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5 不機嫌な話(訑灸視点)
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不機嫌な話 side訑灸
「おかしい」
近くにいた黒い仔猫を抱えて口を尖らせる。今この家には俺と四匹の仔猫しかない。
ちなみに、この子たちに名前も付けた。今抱いてる黒い子はクロ、ソファーの下で生地をカリカリ引っ掻いてる白い子がしろ、そして足元で二匹じゃれて遊んでる子たちがセロともの。セロはオセロから取った。毛色が白に黒の斑点だから。ものはモノクロのもので、白と黒のマーブルになっている。我ながらかわいい名前をつけたよなぁ。
って、そうじゃない。おかしいんだよ。
「しゅうが、家にいない」
厳密に言うと昼間仕事に出るようになった。医者だから当たり前のことだし夜は必ず帰ってくるんだけど、ここまで空けたことはなかったんだ。二日三日留守にすることはあっても、ここまで長い期間はない。
「もう十日……」
行き場のない寂しさを紛らすために、黒いもふもふを顔に乗せる。仔猫の癒しパワーって半端ないよね。でもまぁこの子は俺の顔をべしべしパンチしてくるけど。大きくなっても直らなかったらどうしよう、痛そうじゃない? 俺の顔大丈夫かな。
仔猫の匂いをスンスン嗅ぎながら、考える。
あいつ、なんで急に働くようになったんだ。……そもそもちゃんと働いてたけど、俺が来たからセーブしてた、とか? それなら気を使われてたってことだよね、絶対にイヤなんだけど。
家にいても寝てるか、この子たちと遊んでるかの二択だからあっという間に時間は過ぎて、会えない時間ってそんなに感じないけどさぁ、思うところはあるじゃん。
(寂しいんだよ)
ここに来るまではなんとも思わなかったし、当たり前のことで気にすることもなかった。俺をこんなにダメにしたのは間違いなくあいつで、俺に優しくしたから。
左手で顔のもふもふを無造作に撫でる。じゃれてると思われて、めっちゃぺちぺち叩かれるし、甘噛みされてるけど気にしない。
今日も帰りは遅くなるっていってたし、あいつ、俺以外の誰をみてるんだろ。
ーーコンコンッ
リビングにある窓が音を立てる。黒いもふもふが視界を遮ってるため原因はわからない。なにかと、その仔猫を抱き抱えて視線を向ける。
「……進?」
窓の向こうには見慣れた男が笑顔で手を振っている。俺は突然の来訪者に混乱しつつも招き入れた。
「なに、突然」
「えぇー、めっちゃ連絡したのに、無視してたんは訑灸やんかー」
窓の外に居たのは小学校からの腐れ縁だ。よくいって幼馴染み。俺にそのつもりはないけど、向こうからずっと絡んできてたから必然的にそうなった。高校は違ったけど。
連絡という言葉を聞いて思い出す。そういえばスマホ、かれこれ一週間は見ていない。充電器に差したっきりそのままだった。電話が鳴らない限り触らないから存在すら忘れてた。
「……取ってくる」
「嘘やん……予想通りやったけど」
自分の部屋に取りに行くためソファーから立ち上がると、しろを抱えたそいつが面白そうに笑う。俺を受け入れられるのは、その性格あってだと思う。
自室の机に放置していたスマホの充電器を抜いて、メッセンジャーアプリを開く。そいつが送っていた連絡件数67件、遡ること五日前からの数である。ここまで返事がないなら、電話すべきだと思うけど。
「電話すれば良かったのに」
部屋に戻り思ったことをそのまま伝える。内容に特別なものはなかった。急ぎの用事はないんだろうけど、普通は来る前に電話じゃないの。
「スマホ通じへんのに、電話したところで繋がる確率低いやんか」
スマホ携帯してない時点で、そこに価値はあらへんのよ。
……確かに、俺の性格上そうかもしれない。今回はたまたま充電してたから電話は繋がったけど、それすらも忘れてたら充電切れで無機質な音声が流れるだけだった。
「それだけ?」
ソファーに座り直して、再度確認する。これだけのことでこいつがわざわざ訪ねてくるのは、違和感がある。絶対になにかあるはずだ。
「なぁ、訑灸」
「ん?」
深刻そうな顔をする目の前の男に頭を傾げる。なにかあったっけ?
