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9 実家の話 1
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実家の話 1
「ついに来てしまった……」
「ほら行くぞ」
見慣れた建物を見上げる。約十年生活してきたけど一度も好きになれなかったその場所。俺の父になる人が住んでいる家だ。ついでに俺をここまで連れてきたクソ兄の家でもある。
後ろからそいつに肩を押されて先へ促されるけど、入ったら終わりみたいな気分になるんだよなぁ。
「来たからには行かないとね」
「わかってるけど」
今回は心強い味方もいる。俺が一番安心できる大切な人。兄の粋な図らないによって同行を許可された特別な存在だ。こいつが一緒だから来たと言っても過言じゃない。
隣に並んだ男へ目をやる。動いたときにふわりと漂う彼の匂いが気持ちを落ち着かせた。
「ちゃんと最後まで一緒にいてよ」
「もちろん。置いて帰るわけないだろ?」
再度確認して玄関へ足を踏み入れる。数ヵ月振りの光景に大きな変化はない。高そうなものがたくさんあるなー、それくらいの感覚。
お金持ちだからなのか来客が多いからなのか、この家は外国みたいに玄関で靴を脱ぐことはせず履いたまま中へ入る。脱ぐときは、風呂と寝るときくらい? つまりこの家に今どれくらいの人間がいるのかわからないわけで、かなり気になるんだよなぁ、難点。
案内されるまま向かったのは、パーティー会場にできそうなほど広いホール。
ーーホール?
「というわけで、今日は定例会の集まりだ」
「騙したな!」
近しい親戚の集まりだと思ってたのに、仕事関係の人も含めた会食じゃん。一番嫌いな集まりだった、許せない。
「だから時野を同伴させたんだろうが」
「知ってたらしゅうが一緒でも来なかった」
これとそれは別問題で、こういう集まりの場が嫌いなのに。意地悪だ、意地悪な大人がたくさんいる。一回りも違う子供をいじめて楽しいか。
「我儘言うな。早く慣れろ」
「うぅ」
メンタルが削がれていく。そもそも目立ちすぎなんだよこの集団。俺の金髪と使用人の黒髪はまだいいけど、クソ兄は赤髪でしゅうは青髪ってどこのヤンキーの集まりなのさ。ほら、あっちこっちでこそこそされている。
「光輝様、お久しぶりですね。彼らは、一体……?」
その中でも話しかけてくるやつはやっぱりいるんだよなー。グレーのスーツに身を包んだインチキ臭そうなおじさんが声をかけてきた。光輝と言うのはクソ兄貴のことである。
ちらちらと俺たちを見る視線がうっとうしい。この場には相応しくない子供ですよ、俺だって帰りたいのに帰してくれないのはその男だ。そんな目で見てこないでほしい。
「弟と友人ですよ。なにか問題でも?」
「弟様がいらしたのですか、これはこれは失礼しました。確かにお父様と大層似ていらっしゃる」
周りの陰口も目立って感じるようになる。本当に憂鬱だ、今すぐこの場から逃げ出したい。
男もいそいそと離れていく。そりゃそうだ、睨むあいつの視線に耐えられないよなー。
「俺、いない方が絶対にいい」
帰りたくて呟けば今度は背後から声がかけられた。
「お久しぶりですね、訑灸様。旦那様がお呼びです」
「……今度はなんなの」
この人はこの家に昔からいる使用人の男だ。男って言うか、お兄さんみたいなおじさん? たぶん歳はそこそこいってるはずなのに、若く見えるしかっこいい人なんだよなー。さらに、なにを考えているのかまったくわからないその姿勢は使用人としては完璧だと思う。無駄がない人ってこういう人を言うんだ、たぶん。
しかし、一番嫌な人に呼び出された。俺は話すこともないし、迷惑かけるようなことをした覚えもない。嫌なことってとことん重なるのはなんでだろ。
助け船を求めて同伴者に視線を送る。
「こればっかりはどうすることもできないよ」
「裏切り者め」
理不尽な八つ当たりだとわかっているけど、その男を睨む。ここで無視しても後日呼び出されるのだ。それなら嫌なことは一度に済ませた方がいいに決まってる。
「いってくる」
「ちゃんと話してこいよ」
「うるさい」
クソ兄がなにかいってたけど、俺は話したいことなんてない。ほっといてくれたらそれでいいのに。
使用人の男の後ろをとぼとぼ歩く。足取りは重いけど、ホールで向けられていた視線は無くなったから気持ちは楽になった。負の感情が混ざった誰かの視線はどうしても気になる。
「こちらでお待ちです」
ひとつの扉の前で止まった男が口を開く。本日の主役がこんなところで暇を潰していいのか。
覚悟を決めて深呼吸する。行くしかないのよ、俺。
気持ちを落ち着かせてから、数回ノックすると扉を開く。ここはこの人の書斎になっている部屋で、呼び出されて話をするときは大体ここだった。
「失礼、します……」
気が重いことには代わりないから、声が小さくなるのは許してほしい。俺、この人すごく苦手なんだよ。なに考えてるのかまーったく、本当になにもわからないだもん。
「あいかわらずのようだな」
書斎に置かれた高そうな机に座って出迎えた部屋の主、そして俺の父になる人。
足取りも重くのそのそと中へ入る。使用人の男は役目を終えたから持ち場に戻ったのだろう、ついてこなかった。つまり、二人きり。
閉められた扉から三歩くらい離れたところで立ち止まる。近くにいかなくていい、これ以上は近寄らなくていい。俺の態度に眉を寄せているけど、無理なものは無理なんだ。
「うまくやっているのか」
「それはどういう意味?」
男の言葉に眉が動く。それはなにに対して訊ねてきたのか。
「そのままだろう。彼の優しさに甘えて苦労をさせてるんじゃないか?」
「そんなことっ」
たくさんある。なんて言えるはずもなく言葉が続かなかった。もし連れ戻されるなんてことになったら、耐えられない。それは是が非でも阻止しないといけないことだ。
目の前で呆れながら吐き出されたため息に、身体が震える。
やめてよ、そんな顔しないでよ。
「彼に任せれば少しは変わると思ったが、過信しすぎたようだな」
男が立ち上がる。その場から動けない。
「私は跡取りではなくとも久地河(くちば)の血を引く者として、お前には真っ当に成長してほしいと思っていたんだ」
それは今が普通じゃないと言いたいのか。どの口が、どの面下げてそれを言うつもりなんだ。そもそもこうなったのもあんたら大人の都合だろ。俺が悪いっていいたいの。
徐々にそれは近付いてくる。
「お前は甘えすぎている。高校を卒業した今、社会人としてなにができる、どんな生活をしているんだ。それとも一日中家で寝て過ごしているわけではなかろう?」
あぁ、本当にうるさいな。こうなるようにしたのはお前たちじゃないか。俺のせいでもしゅうのせいでもない。
「体裁ばっか気にして“俺”を見てくれなかったくせに、偉そうなこと言うなっ!」
男の言葉一つ一つが重くのし掛かり身体が震える、息も苦しい。それでもこの叫びだけははっきりと口にできたんだ。厄介な子供として扱っていたのはわかっていたから。
ーーこの場から逃げたい。
その衝動が一気に身体を駆け巡って気付いたときには部屋を飛び出していた。
本当に、この家は大嫌いだ。みんなして俺をいじめてくる。
「待てっ、訑灸!」
男がなにかいっていたけど、その言葉を聞くことはなかった。
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