アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
7 打ち合わせた話
-
.
打ち合わせた話
『明後日午後八時。いつもの場所にお願いします』
スマホを操作して、アプリのグループチャットに送信する。これは訑灸を守るために作ったグループチャットであり、メンバーは僕、友人である兄、樫葵君だ。彼らに連絡すれば、自ずと必要な人にも伝達されるので必要最低限の人数に抑えている。通知がひどいことになるから。
すぐに既読がついて了承の返事が届く。
『そのときに説明するから、樫葵君は申し訳ないけど訑灸への連絡を一度控えてくれるかな?』
『ええですけど、怒らせたのまずかったですか』
彼からすぐに返事があり、不安そうな文面が伺える。彼もまた気にしていたようだ。
『怒っていたわけじゃないから、詳しくはそのときに話すよ』
『わかりました』
『絶対に面倒事じゃねーか』
内容を察知した兄の投稿が表示された。確かにそうだけど、そもそも厄介事以外でこのグループは稼働しない。
『詳しくはそのときに話すから、また後で』
今はまだ訑灸が眠っている状態なんだ。いつ目覚めてもいいように通知をオフにする。その後の返信は落ち着いたときでいいだろう。
ベッドに視線を向けると、落ち着いた彼が穏やかな寝息をたてていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「で、なにがあったんだよ?」
時は進み、約束した日時を迎えていた。家で留守番している彼には、大学時代の教授に手伝いで呼び出されたと話している。一番疑われず、彼を刺激しない外出理由がこれしかなかった。嘘を付くのは心苦しいが彼のためである。許してほしい。
そして、集まったのは樫葵君のバイト先である喫茶店。ここは彼の同居人が経営していて、僕たちの関係も知っている。だから集まるにはちょうどよく、融通も利く。本日は貸しきり閉店にしてもらった。
僕の友人であり、訑灸の兄が口を開く。隣には同じく友人で、彼の付き人になった男が座っている。
「結論からいうと、訑灸が都合の悪い記憶を消すようになった」
「は?」
「どういうことや?」
多少語弊はあるかもしれないが、概ね間違ってないと思う。現に彼は忘れている。今日まで思い出すこともなく、いつも通りの生活を送っていたのだ。
僕の言葉に二人が不思議そうにしている。確かにこれだけ言われても、よくわからないだろう。
「やっぱり俺、まずいことしたんですよね……」
しょんぼりと肩を落とす樫葵君に慌てて否定を入れる。ここは彼のテリトリーであり、正直言うと彼の彼氏様の店である。下手にへこませたら僕にとばっちりが来てしまう。
「それはないと思うよ。元々は僕の失態で、君は訑灸を気にしてきてくれたんだろう?」
彼らがどんな話をしたのかはわからない。でも彼の性格上、訑灸を心配してきてくれたように思う。そのタイミングがとても悪かっただけ。
「時野さん、十日くらい出掛けてやろ? それが気になって訑灸に言ってもうたんや」
「そういうことだったの」
彼の口調がいつもの調子に戻っているので、少しは落ち着いたのかもしれない。
そういえば、あそこへ行くときは気にせずこの前を通っていた。まさか見られていたとは。
「僕が出掛けていたことは訑灸も知ってたからね」
「けど、えらく不服そうやったで」
「独占欲丸出しじゃねぇか」
黙って聞いていた男が口を開いた。
「要は、仕事に長時間出ていくお前が気に入らなかっただけの話じゃねーの?」
「そうとも言い切れないんだよね。なんせ、彼はなにも話してくれなかったから」
僕は、あの日自宅に帰ってからのことをかいつまんで話していく。彼がどうしてそうなったのかはわからない。なにも伝えられなかったし、彼の口から話されたことはなかった。ただ、怯えて否定するだけ。
「お前、なんかやったんじゃ……」
「失礼な」
友人の疑うような眼差しに、すかさず否定する。十日も仕事に出てしまったのはやらかしだけど、それ以外はなにもしていない。家にいる間彼を疎かにしたつもりもない。
「訑灸さんは、なにを気にしていたんでしょう」
「訑灸のことやから、しょーもないことやと思うけどな」
もう一人の友人の問いかけに、幼馴染みの青年が呆れたように答える。
「気にしすぎやねん。どうせ自分を優先してほしくないとか、自分の気持ちを認めきれへんだけとちゃう」
「だから『そうじゃない』になるんですか」
さすがは幼馴染みといったところか。彼に付きまとっていただけあって、発言に説得力がある。
「で、ぐちゃぐちゃになって忘れることで逃げたと」
「まとめ方、適当すぎない?」
「それ以外ねぇだろ」
彼にとって忘れることが自己防衛だったのなら、どこまで深いところに落ちていたのだろう。記憶を失うくらいだから簡単な話じゃないことはわかってるけど、これ以上のことが彼に起きなければいい。
「そういうわけだから、訑灸のこと注意してもらえると助かるかな」
「思い出すタイミングはわかりませんからね」
「しゃーねーなぁ。でも、家に関することは容赦なく連れ出すからな」
この義兄弟は財閥の息子である。お家事情はさすがに無視できないだろう。
「俺は訑灸に会ったことを黙ってればええんやな?」
「樫葵君には悪いけど」
「かまへんかまへん。それで、訑灸が平和に過ごせるならお安いご用や!」
兄と違いなんていい子なんだろう。訑灸の友人が彼で良かったと心から思う。そこの兄に見習ってほしいくらいだ。
「またなにかわかれば連絡するから」
そう言って僕は席を立つ。呼び出したのは僕だけど、家で大人しく待っているだろう愛しい人を長く待たせるつもりはない。彼らもまた帰り支度を始めている。置いていっても問題はないだろう。
情報の共有はすませた。あとはこれ以上彼を追い詰めないように。
僕は急いで自宅へ戻るのだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 15