「時野さんはおらへんの?」
「しゅう?」
二人も当然面識があって、この家があいつの家だということは知っている。なんなら、俺たちの関係もすべて知ってる。
「仕事に行ってるよ」
どこまで行ってるかまでは知らないけど、仕事してることに間違いない。あいつが言うんだから、そうなんだろう。
俺はわかる情報だけ伝える。それ以上のことはなにも知らない。
「毎日なん? めずらしいとちゃう?」
「なんで、進が知ってるの」
目を細めて視界に入る男を睨む。いつからなんて伝えてない、それなのになぜこいつが知ってるんだ。不信感が募る。
「わわっ、警戒せんといて~。俺は見ただけや」
「見ただけ?」
慌てて手を振り否定を示したあと、慌てた様子で自分のスマホを取り出したこいつの言葉を復唱する。見たって、どこで?
一枚の画像を選択して、それを俺に差し出した。
「これ、時野さんやろ。毎日この前通るから写真撮ったんや」
大通りにあるカフェの中から撮られた写真は間違いなく俺の同居人の姿。このカフェは彼が勤めている職場である。だから、気になって写真に納めたと。
「同じところに行ってるんとちゃうかなと思ってな。気になってたんや」
「知らない」
「は?」
仕事の話なんて聞かない。あいつが外でなにしてるかなんて、聞いたこともない。だから知らない。毎日同じ場所に通ってることも同じ人間に会ってることもすべて可能性の話で、そこでなにをしてるのか本当のことは、なにも知らない。
あいつはここに帰ってきて俺の隣にいてくれるし、ふらふらしてもちゃんと迎えに来てくれるし、約束もしてくれた。だから、そこに触れるのは野暮だと思ってるんだ。
「それだけ?」
「訑灸~?」
目の前のそいつは額に汗を浮かべている。忙しいやつだな、今度はなんだよ。
「ええか。これはほんの出来心、俺の興味やったんや」
「なに」
なにかへ言い訳するように口を開いたそいつの態度がイライラする。結論だけ話せ。
「絶対に怒らんでな? これは誰も悪くあらへん」
「意味わかんない」
それだけ言うと、目の前の男はそそくさ帰っていく。
怒るって誰に? 誰も悪くないってなんだよ。いつ、悪いって話になったんだ。
残していった言葉の意味が理解できずに、広くなったソファーに寝転ぶ。
結局、なにしに来たんだ?
進を見送ったあとソファーで横になる。でも、珍しくなかなか寝付けなくてすぐに起きた。
それにしても、イライラする。なんでかわからないけど、イライラする。
「それは嘘か」
訊ねてきたあいつと話してからイライラするようになった。もともと寂しかったのもあるかもしれない。そこに余計な話を持ち出してきたんだ。気にしないようにしていたことを指摘されて、我慢してたものを壊された。
「変な感じはずっとしてた」
十日も朝から晩まで留守にしたことは今までにないし、こんなこと初めてだった。気になってたけど、プライバシーに関わることだから聞くにも聞けない。あいつを信じて待つしかなかった、待ってたのに。どうしてそれをわざわざ指摘しにきたんだよ。
行き場のない感情が、渦巻いていく。こんなときはどうしてた? どうやって誤魔化してた?
