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3 頑張った話
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頑張った話
その日のあいつは一日外出することになっていた。聞かされたのは昨夜で急に入った仕事がなんとかいっていたけどいないこと以外興味はなく、詳しい話は無視した。今日はいない、それだけわかればよかった。
グタグタ言っていた男を見送ってリビングでどうしようか考える。そこにある大きなソファーが俺の定位置だ。L字型になっているそれは寝れるくらいの長さがあって、そこで昼寝するのがお決まりになっていた。
今はまだ八時を過ぎたくらいで一日が始まったばかり。さっき起きたから今すぐ寝ることはしない。寝るのは好きだけどさすがに限度もある。
「どうしよっかなー」
テレビも興味ないし、スマホを触ることもしない。ここに来てから起きてるときは大体あいつと話してた。だから時間は適当にすぎてたし、暇を感じたこともなかったけど。
「これはピンチなのでは」
大丈夫だと自信満々に答えていたがあいつがいたから大丈夫だっただけであって、いないとすることがない。困った、どうする俺。
この家の合鍵はもらっているから出掛けることも可能で、外、外か……。
ひとつ、時間潰しにはいい場所を思い付く。そこなら押し掛けるにはもってこいだ。
「よし、着替えてこよ」
怒られないから、家をでない限り基本パジャマで過ごす自堕落な生活。俺は服を着替えるため、ソファーを離れ自室に向かうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「進、いーるー?」
「どないしたん? 活動するには驚きの時間やん」
ここは大通りに面したとある喫茶店。幼い頃から俺に付きまとっていた男が働いている店だ。確かオーナーに一目惚れしたとかなんとかで、弟子入りして恋人になったと話してた気がする。
扉を開けて店内に入ると驚いた顔をしたそいつが出迎えてくれた。カウンターテーブルを拭いていた手も止まっている。
「俺、今日、暇。相手してよ」
「なんとむちゃくちゃな」
普段振り回すのはそっちなんだから、一日くらい俺のわがまま付き合ってくれていいと思う。これでダメだったら、もうあてがないんだ。
「それならお前も手伝え。ちゃんと給料は払う」
「なんだって?」
黙って聞いていたオーナーの男が爆弾を落とす。遊びに来たのであって働くのは違うって。
「ええやん。それに……」
弟子が師匠に同意した。それでは勝てないし、おまけに含みある笑みを浮かべて言葉を切る。なにをさせるつもりだよ。内容によっては帰るぞ、俺は帰る。もう開き直って一日中寝る。
「なるほど?」
耳打ちされた提案が思いの外いい感じで思考を巡らせる。これはいいかもしれない。うん、ありだ。
「やる」
「それでこそやな、時野さんってば愛されてますやん」
「ランチ乗りきったら、二人で出掛けてこいよ」
なにか言ってたけど無視だ。昼を乗りきればお金がもらえる。それからが一番大変だけど、こいつもいるからなんとかなるだろ。
「まずはお着替えからやな、訑灸ー」
「……やっぱりめんどくさくね?」
◆ ◆ ◆ ◆
地獄のランチタイムが終わったのはついさっき。そもそも人と関わることを極端に避けてきたのに、喫茶店でバイトするってどう言うこと? 選択間違ってるよね、俺!
不特定多数の人間と話過ぎてライフはもはやゼロなんだけど、むしろマイナス。つーかーれーたー!!
「まさか本当に乗りきるとは思わなかった」
「絶対に途中で音を上げると思ってたんやけどな。やればできるやん」
「わぁ、喧嘩売ってるー?」
失礼なやつらだ。俺やればできる子、やりたくないからやらないだけの子。見たままじゃん。
二人へ舌を出して不満を表すけど、微笑ましそうにされるだけだった。なぜ。
「ほら、給料な。またいつでもこいよ」
「もう半年はしなくていい」
「長すぎやん。呼び出したるけどな」
男から封筒に入った今日の頑張りを貰ってお誘いを断るけど、隣で不穏な単語が聞こえた。誘われてもいかない、絶対にだ。当分はいい。
「ししょー、少しの間行ってくるなー」
「お昼、ごちそうさまでした」
賄いランチにもらったドリアのお礼を伝えて、二人で店を出る。俺さ、もう眠すぎてなにも考えたくないんだけど、なんとかしてくれるかな。
「歩きながら寝たらあかんよ。ちゃんと家まで送るから、それまで起きといてな」
ここで解散すればどこかで寝落ちすることを見透かした友人の言葉に苦笑する。バレバレじゃん。
大通りを歩いて向かったのは小さな雑貨屋だった。彼が提案したのはバイト代でしゅうになにかプレゼントをすることで、今までに経験したことがないからそれが嬉しいものか俺にはわからないけど、目に見えてなにか伝えられるのはいいなぁと思って乗っかったんだ。ただ、稼ぐまでの時間が地獄過ぎる。こんなことなら俺はもう働きたくない。宝くじで夢を掴むか、一生あいつの家でニート満喫する。
「で、なにがいいと思う」
「そこは自分で決めるんちゃうの」
店内に並ぶいろんな商品。アクセサリーから日用雑貨までありとあらゆるものが並んでいる。
必要な日用品は揃ってるし、それ以外となるとなにが嬉しいのかわからない。俺がもらって嬉しいものを考えるけど、特にない。
「訑灸、苦手そうやもんなー」
「貰ったことないだけですー」
「せやね、そこは失敗したなぁと思ってる」
小さくなにか呟いていたけどよく聞こえなかった。貰ったことがないものを与えるのって難しくない? 頭を傾け考えてるところに、そいつはいいものを持ってきた。
「このあたりがベストちゃう? 使い勝手もよくて、困らへん」
「天才か……!」
これならお手軽に使える。俺が貰っても困らないし、どうせなら……。
売り場を移動して数あるラインナップの中から一番気に入ったやつを選ぶ。
「喜んでくれるかなー」
「訑灸が選んでくれたってだけで泣いて喜びそうやけど」
会計をしているときのぼやきを拾われた。泣いて喜ぶはあんまりじゃない?
