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(13)雪花-12
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あの日以降、魔術の練習に加えて護身術も教わることとなった。視界の端に興味津々な様子で見学しているティルジアが映る。ときおり真似をするかのように手をわちゃわちゃと動かしている様子が微笑ましい。
ところでクルベスの目を盗んで、ティルジアに『自分とクルベスはどういう間柄だと紹介されたか』と確認してみたのだが……クルベスの奴、いったいどういうつもりだろうか。
ティルジアの話によるとクルベスはこのように話したらしい。
「ほら、ティルジアもこのあいだ会ったろ。魔法を見せてくれた綺麗なお兄さん。あのお兄さん――レイジのお父さんが俺と兄弟なんだ。レイジのことは小さい頃からずーっと見ていて……あ、そうだ。ティルジアと同じくらいの歳の写真もあるぞ。えーっと確かこのあたりに……」
その後は「写真をいっぱい見せてくれて、レイジさんが小さい時のお話とかレイジさんのお父さんのお話とか、いろんなお話をしてくれたよっ!」とティルジアは満面の笑みで報告してくれた。
この時『それ、途中から本来の目的そっちのけで思い出話に没頭してるじゃねぇか』というツッコミは何とか飲み込んだ。おかげであの子の中では『レイジさんとクーさんはとっても仲良し』という認識になっていたし。(即座に「違う」と否定したが『え、違うの?』といった様子で首を傾げられた)
クルベス……まじであの減らず口をどうにかしてほしい。それとティルジアが見聞きした写真やいろんなお話の内容が気になってしょうがない。
「レイジ。集中」
気が逸れていた自分に喝を入れられる。その声に意識を引き戻されるが、次の瞬間には足を払われていた。一瞬の浮遊感の後、地面に倒れる寸前にクルベスが器用に(というか人間離れした身のこなしで)腕で抱き留める。
毎回こんな感じだ。打ち身など何かしらの怪我を負わないよう、地面に倒れそうになったらクルベスが即座に自分を受け止める。
自分とクルベスの間に圧倒的な実力差があることを嫌でも分からされて不愉快だし、あと普通に暑苦しいからさっさと離れてほしい。
「ちょっと休憩するか。ちゃんと水分補給するんだぞ」
どうやらクルベスは護身術の特訓を長時間続けていることによる集中切れと考えたらしい。元はといえばお前のせいで集中力がかき乱されているのだが?
「……お前さ、護身術の時は雰囲気が変わるよな。なんて言うか……いつもと違う」
渡された水を口にしてクルベスに声を掛ける。
魔術の練習の際のクルベスは適宜アドバイスをして俺の体調を気にかけたりと、一定の距離を保ちつつ、そばについてくれている。
だが護身術を指南している時は無駄なことは一切喋らず、淡々と進めていく。心なしかその眼差しも普段より鋭さが増している気もした。
「こういうのは下手すると大怪我しかねないからな。魔術はそうなることって滅多に無いし」
クルベスの言葉に『以前、自分はその魔術でお前に大怪我を負わせてしまうところだったのだが』と思ったものの口には出さない。
「対人戦闘の心得。無駄なことはしない。考えない。己が為すべきことを最短最速でおこなえ」
一瞬の隙が命取りになるからな、と付け加えるクルベス。その発言内容に少々違和感を覚えた。
「そういう持論?」
「いや、受け売り」
だと思った。こんな淡白な言い方、こいつらしくない。
「そういえばクルベスもこういう護身術って誰かから教わったりしたのか?」
ティルジアと初めて会った日の帰り。車中でクルベスが漏らした『あんなふうにしか教わってないからなぁ……』という言葉を思い出す。もしかすると先ほどの『無駄なことはしない。考えない』も同じ人物から教わったのかもしれない。
返答を待っている自分に、クルベスはばつが悪そうに頭をかいて口を開く。
「まぁ、そうだな。俺がお前ぐらいの歳の時に教わった……ていうか体に叩き込まれたというか……」