「……」
おもむろにソファーから立ち上がる。そうだよ、こういうのはバレちゃいけないんだ、気付かれないようにしないと。久しくなかったから忘れてた。
どこならいける? 部屋はダメだ、すぐに見つかる。あのときとは違う、小さくないからタンスや押し入れの中も無理だ。他に、他に俺が行ける場所で、見つからないところ。
「屋根、裏……」
ここに来た初日に一度だけ教えてもらった場所。行くまでは大変だけど、確実に隠れられる場所。そこなら、そこにいけば、絶対に見つからない。
纏わりつく仔猫も無視して目的の場所へ向かう。確か、浴室前の天井に昇り口があったはず。案の定そこには開きそうな蓋がある。開けるための棒は浴室に立て掛けてあったやつだろう。
「この距離なら行けるかな」
音を立てて開いた蓋の先を見上げる。人が一人入れそうな入り口だけど梯子はない。もちろん、それを用意して上るつもりもない。梯子があればここにいると主張することになるから。見つかったらいけないんだ。
今はもうなんで隠れようとしてるのかわからない。ただ、見つかったらダメだ、静かに息を潜めなければ。それだけが頭の中をしめていて、ひたすら行動する。
蓋を開けた棒をもとの場所に戻し、廊下に出る。軽く助走して跳べば届くはず。
俺はその場で深呼吸して駆け出すと、屋根裏の入り口に向かって跳んだ。予想通り縁を持つことに成功して、そのまま腕力だけで上りきる。最後に内側から蓋を閉めれば完璧だ。
蓋を閉めたそこは明かりもなく真っ暗な空間になる。明かりのない暗闇は得意な方だ。夜目も利くし、なにより落ち着く。誰もいない場所、俺だけの場所、……一番安心できる場所。
微かに見える視界を頼りに奥へ進む。息を潜めるなら奥がいい。扉の近くはすぐに見つかるから。壁の前まで来たことを左手で確認して、腰を下ろし横になる。埃っぽいけど、どうでもいい。そして、目を閉じる。
眠りにつくのは簡単だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「あーもう本当に、邪魔ね」
「……」
見つかってしまった、バレてしまった。隠れていたのに、この人がここに来るから。ちゃんとしてたのに。
視線が合うと舌打ちをして、否定するのはいつものことだ。だからすぐに視線を反らして、どうやってこの場から逃げるか考える。機嫌が良いとご飯がもらえるけど、今回は違った。
「その顔が、気に入らないのよ」
その人は悪態をつきながら近寄ってくる。気に入らないなら来ないでと思うけど、言葉にすることはできない。後退り拒否を示しても距離はあっという間に詰められて、勢いよく髪を鷲掴みそのまま持ち上げられた。
「醜い顔だわ。よりにもよって、どうしてその顔に生まれたのかしら」
ひどく顔を歪めて吐き捨てたと思ったら、右の方へ強く引っ張られて手を離された。勢いで床に衝突する。今日はとことんついてない。
「……早く消えてしまえばいいのに」
冷たい目を向けて小さく呟き跨がると、首に手が触れた。
ーー苦しい、息が出来ない。
「つまらないわ。役立たずな子」
締め付けられ意識がなくなる直前に、必ず手を離してどこかへ去っていく。
無理矢理止められた呼吸が急にできるようになって、うまく吸い込めず咳き込んでしまう。
機嫌の悪いこの人は本当にイヤだ。意味がわからないことばかりで、消えることができたらみんな楽になれるのかな。
◆ ◆ ◆ ◆
なにか小さなものが顔に当たっている。周りが騒がしい。
意識が浮上する。
「……ぅう」
口からもれた声に反応したようで当たっていたものがなくなる。
それから耳に届いたのは一番会いたくて聞きたかった声。
「訑灸、そろそろ起きてよ。みんな待ってるんだ」
「……ゅう?」
