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(24)衛兵はかく語りき-5
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週明け。本格的に城内警備の仕事が始まり意気込んだのも束の間、どうやらまだ異動の手続きが完全に終わっていないらしく『とりあえず場所覚えとけ』とほっぽり出された。
そんな適当でいいのか、と物申したかったが冗談抜きで忙しそうだったのでやめておいた。俺は空気が読める子だから別に寂しくなんかない。
少し心配だったので先日聞かされた表向きは立ち入り禁止になっている庭園付近を見回る。
よかった、あの白い髪の子はいないようだ。そういえばクルベスさんが『あの子のことはティジって呼んであげてくれ』って言ってたな。まぁあの子は王位継承者なのだし、今後外出できるようになったときに本名で呼ぶわけにはいかないもんな。
あー、どうせなら場所覚えるより弟くんと交流を深めたい。そんなこと口に出したら上官もとい警備の責任者にしばかれるけど。
でも手違いでここに来た日からまだ一度も会えていないんだもん。この間泣いちゃってたし色々溜め込んでんじゃないかと心配になる。
俺がレイジの代わり……にはなれないだろうけど出来るだけそばにいてあげたいな。
地図を見て少し気になった場所を中心に巡っていく。あれだ、勉強も自分の関心のあることと繋げれば覚えやすいっていうし。
談話室ってどんな感じだろう、と覗きに行くと結構落ち着いた雰囲気のところだった。『ぼんやりとした照明って何でか眠くなるんだよな』とか考えながら中を探索しているとある人物の姿が目に入る。
茶色の髪の男の子。いや男の子って言ってもその背丈から弟くんと同じくらいの年齢かなと思えるけど。
この城に子どもは弟くんとティジ君、あとその子の妹さんのサクラちゃんか。その三人だけと聞いていたけど……あれかな、外部からやってきたどこぞのお偉いさんの子どもとか?
その背の向こうには弟くんと同い年のティジ君がソファに横になって眠っていた。その手元に本があることからおそらく読書の途中で眠ってしまったのだろう。その寝顔を見守る姿から察するに、茶髪の子はティジ君と親しいのかな。
『邪魔しちゃ悪いし退散しよう』と思っていたら茶髪の子どもは後ろを振り返り、俺の存在に気づいた。なんか盗み見てしまったみたいで気まずい。その子は俺をとがめることなく口を開いた。
「きみは、えーっと……悪い。クルベスから聞いてたんだけどすぐに思い出せない」
俺の腕章に目をやり、続いて俺の顔をまじまじと見つめる。
「エスタ・ヴィアンです。本日からこちらで城内警備に就きました」
ぶっちゃけ俺もあなたのこと分かりません、とは口に出さない。言わぬが花ってやつだ。あれ、使い方これで合ってたっけ。
「あぁそうだった。確か急遽こっちに配属されたんだったか。うん、きみのことはクルベスから聞いてるよ」
結構親しげに呼ぶことからクルベスさんと仲が良いことが窺える。弟くんやティジ君もクルベスさんとは仲が良いみたいだし、あの人も子どもから結構慕われてんだな。
あとその発言の内容から茶髪の子はこの城と何かしら関わりのある人物だと分かった。
第一印象としては茶色の髪にこれまた茶色の瞳の普通な見た目だ。普通って言っても変わった見た目をしていないってだけで(弟くんやレイジほどでは無いにしろ)整った顔立ちをしている。
そういえばティジ君と若干似ているような……じゃあ弟くんと同様に王室と親戚か?なんか高貴な……うかつに近づいちゃいけない雰囲気あるし。
「たぶん長い付き合いになると思うからこれからよろしく頼むよ。あ、早速で悪いんだけどこの子を部屋まで運んでくれないかな。四月といえどまだ肌寒い日も続いているし体を冷やすかもしれない」
なんか妙に達観した口調。あとティジ君のことをまるで小さい子のように気遣う様子から考えるに、ティジ君の親戚のお兄さん的な立ち位置なのかな。
すると俺たちの話し声で目を覚ましたのか、ティジ君が身動ぎをしながら気だるげにまぶたを開いた。
「……ぁ、れ……っ、父さん!」
まだ半分夢の中といった様子だったが茶髪の子を見るとすぐさまその身を起こした。『え?今なんて言った?』と理解が追い付いていない俺をよそにティジ君はあたふたと口を動かす。
「父さん、久しぶりだね……えっと、どうしたの?ここに来てるってことは今は休憩中ってことかな……俺、いろいろお話したいなって……」
開きっぱなしの本を閉じるティジ君から茶髪の子はそれとなく距離をとる。
「……ごめんな、もうそろそろ戻らないといけないんだ。また次の機会にしてくれ」
「あ……うん。じゃあ……また今度」
ティジ君は茶髪の子を無理に引き留めようとはせず「また時間がある時にお話できたら嬉しいな」とおずおずとした口調で言う。茶髪の子はそれに曖昧な返事をすると振り返ることなく、そそくさと立ち去ってしまった。
ティジ君はその背を見送ると一瞬寂しそうな表情を浮かべるも、すぐに俺に笑顔を向けた。
