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(11)多事多端-3
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車中。大層ご立腹のルイはクルベスの運転に揺られながら後部座席でしかめっ面を見せていた。
体調不良となったためご家族へ連絡、となるとティジたちの場合はクルベスへと連絡がいく。年齢差の観点から考えて不自然ではないことに加え、常日頃から二人の面倒を見ているので急な質問にも対応できるためだ。現国王であるジャルアの名を出すわけにはいかない。
ブレナ教師から事の次第を聞き、まだ回復しきれていないティジたちを迎えに行ったクルベス。ティジに近寄らせまい、とシンを威嚇するルイもろとも回収し、途中でエスタも拾い上げて車で帰宅することとなった。やる事が多い。
「弟くん、お怒りですねぇ……」
こんなに怒っているところは初めて見た、と助手席に座るエスタが呟く。
「あんな、あんなの不健全だ……絶対何かの法に触れている……!」
ルイは怒りのあまり、論理的思考力が低下しているようだ。
「……何されたんです?」
「いや、俺もさっぱり」
クルベスはエスタの声にかぶりを振って応える。クルベスが話を伺ったブレナ教師も大層困った様子で「何かトラブルがあったようで……」というかたちでしか把握できていなかった。
「あいつが!シン・パドラが!ティジに触れたんだ!あんなに近寄って、いやらしい手つきで!」
ルイが叫んだ文言にクルベスとエスタは肝を冷やす。されどもティジはよく分かっていない様子で首を傾げた。
「まぁびっくりしたけど……ルイと寝ている時もああいう感じだからスキンシップが多い人なのかなーって」
雷が鳴っている日は一緒に寝ている二人。『そういえば先日の旅行の時もかなりくっついて寝てたな』とエスタは思い返す。
一方でルイは全く意識していなかったのか赤面しながら頭を抱えていた。シンを糾弾するために放った『いやらしい手つきで』という発言が、かえって自身の首を絞めるかたちになってしまう。
「俺は平気。大丈夫だよ。それよりも何でルイは『いやらしい』って思ったの?」
ルイの好意に気づいていないティジは無垢な瞳で問いかける。『いやらしい』という言葉は二つの意味を持つ。『態度や様子などが不愉快でいやみな感じである』と『好色らしい感じ』だ。おそらくティジは前者の意味で捉えている。
「だって腰を撫で回すように触れて、キスしかねない距離まで顔を近づけていたのだから」と答えたいが、おそらくルイ自身も(自覚は無いが)寝相で散々やってしまっているので余計に自分を追い込むことになる。
車内という逃げ場のない空間でルイは『誰か助けて……』と心の中で嘆いた。
「あー……ティジ君、学園祭っていつだっけ」
このままではルイの意図していない最悪なかたちでティジへの想いを知られてしまう。それはあまりにも可哀想なので、エスタは返答を待つティジを止めた。
「再来週だよ。みんなも張り切ってて、あんな大人数で一つのことをするのって初めてだからすっごく楽しいんだ」
その発言通り、満面の笑みを浮かべる。エスタはミラー越しにティジと視線を合わせ、彼の関心がルイから逸れたことに安堵する。とりあえず今夜のルイはクマのぬいぐるみ片手に一人で悶絶するだろう。
「そういえばエスタ。ブレナ・キートンって教師のこと知ってるか」
運転席に座るクルベスから投げ掛けられた問いに過去の記憶を振り返る。
「あんまり記憶に無いですね。いや、何かいたような……」
腕組みをしてウンウンとうなる。ティジたちと関わりがある、ということは高等部の教師か。エスタは同校の卒業生であるため、当時何かしら接点があった可能性は十二分にある。
だがしかし、すぐには思い出せない。高等部ではあまり良い思い出が無い、というより周囲に目を向ける余裕が無かった。ルイたち一家が襲われた事件以降――レイジが失踪してから衛兵になるためになりふり構わず必死だった時期と丸被りしているから。
本音を言うと当時のことはあまり振り返りたくない。わざわざ気まずい雰囲気にしたくはないので黙っておくが。
「んー、ブレナ……キーなんだっけ……あ、いました!うん、多分いた」
運良く覚えていたことに「俺もわりと記憶力あるのかも」と得意げにクルベスを見る。『ファミリーネーム、速攻で忘れてたけど』と思うも指摘はしないクルベスの優しさには気付いているのだろうか。
「確か新任で時々とんでもない物忘れするような抜けてる先生でしたよ。そっかぁ、今も先生やってんだ」
なぜか成長した生徒へと思いを馳せる様子でしみじみと語るエスタ。実際に教えを乞うていたのはエスタのほうである。
「そんなに印象に残ってるってことは当時世話になってたのか」
「ていうか大体の先生にはお世話になってますけどね。でもブレナ先生って人とはあんまり話した記憶ないんだけどなぁ。何でこんなに覚えてんだろ」
大体の先生にお世話になっていた理由は言わずもがな、勉強が大の苦手だったから。衛兵になるためには一定の学力は必要になるためどんなに苦手であっても避けては通れないのだ。
ありとあらゆる教師をまんべんなく困らせていたことはティジたち(特にルイ)には知られたくない。
実のところティジたちを待つ間、非常にお世話になった一部の教師からしばしば声を掛けられている。その際、教師から「当時エスタにどれだけ困らされたか」という思い出話をされるのだが、万が一ティジたちに聞かれようものなら『頼れるお兄さん』の立場を失いかねない。そもそも現時点でそんな立場になれているのか、と考えてはいけない。
教師との雑談の際にエスタは自身が衛兵の役職に就いていることは話しているが、王宮の警備を担当していることは明かしていない。送り迎え時の服装も衛兵の制服ではなく私服を着用している。そうしないと今度はティジたちが悪目立ちしてしまう。
なぜ一般生徒である彼らを王宮に従事する衛兵が送り迎えしているのか、と問われれば返答に苦しむことは確実。相手を納得させることは至難の業だろう。
考え事に夢中になっているうちに王宮に到着したようだ。滑らかに停車し、快適な運転で送り届けてくれたクルベスの車から降りる。ルイはティジの視線から逃れるように顔を覆い隠していた。
「じゃあ俺、サクラのところに……」
「ティジ、ちょっと時間あるか?あるよな。じゃあ医務室まで一緒に行こうか。迷子にならないように、一緒に」
クルベスはそそくさと退散しようとしたティジの肩を掴む。
ティジは学校で気を失ったのだ。その際に怪我をしていないか確認ついでに、当時の状況を聞き出す算段だ。
ブレナ教師から聞いた話によるとティジは(クルベスとルイから再三注意されていたはずなのに)一人で行動していたようなので、それに対するお説教もみっちり受けるだろう。
有無を言わさず連れて行かれるティジにエスタは心の中で手を合わせる。これから上官に送り迎えの完了報告しないといけないのだ。断じてあの『一人で歩き回るなって言ったよな?』と表情で語るクルベスから逃げたわけではない。
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