妙に歯切れの悪い返し。おそらくだがこの話題はやめておいたほうが良さそう。それにしても意外だ。こいつにも言いにくいことってあるんだな。
「だれ?どんな人?」
しかしそれまで大人しく聞いていたティルジアが深掘りしようとする。まだ幼いこの子には場の空気を読むのは難しかったらしい。
「……サフィオじいさんに聞いてくれ。あの人ならよーく知ってるから」
クルベスの言葉にティルジアは「わかった!」と元気よくお返事した。あの様子だと十中八九サフィオおじいさんに話を聞きにいくだろう。……俺も気になるからあとで教えてもらえたりしないかな。
◆ ◆ ◆
ある日。魔術の練習ならびに護身術の特訓に勤しんでいると、両手いっぱいに花を抱えたティルジアがパタパタと駆けてきた。
向こうではサフィオおじいさんが手を振っている。どうやら一緒に王宮内を散策していたらしい。クルベスが「あとは見ておくので」と声を掛けると「それじゃあよろしく頼むね」とティルジアを託していった。
「レイジさん、こんにちは!」
「こんにちは。今日も元気いっぱいだね。それ、どうしたの?」
見るからに花について聞いてほしそうにしていたので、花を指しながら質問する。
するとティルジアはこれまた嬉しそうに口を開いた。
「さっきね!お庭のおじいさんから『お誕生日だから特別だよ』ってお花もらったんだ!えへへー、綺麗でしょ」
そう言ってティルジアは満面の笑みで花を見せる。その笑顔は花に負けないほど明るいものだった。
そうか、もう四月になっていたか。なんだかんだでこの子と出会ってからもう一ヶ月以上経っている。
「お誕生日おめでとう。ティルジアくんは何歳になるんだっけ」
「6歳!」
それからティルジアは手にしている花の名前をひとつひとつ話していく。嬉しそうに話す様子がルイを彷彿とさせて愛らしい。
「お花には花言葉っていうのがあるんだって!このお花は『自信』とかー『信頼』とかー、あとえっと……は……はに……?はにににゃ……?」
「『はにかみや』か?」
青い花を持ちながら「なんだっけ……」と首を傾げていたティルジアは、クルベスの言葉に「それ!」と声をあげる。
クルベスのやつ、今の内容でよく当てられたな。俺は全く分からなかったぞ。あと一つの花に複数の花言葉がついてるのも初めて知った。
「公園にもいろいろ花が咲いてたけど、これは見たこと無いな」
自分がこの力のことを打ち明けた緑地公園。あそこにもさまざまな種類の花が群生している。
それにしても綺麗な花だ。頭上に広がる空と同じ群青色が目を惹く。
「この国では結構珍しい花らしい。確か……他所の国から友好の証として贈られた花だとか」
クルベスが補足する一方でティルジアははたと動きを止める。
「公園……お外にもお花がたくさん咲いてる所があるの?」
どうやら自分の発言に食いついたらしいティルジア。目を輝かせてこちらの返答を待つティルジアに「あるよ」と頷く。
それを聞いたティルジアは手にしている花を見つめて考え込む。やがて頭の中で結論が出たのかパッと勢いよく顔を上げた。
「ぼく、公園いきたい!いろんなお花みたい!」
その発言にクルベスは一瞬驚いた表情を見せる。それも無理はない。クルベスから聞いた話によるとこの子は外部の人間を恐れているはずなのだから。
「お外にも今日もらったお花とかあるのかなって……あとぼくの知らないお花があるのか見たくて……だめ?わがまま……だったかな」
ティルジアは申し訳なさそうに萎縮して、最後のほうは弱々しい声になってしまう。
すっかり落ち込んだ様子のティルジアに「いや、そんなこと思ってない」と否定する。
「いいと思うぞ。そうだな。とりあえずサフィオじいさんやジャルアにも聞いてみるか」
あの二人に伺う理由としてはおそらく外出時の警護問題だろう。この子の立場を考慮したら少し外に出るだけでも一苦労なんだな。
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