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(3)雪花-2
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助手席に座り、ソワソワと指先をいじるレイジ。別に何となく暇だからこうやっているだけであって、決して緊張しているからではない。断じて違う。
「初めてだな。二人だけで車で出掛けるの」
こいつはわざと言ってるのだろうか?憎たらしくなって隣りの運転席に座る伯父――クルベスを睨む。
「大丈夫。これから行く所はセヴァも昔ちょっとだけ住んでいた所なんだ。あと俺がいま住んでる所でもあるな」
お前が住んでるってことがなぜ安心材料になると思ったのか、小一時間ほど問い詰めたい。でもお父さんについての話は少し気になる。
「あとで俺の部屋とか仕事場も見せてあげようか。まぁ何の面白みもないと思うけど学校の宿題には書けるだろ」
「……書けるわけない」
だってこれから訪れる場所はこの国で一番警備が厳重な部外者立ち入り禁止の場所――国王陛下のおわす王宮なのだから。
「君がクルベスの愛しの甥っ子君か。えーっと、レイジ君だっけ」
「……レイジ・ステイ・カリアです」
はじめまして、と手を差し出すジャルアと握手をする。何だ、愛しの甥っ子って。あとこのジャルアさんって本当にあいつと同い年?見た感じ、お父さんよりも若そうだけど。まぁ相手は国王なので失礼なことは言わない。
「君のことはクルベスからよく聞いているよ。家族思いのとっても優しい子だって。今日はゆっくりしていって」
ジャルアの言葉にレイジは顔が熱くなるのを感じながら頷く。伯父が自分のことをそう思っていたのか、なんて理由ではない。絶対違う。あとクルベス、こっちを見るな。真逆の方向に首ひねるぞ。
クルベスを睨んでいるレイジを微笑ましい目で見ていたジャルアは「さて」と話を進める。
「君が今日ここに来た理由は聞いてる。百聞は一見にしかずだ。とりあえず見せてもらおうか」
「え、見せるって……」
「もちろん魔術。視覚から得られる情報は少ないだろうけど、今はとにかく情報が欲しいからな」
話を切り出すとジャルアはさっさと席を立ち、場所の移動を促した。クルベスから事前に聞いていたとおり、この人の行動はかなり突飛なようだ。
向かった先は花がたくさん咲いている庭園。ジャルアは『外の方が片付けが楽だし』と言っていた。確かに。床を濡らしてしまったら大変だ。
『王宮の中ってこんな場所もあるんだ』と見回していると、ジャルアがどこかから引っ張ってきたホースでバケツに水を注ぎ始めた。
「それぐらい俺がやるって」
「いいの。昔っからお前はすーぐ人の世話焼こうとする。俺は子どもじゃないんだぞ」
ジャルアに断られて「でも心配なんだよ」と食い下がるクルベス。随分親しそうだ。あいつも『ジャルアとは子どもの頃から付き合いがあって』とか言ってたし、かなり仲が良いのかもしれない。
ところでどこからどう見ても見た目が子どものジャルアが『俺は子どもじゃない』と言うのは……高度なギャグだろうか。
「あ、ほら危ないって。お前のそういうチャレンジ精神はいいけどちょっとは自分の体も気遣え」
ジャルアはついホースを強く握ってしまったのか、その服に水が掛かる寸前にクルベスがホースを取り上げる。
ムッとするジャルアに呆れ顔で「言わんこっちゃない」と言うクルベス。何だろう、普段見ている伯父の姿じゃなくて、素のクルベス・ミリエ・ライアって感じ。……何か胸のあたりがモヤってする。
「レイジ、どうした?」
「……別に」
首を傾げるクルベスに何故か無性に腹が立った。
「それじゃあまずはこのホースから出る水に触れてみてくれるかな」
ジャルアの説明はこうだ。
自分の魔法が何を条件に発動しているのかを調べたいから様々な状態の水に触れてみてほしい、とのこと。
水を何でもかんでも凍らせていたらまず飲み物は飲めないはずなのに、そうはなっていない。『流れる水』にだけ効果があるのかと考えたけど、クルベスにこの力のことを話した日、手に付着した涙まで凍ったからもうわけがわからない。
最初はホースから出る水――流動性のある状態で凍るかどうかだ。
ホースに手を伸ばす。流水まであと少し、というところで手が止まった。
どうしよう。凍らせて何か予想もつかないことが起きたら。みんなを傷つけてしまったら。
そもそも本当にこの力を何とかすることはできるの?何も分からずじまいで、解決できなくて一生このままだったら?