うまく呼べなかったけど、そこにいるのは俺の大切な人。身体を動かして声のする方に顔を向け、ゆっくりと目を開く。微かな光で照らされているのは間違いなくその人だった。
「おはよう、訑灸。ほら、仔猫たちも君のこと待ってるよ」
「にゃー」
「なーなー」
仔猫が鳴きながら身体を擦り寄せてくる。黒い子は抱かれている。俺の顔を叩いていたのはあの子だったのかな。
「……しゅう、が、いる」
何度か瞬きして彼の名を呼ぶ。たどたどしくなったけど、ここに来るなんて思わなかった。
「ただいま。待たせてごめん」
仔猫を床に下ろして俺の頬を両手で包むと、額を重ねてきた。
頬と額から伝わる熱が心地よくて、暖かい。言うつもりはなかったのに、気付いたときには口を開いていた。
「……寂しかった」
離れた顔は驚いていて、イヤな視線が絡み合う。そんな顔させるつもりじゃなかったのに、余計なことを話してしまった。それでも一度出た言葉は止まらなくて、頬へ変わらず添えられた手に自分の手を重ねる。
「仕事だから仕方ないけど、こんなにいないのはやだよ」
仕事は大事。それに、命を預かる仕事なんだ。俺なんかの我儘が優先されることじゃない。
それでも一緒にいる時間を長く取りすぎて、一人でいることが怖くなってしまった。今まであんなに大丈夫だったのに、この家に来てから知らない間にダメになっていた。
ーー独りは寂しくて、こわい。
「うん、ごめんね。もうこんなことしないから」
その言葉に俺は頭を殴られた気がして一気に覚めた。こいつにそれを言わせたらいけないのに、いらない俺よりも優先する人はたくさんいるのに。慌てて起き上がり姿勢を正すとまっすぐ顔を見る。
「違う、そうじゃない。そうじゃないから」
いいたいことはあるのに同じ言葉しか伝えられない。言葉がうまく話せない。
「ねぇ、訑灸。ちゃんと話して」
なにか言ってるけど理解できなくて、伝え方もわからず言葉にできなくて、もどかしく徐々に息が詰まっていく。わからない、どうしたらいい?
「訑灸」
優しく名前を呼ばれる。大丈夫だからといつも安心させてくれる声音。
だけど、違う。今は呼ばないでほしいのに、どうしてそんな声で呼ぶの。俺はちゃんと話してないんだ。お願いだから、俺を否定してよ。あの人はすぐに否定してくれるのに。
ーーあの人?
「ねぇ」
「なに」
俺の声に、優しい声ですぐ反応してくる。
俺の記憶にそんな人はいない。冷たい声しか知らない。
「なんでしゅうはここにいるの?」
「訑灸に会いたくて、探してきたんだけど」
困惑したような顔をしている。
どうして俺を探すの? 俺は隠れてるのに、言われた通りにしてるのに。
「あの人も、周りも見つけたらイヤそうにしてた。俺はちゃんと隠れてるのに、なんで探すの」
目の前の顔が苦しそうに歪む。どうしてそんな顔をするんだろう。
見つからないように隠れても勝手に見つけるのはいつも周りで、邪魔してるのは俺じゃない。
「ねぇ、なんで? おれ、ちゃんとしてるのに」
おれはだめなの? どうしたらいい?
疲れてたんだ。見たくもない夢も見た。だから、悪い方へ意識が傾いていったんだと思う。今はただ、ちゃんと隠れてたかった。話したくなかった。
「訑灸」
再び、名前を呼ばれる。
「何度でも言うよ。僕は訑灸が好き。だから、どこにいても探しに行くし、迎えに行く」
「ぅあ」
「ずっと一緒に居たいから、探し来たんだよ」
彼の言葉が頭に反響する。
知らない。ーー知ってる。
俺は違う。ーー俺もそう。
探さないで。ーー探してよ。
頭が痛い。こんなの知らない。二つの言葉がせめぎ合う。
正解が、わからない。
「訑灸? 訑灸っ!」
焦って名前を呼んでることもわからない。
気が狂うんじゃないかっていうくらい頭が痛くなって、耐えれなくなった俺はそのまま意識を手放した。
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