ事態になったら俺はこの力をためらうことなく使うからな。さすがにそこまで意固地じゃない」
ぶっきらぼうに言うけど多分本気だ。レイジは家族のためなら自分のことすら犠牲にしかねない危なっかしい奴だってのはこの二年ほどで十分わかってる。
「はいはい、分かってまーす。というよりそんなことならないように俺が守ってやろうか?」
「俺と筋力そんな変わらないだろ」
痛いところをつくな。ほぼ急所だぞ、それ。
「ぼくも!おに、兄さんのこと守る!」
「ありがとうルイ。そう言ってくれるだけでお兄ちゃんは嬉しいよ」
すごく嬉しそうに弟くんの頭を撫でてるけど、おそらく内心は弟くんの『兄さん』呼びにめちゃくちゃ動揺してるだろう。レイジの発言も『お兄ちゃん』って部分をやたらと強調してたし。
学校でも「ルイが俺のこと『兄さん』って呼び始めたのはルイが兄離れする前兆なんじゃないか」って頭抱えて呻いているのをよく見てる。
あいつは伯父のクルベスが弟くんに要らぬ知識を吹き込んだって言ってるけど……ごめん。それ多分俺のせいだ。
前に遊びに行った時、レイジを怒らせそうになって「そこを兄さん、なんとかお許し願えますでしょうか」って平謝りした。それからだ。弟くんが呼び方変えたって話聞き始めたのは。弟くん、あの情けない姿を見て何がいいと思ったの?
「てか俺だってやればできるし。本気だしたらすごいんだぞ?」
「言っとくけどこの間の体力測定の結果知ってるからな。てかこんな話してて大丈夫か。明日早いんだろ」
俺の筋力を『こんな話』で片付けられるのはいささか心外だが、ここはスルーしてやろう。ていうか体力測定いつの間に見られて……いや、あの時もほぼ一緒に行動してたから見ようと思えば見れるわ。
あ、レイジのご指摘通りそろそろ帰らないとまずいな。明日の用意は全くと言っていいほどできてないから急ピッチで終わらせないといけない。
「あぁ、もう帰らなきゃ。ごめんな、折角誘ってくれたのに行けなくて」
「家族の用事だろ。ならそっちを優先しろ」
レイジはぶっきらぼうに返しながらも「気にするな」と付け加える。
明日は早朝から出掛ける用事がある。観劇に誘われたが帰る時間と見事に被ってしまいレイジからの誘いを断らざるを得なかった……タイミング悪いなぁ。
「また来週学校で会えるんだろ。じゃあその時に劇の感想聞かせてやるよ」
レイジは少し面倒臭そうな様子でため息をつくけど、聞いたらちゃんと劇の感想を話してくれるんだろうな。
うーん……俺は劇を見に行けないことに落ち込んでるわけじゃないんだけど。『お前らと一緒に過ごすほうが楽しいのに』って言ったらどんな反応するんだろう。……今は言わないでおくか。レイジのやつ、まだ手に氷柱持ってるし。
「そうだな。じゃあまた来週な。弟くんもまたね」
そう言って弟くんに手を振ると元気よく手を振り返してくれた。こっちも相変わらず笑顔が可愛いなぁ。
◆ ◆ ◆
あぁ、そうだった。
あの時は冗談半分で言った。『俺が守ってやろうか』って。
なぁ、何で。守る機会すら与えられなかった。何もできず、全てが手遅れで。俺はこれからどうしたらいい?
レイジは行方知れずになった、とあの国家警備隊の男性から聞いた。彼の両親は亡くなり、弟くんは重傷を負ったとも。守るべき相手はもうどこにもいない。
ならこのまま何もせず、ただ無為に日々を過ごすだけか?馬鹿馬鹿しい話をしながら共に過ごすはずだった日々を、あいつが歩むはずのこの時間をただただ浪費していくのか?
だめだ、そんなの。自分が許せない。
レイジを弟くんを、何も守れなかった。じゃあこれからはあいつらを守れなかった分、他者を守ればいいのか?
こんなの償いにすらならない、ただの自己満足かもしれない。でも何もしないのは、できないのはもう嫌だった。
だったら俺は何になればいい?
人を守る仕事といえば真っ先に思い浮かぶのは国家警備隊だ。でもあの日見た、あのバッジを背負う覚悟が俺にはなかった。
情けない話だが怖かったんだ。あのバッジを目にしただけで、あの日の記憶がありありとよみがえって。こんなんじゃダメなのに。
とにかく、それならば国家警備隊以外のものは無いかと片っ端から調べた。
それらしいものだと衛兵が一番近しかった。どうやら公共の建物や民間の施設などに勤務する護衛のようなものらしい。
上級職になると王室の身辺警護を勤めるらしいがおそらく俺には関係のない話だ。『王室』という単語に何か引っ掛かりを覚えたがきっと気のせいだろう。
そうと決まれば後は一直線だった。脇目も振らず、ただひたすらにがむしゃらに走り続けた。体を鍛えて、苦手だった勉強も頑張って。人並み以上とはいかなかったけどとにかく自分にできることをした。
そうでもしないと、あの日の後悔と罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
そして気づけばあの日から五年が過ぎた頃。
俺が20歳になる年の春。努力の甲斐もあり、晴れて衛兵になることが叶った。
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