きっとみんなに迷惑を掛ける。自分だけじゃない。お父さんやお母さん、ルイまで誰かに『気持ち悪い』って言われるかもしれない。
みんな、みんな自分のせいで苦しんで――
「レイジ、大丈夫。何があっても俺もセヴァも、家族みーんなレイジの味方だから」
唇を震わせて固まっていた自分の手にクルベスの大きな手が重なる。
「大丈夫」
クルベスのもう片方の手が自分の頭を優しく撫でて、いま一度力強い声で告げる。
その柔らかな微笑みに、何故か今だけはスッと胸が軽くなったような気がした。
気合いを入れ直して深く息を吸う。それを見たクルベスは「うん」とひとつ頷き、大きな手をどけた。
「――まぁこんな感じか。見せてくれてありがとな。疲れただろうから休んで」
流水だった水は自分が触れた途端に凍りつき、重みですぐに割れ落ちていく。それでも『こんなものじゃ何の参考にもならないかも』と思って続けようとするとジャルアが止めに入った。
「もう十分だよ。いったん休憩」
「まだ……できます……」
「息もあがってるし今立っているのがやっとだろ。意識してやったことないのに、無理やり魔術を使おうとしてんだ。そのまま続けると魔力の使いすぎと体への過度な負荷でぶっ倒れるぞ」
ジャルアの苦言に何も言い返すことができない。現に頭はふらつくし、少しでも気を抜いたら朝食を戻してしまいそうだ。
クルベスに甲斐甲斐しくベンチまで誘導され、崩れ落ちるように体を預ける。息をするので精一杯な自分が情けなくてつい泣いてしまいそうになった。
「……とりあえず父上を呼んでくる。もう少し休んで回復したらゆっくり話そう。それでいいよな」
「あぁ。ジャルア、すまないがサフィオじいさんを呼んできてくれないか」
クルベスがそう言ったのはここでバテている自分から離れるわけにはいかない、と判断したからだろう。この力で迷惑かけないようにここまで来たのに、かえって余計に苦労させてしまっている。
すぐ戻る、と焦りを感じさせる足取りで駆けるジャルア。自分と凍った流水だった物を見つめるクルベス。二人の様子は『事態は思った以上に深刻だ』と思わせるには十分だった。
「……あんまり良くないんだ」
「レイジ。大丈夫だから。お前が心配することは何もない」
「――嘘だ!じゃあ何であの人は急いでたの!?何であんたはそんな目で俺を見るの!?」
はぐらかそうとしても無駄だ。自分が一番よく分かってる。
前よりもひどくなってる。少しのあいだ、水に触れただけで動けなくなるなんて異常だ。水が凍る速さも比べ物にならないほどあがっている。
この力のことを話してからまだ二週間しか経っていないのに。
「つぎ、やる……」
「やめろ!レイジ、落ち着け!いまはとにかく安静にしてろ!」
止めようとするクルベスを押して覚束ない足取りで立ち上がる。
本来ならば『流れのある水』が凍る条件なのかを調べるために、流水が凍るか試した後『流れのない水』であるバケツに注がれた水も凍らせてみる手筈だった。
その手順をすっ飛ばしてジャルアの父親――先代国王サフィオに意見を伺おうというのだ。早急な対処が必要になるほど、いまの自分は酷い状態なんだ。
でも、じゃあここで黙って待っているだけなんて耐えられない。少しでも自分ができること、提供できる情報を増やさないと。
「なんだっけ……手、入れて……それから……?」
「レイジ!お願いだから、今は無理しないでくれ……!すぐ、すぐ大丈夫になるから……!」
「なるわけない!もう、放っておいて――俺に構わないでよ!!」
溢れた感情の赴くまま、バケツに掛けていた手を振るう。
次の瞬間。バケツを満たしていた水がクルベス目掛けて、弾丸のように真っ直ぐ飛んだ。
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