「先日お会いしましたよね。えっと……ティルジア・ルエ・レリリアンです。エスタさん、これからどうぞよろしくお願いします」
「え、俺の名前知ってるの?」
こちらが名乗る前に名前を呼ばれたことに驚きを隠せず、つい敬語を忘れて聞いてしまった。
「クーさん……クルベスさんから伺ってます。外出する時にお世話になるだろうからって」
そういえば色々と落ち着いて外出できるようになったら護衛(というか迷子防止のため)として一緒についてやってほしいと言われていた。次期国王の護衛ってめちゃくちゃ責任重大だな……ていうか俺でいいのだろうか。
「ルイからも聞いてます。優しくて明るい人だって」
弟くん、俺のことそんなふうに思ってくれてたんだ。今度会えたらこれでもかってぐらい甘やかそう。
「それで、ティジ君。少々お伺いしたいのだけど」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」
「それを言うならそっちのほうが立場は上なんだし敬語じゃなくても」
相手はゆくゆくこの国を治める立場の人間だ。それぐらいわきまえてるし、さすがに気が引ける。
「ルイとは仲良くしてたみたいですし、ルイと同じ感じで接してくれて大丈夫です」
あ、そういえば弟くんやクルベスさんは王室とご親戚なんだっけ。それならティジ君だけ態度変えるのは逆に差別になっちゃうか。
まぁとりあえずお互いに堅苦しい口調は抜きにすることでまとまった。何か上手いこと言いくるめられた気が……気のせいか。
「それでさっきの人ってティジ君のお父さん?」
そう聞くと頷きで返される。この子って次期国王だから、その父親ってことは……。
「もしや現国王の……」
歴史とかにあまり興味がないからすぐに名前が出てこない。衛兵なのにそれってどうなんだ、なんて考えてはいけない。それに気づいたティジ君は、俺の発言を引き継ぐかたちで答えてくれた。
「現国王、父さんの名前はジャルア・リズ・レリリアン……あ、そっか。最近はあまり外部に顔見せることなかったっけ」
俺が尋ねてきた理由を察した様子。そういえば国王のご尊顔は拝見したことなかった。
「現在おいくつなの……?」
聞くこと自体が恐ろしい。でも見ちゃったからには気になる。とても気になってしょうがない、という俺に「確か……」と少し考えながら唇を動かす。
「えーっと……41になるかな。クーさんと同い年」
ティジ君の言う『クーさん』とは先ほどの会話で言い直した内容からクルベスさんのことだろう。先日もクルベスさんのことをそう呼んでたし。
あの人と同い年って……明らかに見た目は子どもだったんだけどなぁ……!?それこそ俺より年下にしか見えなかった。
え、なんか深い闇でもあるの?あとでクルベスさんに聞いてみようかな……教えてくれるだろうか。
「父さんは普段忙しいから中々会えなくて……少し恥ずかしいところを見られちゃったな」
そう言って目を伏せる姿は『恥ずかしい』というより、寂しがっているように見えた。
その様子に先日聞かされた話を思い出す。一年前の事件について聞かされたとき、この子の記憶を書き換えたのは父であるジャルアさんだということを。
この子の心を守るためとはいえ、了承を得ることなく記憶を書き換えたのだ。それでもこの子はそれを知らない、覚えていないから事件が起こる前と同じように接してこようとしている。
もし俺がジャルアさんと同じ立場だったら。気まずくなるどころかどう接してやればいいのか分からない。
でもこの子もまだ13歳だ。先ほどの様子だと父親とは滅多に会えなかったのだろう。母親ももういない上、父親からわけも分からないまま一方的に避けられていたらそりゃあ寂しくもなる。
「よかったら話相手ぐらいにはなるよ。むしろ俺のことお兄さんみたいに思ってくれていいから」
本音を言うと弟くんにも同じことを言ってあげたいが、さすがにド直球で『お兄さん』ってワードは出せない。そんなの無神経を通り越して人の心がない。
弟くんにとっての『兄』はあいつだけなんだから。
「こんなところで何してるんですか」
「どわっ!?弟くん……ごきげんよう……?」
突然背後から弟くんの声が聞こえて幽霊にでも遭遇したみたいな反応をしてしまった。なんとかごまかそうとしたけど『ごきげんよう』はないだろ。お嬢様じゃないんだから。弟くんも若干引いてるし。
「えっと……まだ異動の手続きが済んでないから場所覚えとけって言われて城の中を見て回ってるところ」
先ほどの発言は忘れてくれ、と心の中で願いながら手元の地図を揺らす。ティジ君の「そうだったんだ」という声は地味に刺さる。いや、決してサボっているわけじゃないんだ。仕事が割り振られてないだけ。
「じゃあ俺が案内――」
「俺もついていくよ。……エスタさん、いいですか?」
ティジ君が言い終わる前に弟くんが被せてくる。
あぁ、そういえばティジ君はすっっごい方向音痴だから気をつけろって釘を刺されたな。あの時のクルベスさんの目はマジだった。
でも生まれた時からこの城に住んでるんだよね?しかも直接会ったことがない俺の名前もすぐに出てきたから物覚えもいいはずなのになんで迷うの?
