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6 忘れた話
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忘れた話
意識を失った彼をベッドへ運ぶ。どちらの部屋でも良かったけど、なんとなく僕の部屋に運んだ。ここなら一番安心できる気がしたんだ。
「なにを恐れているの」
屋根裏に隠れていた彼を見つけたのは三十分前。話しかけたときの彼は大丈夫かと思えたが、そんなことはなく話せば話すほど怯えていく姿に僕はどうすることもできなかった。
今回の一件はただのきっかけに過ぎず、彼はずっと不安だったのかもしれない。本人さえも気付けないほど過去の出来事が縛りつき、身動きが取れないところまで来ていたのだ。
(気付いてやれなかった)
これまでに悪夢を見ることも、不安になることもたくさんあった。けれど、抱き締めて話しかけるとすぐに落ち着いていたから油断してた。
「うぅ……っ」
ベッドに寝ている姿は変わらず苦しそうで、汗もかいている。起こすことも叶わず、ただ見守ることしか出来ない。
(本当に腹が立つ)
こうなるまで気付いてやれなかった自分に、今なにもできない自分に、彼を助けることができない自分に、腹が立つ。
(なにが医者だ)
詐欺まがいなことばかりやって、本当に助けたい人は助けられない。なんとも情けない話だ。
彼の姿に顔が歪む。
「なー」
彼のことが大好きな四匹の仔猫もベッドの上で各自寝転んでいる。異変には気付いてるけど離れたくないのだろう。
「君はこんなに好かれているのに、どうしたらわかってくれる?」
行き場のない思いを吐き出して、苦しみ続ける姿を眺めることしかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
隣で寝ていた気配が動き出す。僕は目を開けてその姿に視線を向けた。
あのあと一時間もしないうちに普段の寝息へと変わった彼は、それから魘されることもなくひたすら寝ていた。それは夜になっても変わらず、彼が自分から起きないことには気になって動けないからそのまま一緒に寝ることにした。
僕より先に彼が起きても、隣にいるのが僕だったら大丈夫だろうという勝手な自惚れだ。
そして、彼が動き出したのは大分夜も深まった頃だった。半日以上は寝ていたことになる。一度起きてもおかしくはないだろう。
「ふぁ……っ」
寝惚け眼で欠伸をする姿に思わず笑いが漏れそうになる。彼が仔猫にそっくりなのか、仔猫が彼にそっくりなのか、猫みたいな仕草なんだよね。
右手で目を擦り、何度か瞬きをしている。それから、目があった。
「しゅうが寝てる?」
「僕のベッドだからね」
どういうことだと不思議そうな顔をする彼に違和感を覚える。彼にとってはいいことかもしれないけど、とても嫌な予感。
「なんでここで寝てんだろ? しゅうも遅くまで仕事してたんだよな、占領してごめん」
「訑灸がここで寝るのはかわいいからいいけど」
「かわいいってなんだよ」
知らぬ間にここで寝ていたことを詫びる彼に、寝せたのは僕だけど勝手に寝ても問題ないからそう答えれば不満そうに口を膨らませている。
「わざわざ僕のベッドで寝てるなんてかわいいに決まってるでしょ。僕を選んでくれたみたいで」
「ばっ……、違うし!」
顔を赤くして照れた彼はその姿を隠すために勢いよく布団を頭まで被る。そういうところなんだよなぁ、かわいいの。
布団の上から彼の頭をポンポンと叩く。布団の中で、きっと嬉しそうに笑っているだろう。
ーーそれよりも、これは問題だ。
訑灸が夕方の一件を忘れている。樫葵君と会ったことすら記憶から消してるかもしれない。
それだけ彼にとってあの出来事は、精神的に大きな負担となっていたのだ。
(今まで忘れるほどのことはなかったのに)
彼から話はなにも聞けなかった。その彼も無かったことにしてしまった。解決する手がなくなってしまったのだ。
(とりあえず、緊急ミーティングかな)
彼を知る人間に現状の報告だけはしておかなければならない。樫葵君には申し訳ないが昨日会ったことを無かったことにしてもらう必要がある。
「しゅう?」
いつの間にか布団から顔を覗かせ不思議そうに見上げている姿があった。
なにより最優先すべきは、目の前にいるこの子だ。
「このまま一緒に寝てくれる?」
「しゅうがどうしても寝てほしいって言うならね」
イタズラっぽく笑う彼に笑みがこぼれる。彼はこうでないと。
「どうしても一緒に寝たいなぁ」
「仕方ないから、いーよ」
満足のいく答えができたようで、嬉しそうに笑いながらすり寄ってくる。そんな彼を抱き締めて再び寝るために目を閉じる。
「明日はなにしようか」
「仕事は?」
「今日で終わったよ」
「そっかー」
抱き締めてるから顔は見えないけど、嬉しそうな声が聞こえる。どうやら忘れてることに気付いてない、今は大丈夫そうだ。
「仔猫たちとみんなでゴロゴロするー?」
「それは今と変わらないでしょ」
今と変わらない彼の提案に心から安堵する。指摘された彼もおかしそうに笑っている。
「おやすみ、訑灸」
「うん。しゅうもおやすみ」
僕たちは抱き合って再び眠りに落ちていく。
どうか彼に、安らかな夢を願わずにはいられなかった。
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