簡単にラッピングしてもらい、店を後にする。
あとは渡すだけだ。その前にお昼寝したいけど!
◆ ◆ ◆ ◆
(ついてない、遅くなった……!)
先輩に呼び出されて手伝いに出掛けたのが朝八時頃。いつもなら夕方には帰してもらえるんだけど、今日は仕事が立て込んで夜八時を過ぎていた。十二時間も拘束されるなんて聞いてないし、家にいる彼からも一切連絡はない。寝てるだけならいいんだけど、彼のことを思うと安心はできない。
「ただいま!」
玄関を通り抜けリビングに向かうもそこは真っ暗で、人の気配はない。どういうことだ?
荷物をソファーに置いて思考を巡らせる。玄関に靴はあったから間違いなく家にはいるはずだけど、残された可能性は自室か……僕の部屋か。
夜一緒に寝ることはあっても、昼間に僕の部屋で寝ていることはない。だから可能性の高い彼の自室から覗いてみた。
「ほんとに?」
いなかった。そこに彼の姿はなかった。それならば、残すは僕の部屋である。
ゆっくり部屋のドアを開けて中を確認すると、そこには見慣れた姿がベッドで寝ている。
(ほんっとに、君はそういうことして……!)
この家でわざわざ僕の部屋で寝ているということは、安心できる場所だといってるようなものだ。彼はどこでも寝るけど、基本は見つからず隠れた場所で寝ている。この家では隠れる必要がないからリビングで寝てることが多いけど、それ以外なら自室で昼寝している。僕が不在であるときはなおさら。
なのに僕の部屋で寝ている。それは、僕にとって嬉しすぎることだった。
物音を立てないようにゆっくりと近付く。電気は付けていないから、外の月明かりだけが頼りだ。布団から出ている顔は気持ち良さそうにしていて、枕によだれまで垂れている。
いいけどさ、いいんだけどさ。緩みすぎじゃない? かわいすぎるんだけど。
今すぐにでも抱き付いて隣で一緒に寝たい衝動を抑え、彼を眺める。
「あれ?」
今朝、出ていくときはパジャマだった彼が外行きの服に着替えている。それは外出していたことを表していて、疑問が湧く。彼はどこに出掛けていたのだろう?
「ぅ、ん……?」
モゾモゾと動きだし、ゆっくりと目が開く。
「おはよう訑灸。それと、ただいま」
「………………しゅう?」
長い間を開けて目があった。寝起きの頭で状況が掴めてなさそうだ。
何度か瞬きして起き上がるとあくびをしながら背伸びをしている。よく寝たようでなにより。
「おかえり?」
「僕の部屋で、よく眠れたみたいだね」
「……え?」
二人の時間が止まる。驚いた表情の君に、理解が追い付かない。自室と間違えて寝てたってこと?
「ここ、しゅうの部屋?」
「そうだね」
被っていた布団を確認して、周りをキョロキョロしている。何度も見ても僕の部屋に変わりはなく、彼の表情がみるみる赤くなる。
「ま、間違えた……」
「なにをどうしたらそうなるの」
「疲れてたから、早く寝たくて。……だから、すげぇしゅうの匂いがしたのか」
納得したような表情をしているけど、僕は気になる単語が多すぎて今にも混乱しそうだった。
疲れたって、なにをして? 僕の匂いってどういうこと?
「しゅうの匂いは暖かくて好き」
「ああ、そう。それは嬉しいよ」
布団のなぞが解けたとスンスン匂いを嗅ぎ始めた彼に、抱きつきたい衝動を堪える。
なんでそう、かわいいことするんだよ。帰宅してから、恋人がかわいすぎる以外なにも理解できてないんだけど! ていうか、本人目の前にいる! 布団を相手にしないでほしい。
「そうだ、これ」
思い出したように布団の中でごそごそと手を動かして取り出したのは小さな紙袋。ズボンのポケットに入っていたそれはくしゃくしゃになっていた。
「開けてもいいのかな?」
「開けなきゃ中身、わかんないだろー」
なにいってんだこいつと不思議そうな目を向けてきたが、確認は必要だろう。封をしていたテープを剥いで中身を取り出した。
「ストラップ?」
黄色のビーズでできたシンプルなストラップ。それをなぜ?
「今日成り行きだけど進のとこでバイトしてさ、そのお金で買ってきた。プレゼント?」
そして彼は再び布団の中でごそごそしている。そして出てきたのは彼に渡したこの家の鍵で、それには色違いの同じストラップが付いている。
「俺は青で、お前は黄色。髪色変えたら意味ないけど、いいだろー?」
あぁ本当にこの子は……。
樫葵君のバイト先は喫茶店だったはずだ。そこでバイトしたとなるとかなりの心労が重なって部屋を間違えるほど疲れたのも頷ける。きっと、このストラップも彼の協力があって購入したのだろう。
「すごく嬉しいよ。僕も鍵につける、お揃いだね」
「やっぱ嬉しいもんなの?」
自分の鍵を不思議そうに眺める彼にふと思う。そういえば、プレゼントをしたことはなかったかもしれない。……そういうことか、彼に一本取られたな。
ベッド脇に座って、その姿を抱き締める。こちらを不思議そうに眺めているが我慢できなかった。愛しさが溢れる。
「ありがとう、大切にするよ」
「たいしたもんじゃないけどなー」
嬉しそうに微笑む彼が、なによりも愛しかった。
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