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9 実家の話 2
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実家の話 2
「訑灸さんがいなくなりました」
友人とホールの隅で彼の帰還を待っていたときに使用人経由でその連絡が届いた。その内容は僕たちを焦らせるには十分で、父に呼び出された彼はいったいそこでなにがあったのか。
「間違いなくここには戻ってこないはずだ。手分けして探すぞ」
ここは彼が苦手とする不特定多数の人間が多く集まっている。これを見た彼の第一印象もあまり良くなかったのは確認済みだ。だから、本能的に帰ってくることはしないだろう。
友人が指揮を取り、探す範囲を振り分ける。彼のために何度もこの家に来て良かったと思う、迷わず探すことができるから。
「なにかわかったら、グループ通話で」
「わかりました」
「間違っても彼を刺激しないでよ」
「さすがの俺もそこは弁える」
僕の指摘に、彼の兄となる友人が眉を潜める。なんだかんだといいつつ、彼もまたとても心配しているのだ。性格に難がありすぎてわかりづらいだけで。
「んじゃ、また後でな」
彼の言葉を合図にそれぞれ探すために動き出す。隠れることが得意な彼を探すのは至難の技だろう。特にこの家は広く隠れる場所もたくさんある。手当たり次第に潰していくしかない。
ホールを出てひとつめの廊下を曲がると男の後ろ姿が見える。この先にあるのはプライベートルームに続く廊下だ。こんなところでなにをやっているんだろう。
近寄っていくとその男が気付いたのかこちらへ振り返った。
(あぁ、最悪だ。とても嫌な予感がする)
その男は見慣れた顔をしていて、不吉な予感に舌打ちしたい衝動を抑える。
今はいかにこの場を切り抜け、彼の元へ向かうことができるか頭を回転させなければ。
そこには以前彼を追い込んでしまった騒動の原因である一人、忌々しい政治家の男が立っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
目的地はないけどとにかくあの場所から離れたかった、それだけの理由で廊下を走り抜ける。
遠ざかってるはずなのに、襲いかかる感覚はなにも変わらなくて息が苦しい。
「はぁ、はぁ……」
徐々に速度は失くなり最後には廊下へしゃがみこんだ。目が霞み、絨毯の模様もはっきり見えない。視界が悪くなる。
俺のせいじゃないのに、俺が悪いっていうんだ。別にいいのに、頼んでないのに。今日まで生かしてきたのはその大人たちだ。そんなこというならほっといてよ、そしたら勝手に消えていなくなるのに。
「生きてるから……」
首元を手で触れる。そこにあるのはシンプルなチョーカーでいつからか必ずつけるようになった。自分で自分を苦しめないようにと、あいつが提案したんだ。
「邪魔だなぁ」
それがあるから縛られているのかもしれない。自由になりたいなら外すべきなのかもしれない。首からそれを外すために両手を首元へ近付けたときだった。
「やっと見つけましたわ。あの人の邪魔な存在」
「……だれ?」
正面から声をかけられる。床を見ているから声しかわからない。視界も悪いから見たところではっきりわからないだろうけど。
「貴方がいるから、あの人は自由にならないの」
見上げた先にいたのは緩やかな巻きのかかった黒髪を腰まで伸ばし、華やかなドレスを身にまとった女性の姿。
(黒髪、長い髪……?)
嫌な記憶の波が押し寄せる。イヤだ、もうイヤなのに。
「貴方みたいな存在は、つまらないのよ。まさに邪魔ね」
ーー役立たずで、つまらないわ。
ほら、この家はろくでもないことしか起きない。なんでこの人がいるの、いなくなったんじゃないの。ここだからいるの。
身体の震えが止まらない、寧ろ増すばかりだ。いよいよ、息ができなくなる。
「貴方のこと調べたわ。誰からも愛されないかわいそうな子」
ーー邪魔なのよ。
女の手が首元のチョーカー掴み、勢いよく引っ張られる。
「ぅあ、っ」
「こんなものまでつけて、醜い姿ね」
ーー本当に醜い顔で、忌々しい。
二つの声が重なる。やめてよ、もうなにも言わないで。
「貴方なんか早く消えてしまえばいいのよ」
ーー早く消えてしまえばいいのに。
ほら、俺がいるからいけないんだ。ちゃんといい子にするから、今度こそ言われた通りにするから。
「おれ、ちゃんときえるから」
なにもかも苦しい。だけどもうすぐ終わるんだ。ゆっくり立ち上がって、ふらふらと窓の方に向かう。
「それでいいのよ。そうすれば、あなたがいなくなれば」
楽しそうな声が廊下に響く。とても気持ち悪い。そして、うっとりした声でそれは続けられたんだ。
「先生、時野先生ーーいいえ、しゅうは私のモノになるんだから!」
その言葉に俺の意識は途切れたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
(あのバカ、どこまで行きやがった)
人がいないのをいいことに全力で廊下を走り抜ける。無駄に広い家を建てやがって、いいことなんもねぇだろと悪態をつきながら、行方をくらました弟の姿を探す。
あいつを支える友人が甘すぎるから冷たく当たっていたけど大切な弟に変わりはなく、どんな形であれ幸せになれればそれでいいと思っていた。それでもこの家の人間である以上、多少の面倒には慣れてほしくて連れてきた結果がこの様だ。ありえねぇ。
俺が向かっているのはこの建物の最上階にあたる三階。俺たちの個室がある階だから、例え外部の人間に姿を見られても怪しまれない。時野は父の書斎がある二階、夜音は一階を探しているはずだ。
「ん? 話し声?」
三階までの階段を登り終えたところで、角に隠れた廊下の先から話し声が聞こえる。といっても、女の一方的な声だけど。音を立てないように早足で近付いていくと、そこには探していた人物とその彼の首についたチョーカーを掴んでいる見慣れない女の姿があった。
(誰だ? あの女なにしてやがる)
聞こえる話はろくでもない内容ばかりで、止めるために間に入ろうとしたときだった。苦しそうに座り込んでいた彼がゆっくりと立ち上がる。
「おれ、ちゃんときえるから」
それからゆっくり窓に向かって歩き出している。
(まずい。あのバカ……!)