まぁうっかり立ち入り禁止のほうの庭園に近づいたらまずいしな。お二人の申し出に甘えるとしよう。
◆ ◆ ◆
「それでここが大広間。外から人を招いて催し物とかする時はここ使ってます」
弟くんはティジ君と手を繋ぎながら順々に案内していく。弟くんもここに住むようになって五年も経つから大体の構造は覚えているのだろう。ティジ君とも仲が良さそうで安心した。
ちなみに「なんで手繋いでるの?」と聞いてみたら迷子防止のためらしい。目を離すと速攻で姿が見えなくなるからだと。
「これだけ広い場所を使う催し物となるとやっぱり盛大にパァッと祝っちゃう感じなのかな」
自分で言っておきながらめっちゃアホな発言だなって思った。王宮でやるぐらいなんだから盛大な物に決まってるだろうが。
「……そう、らしいですね。よく知らないんで何とも言えないですけど」
「そういう日は俺もルイもあんまり出歩かないからね。あとでクーさんに聞いたら教えてくれるけど、それ以上のことは知らないかな」
弟くんの曖昧な言葉にティジ君が補足するように話してくれた。
そういえば王位継承者は成人するまで世間に素性を明かさないって決まりごとがあったっけ。じゃあそういう外部から人を招く行事の時はできるだけ姿を見せないようにしてるのか。
一年前、ティジ君の母親が亡くなる前までは二人とも普通に学校に通ってたらしいけどその際にもティジ君は別の名前を名乗ってたようだ。てか『王族の方々は日頃なにして過ごしてんのか』っていう報道(文面のみ)ではがっつり本名出てるし。
王室関連のことってちょくちょく変な決まりごとあるな。俺の場合はそれにプラスする形で一年前の事件に関することとか、この間クルベスさんから厳守するよう言われた事もあるし。気を遣うこと多いな。
「ここ……大浴場ってあるけど」
地図に書かれた文言に目を疑う。王宮にそんなものがあることに驚きを禁じ得ない。え、何を思って作られたの?
「なんか昔の国王が『親交を深めるために』って作らせたって伝わってるかな。だから王族の人だけじゃなくてこの城に従事する人なら結構自由に利用できるんだって」
「へ、へぇー……裸の付き合いってやつ?」
とりあえずティジ君の説明には驚きを通り越して『そんな変な……いやすっごい破天荒な人がいたんだな』という感想を抱いた。
どうやら利用者は意外といるらしい。まぁ城内警備の衛兵の中にも宿直の日は利用する人もいるようだし、俺も興味がないと言ったら嘘になる。
「昔から当時の国王の意向で設備を増やすことはあったみたい。クーさんの医務室もじぃじ……先代の国王が新設したって言ってたかな。クーさんがここに勤めるにあたって『いっそのこと学校の保健室みたいなのを作っちゃおう』って感じで」
「それは……すごいね」
ノリ軽いな。先代国王って確か相当賢くて優れたお方だったとか言われているけど……その話を聞く限り超絶お茶目な人じゃん。
「……まぁそもそもクルベスが特殊なだけですけど」
弟くんの話によると、どうやら歴代の王室勤めの医師は普段は他の医療機関で働いていて要請があれば王宮に出向くというかたちをとっていたらしい。クルベスさんみたいな王宮に住み込みで働くのはかなり異例なのだと。まぁ心配事が多すぎるし何かあった時にすぐ駆けつけられるほうがいいからな。
後日クルベスさんご本人に「ちゃんと休んでます?」と伺ってみたら、どうやら非常勤的なピンチヒッターみたいな人間はいるらしい。「だから倒れても大丈夫」と返ってきた。それは全然大丈夫じゃない。
ついでに、といった様子で付け加えられた「あいつ(ジャルアさん)の補佐みたいなこともしてるぞー」って発言にはもう言葉も出なかった。主に書類の整理とかティジ君たちの手続きなどを手伝っているのだと。そういえば俺の異動の話もクルベスさんが言い出したもんな……。
少しでも力になりたいからとか言ってたけど本当に倒れるぞ?てか医者なのにそんなことできるの?かなり特殊だけど王室と親戚だからいけるもんなのかな。いや、やっぱりおかしいって。
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