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(8)雪花-7
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翌日。クルベスが作った朝食を食べ終わった頃に、あいつが持っている携帯電話に連絡が入った。慌てて用意して昨日と同じ場所――庭園に足を運ぶ。
「まずはこれに目を通してほしい。ここに書かれている方法をもとに魔術の練習をおこなっていけば改善が見られると思う」
そう言ってサフィオから手渡された書類。それには自分が扱う魔法の仕組みと、この力を扱える物とするための練習方法がつづられていた。結構分厚い。読むだけでもけっこう時間がかかりそう。
「失礼かもしれないんですけど……これはどうやって導き出したんですか」
一緒になって覗き込んでいたクルベスが問う。その質問にサフィオは「過去の文献を参考にした」と答える。
「まぁ、きみが思ってる通り今回の事例と合致するようなものは無くてね。似通った事例を絞り込んで、そちらの対処法をもとに再構成しているという次第なんだ」
補足して説明するサフィオ。その説明を聞いてもクルベスは少々納得のいっていない様子だ。
「ここは他国と比べて魔術への理解ならびに研究が進んでいる国だからね。この城にもそれなりに魔術に関する資料が揃っているんだよ。また時間がある時にでも見てみるといい。いろいろと面白い物もあるから」
気をつけないとあっという間に時間が過ぎちゃうけど、と軽い口調で言う。クルベスはそれに「……今度見てみます」と応え、それ以上追求することは無かった。
「もうちょっと待っていてくれないか。大丈夫、読んだら必ず返すから」
クルベスはサフィオからの説明に一応の納得は見せた。しかしながらやはりまだ不安が拭い切れないのかクルベスは自分をベンチに座らせると少し離れた場所で書類を読み始める。あんなにも真剣な表情はあまり見たことがない。なぜあそこまで必死な様子なのだろう。
……あぁ、そうだ。クルベスの中ではまだ『自分があの力を使ったらあんなひどい状態に陥ってしまう』という認識のままだ。もしかしたらこの内容が安全かどうか見定めているのかもしれない。
あの青年に『調整』とやらをおこなってもらったおかげで、自分の体はもう大丈夫なのに。でもあの青年と会ったことは誰にも話しちゃいけない。
自分のことでいろいろな人に迷惑をかけているのに。
罪悪感に押し潰されそうになっていた自分の前に、サフィオが屈み込む。
この人にも迷惑をかけてしまっている。
こんなことで時間と労力を使わせてしまっているのに、もしかしたら『調整』の影響でこの力の扱い方や性質が変化しているかもしれない。いま渡してくれた書類の内容も無駄になる可能性だって考えられる。
浮かない表情の自分にサフィオが声をかける。
「やっぱりまだ不安かな」
その問いかけにレイジは『そうではない』と首を振る。こうして嘘をついてしまっている、みんなを騙してしまっている現状に申し訳なくなっているんだ。
「もしかしたら……あれも無駄になっちゃうかもしれない」
言葉を選んでようやく口に出せたのはこれだけ。でも『なぜ無駄になってしまうのか』までは話せない。グッと唇を噛んで涙がこぼれそうになっているのを堪えているとサフィオは声をひそめて囁いた。
「お恥ずかしい話、あれを書いたのは私ではないんだ」
クルベスの耳には入らないよう囁かれたソレにレイジは思わず顔を上げる。
「実はね、妖精さんが書いてくれたんだ」
内緒だよ、とサフィオは茶目っけのある笑みを見せた。
「それって……」
その発言が示すことについて聞こうとして、すんでのところで思い止まる。もし違っていたらあの青年との約束を破ることになるからだ。
サフィオは途中まで言いかけてやめた自分の不可解な言動に触れる様子はない。
「だから大丈夫。あれは無駄になんてならないよ」
そう言うとサフィオはまだ書類を前に考え込んでいるクルベスの元へと向かう。かなり専門的な言葉が並んでいて内容を理解することは難しいが、どうやらクルベスを説得してくれているらしい。
この人はあの青年のことを知っているのか。その疑問は結局聞けずじまいだった。
「とりあえず……いまは他に案があるわけでもないし試してみるか」
そう告げたクルベス。非常に不安だけど、と顔に書いてあるがそれは指摘しない。
あらためて先ほどの書類に目を通す。書いてあることは少々……いや、結構難しい。それでもクルベスの言う通り、他に策があるわけでもないので、クルベスやサフィオによる解説を聞きながらひとつひとつ順を追ってなんとか頭に叩き込んでいった。
「それじゃあ昨日と同様にやっていこうか」
サフィオに促され、ホースから流れ出る水と相対するレイジ。
あの書類に書いてあった内容は自分にはまだ難しくて。でもあの青年はこれを理解してあの力を扱っていたのだろう。
大丈夫。昨日、あの青年とやった時のことを思い出せ。あの時はうまく出来ていた。だからきっと大丈夫。
『この力のことを認めるってこと』
この力とうまく付き合っていく上で大事なこと。あの青年が言っていた言葉を思い出しながら手元に集中する。
もしもまた昨日みたいにクルベスを傷つけてしまったら。
意識してではなくとも一度、自分はこの力で人を傷つけてしまったのだ。そう簡単にこの力を好きになんてなれない。
でも今この瞬間だけは認めてやる。自分はこの力を拒絶はしない。
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