ここは三階だ。飛び降りるなんて冗談じゃない。
俺はあいつを止めるために駆け出した。ここからなら、十分に間に合う。
「それでいいのよ。そうすれば、あなたがいなくなれば先生、時野先生ーーいいえ、しゅうは私のモノになるんだから!」
窓に手をかけた弟を後ろから抱き締め、そこから離す。
この女、今なんていった?
抱き締めた彼が女の言葉にピクリと反応すると、痙攣してるんじゃないかってくらい震え始めて呼吸がいっそう荒くなる。それに比例して汗の量も尋常じゃない。
「おい、訑灸。落ち着け」
「ゃだ、ごめんなさぃ…とらないで、きえるから……」
聞こえる内容はめちゃくちゃで、記憶が混乱しているんだろう。何度呼び掛けても、彼に届く気配はまったくない。
「おいお前、なんでここにいんだよ」
目の前で楽しそうに笑っていた女を睨み付ける。こうなった原因は間違いなくこいつにある。許せるわけがない。誰だよこの女、どうやってここへきた?
そいつは変わらず楽しそうに笑みを浮かべて口を開く。
「貴方が光輝様かしら。知ってるわ、しゅうの大切なご友人でそれの義兄でしょう?」
うふふと笑う姿がとにかく気持ち悪い。なんつー女に好かれて……って昔からそうだった。あいつ女運だけはかわいそうなくらいなかったわ。
そこで思い出すひとつの出来事。これはもしかすると、とても厄介なことかもしれない。ここへ突入前に不審者の話を俺の優秀すぎる使用人に連絡したから問題なくすめばいいが、あいつもきっと捕まっているだろう。
「っ!」
これからどうするかざっと思案していると左腕に強烈な痛みが襲いかかる。そこへ目線を向ければ逃げようと容赦なく噛みついている姿があり、チョーカーも気になるのか左手で引っ張っている。そんなことでは、首を傷付けるだけで絶対に取れないと言うのに。
「離さねぇよ。それで満足するなら噛んでろ」
なにをやらかすかわからないヤツを離すつもりはない。理性もなく逃げたい一心だけで噛みつかれている左腕から血が滲み始めた。喰い千切るつもりかよ。
ポケットに入れていたスマホが通知を知らせて振動する。
「おい、こんなことしてどうなるかわかってんの?」
女に声をかけた。ここからはこいつを逃がさないための時間稼ぎをしていく必要がある。
「私はしゅうに気付いてほしいだけよ。それに、今さらそれを庇ってどうするつもり?」
調べてるのよ、あんなに邪険な態度をとっていたのにと不思議そうにする態度に舌打ちする。
こいつが話を聞けない状態で良かったと心から思ってしまった。彼がこれを聞いていれば、状態は悪化し続けただろう。
「馬鹿か。ろくに知りもせず調べた情報だけ鵜呑みにしやがって」
「都合よくしているのは貴方よ」
どう考えても不利なのは女の方だが気付けないのこいつ。アホなの馬鹿なの、うちのテリトリーでいざこざ起こしてるのはお前。
女の後ろに待ちに待った影が二つ見える。これでこいつも終わりだな。
「それはあんただろ」
「しゅう! 迎えに来てくれたのね!」
いや、都合よく解釈しすぎだろ。めっちゃ睨んでるし、声だって俺が知る限り一番ドスがきいてた。嬉しそうにできる理由がわからねぇ。
友人と女の温度差で、いかにこの女が狂っているのかはっきりした。恋は盲目の限度を越えすぎている。
「二度と会わないっていったのに、随分と好き勝手してくれたみたいだね」
「しゅうは騙「あのさぁ、さっきから人の名前呼ぶのやめろよ。気持ち悪い」なんですって?」
不本意に名前を呼ばれ続け眉間にシワを寄せていた友人がついに訂正すると、女の顔に変化が生まれる。あんなに楽しそうにしていたのに、みるみる歪んでいく。
抱き締めている存在に目を向け様子を確認すれば、相変わらず逃げることに必死になっていて彼が来たことにまだ気付いていないようだ。どうか女が退場するまではそのままでいてくれ。
「あんたの父親といい本当に救えないね。敵に回した相手が悪かったな」
「なにをいってるの、パパは政治家なのよ。不利なのは」
友人の言葉に余裕の笑みを浮かべ女が答えていたが、遮ったのはもう一人の男だった。
「貴方ですよ。さきほど彼は旦那様により隔離されました。私は貴方を迎えに来たのです」
男が一歩ずつ近寄っていく。
「旦那様の大切な存在に手を出したのですから、当然でしょう。貴方たちに先のいい未来はありませんよ」
今だなにか言おうとする女にそいつは躊躇いなく手刀を入れ、一発で気絶させた。手っ取り早く連れていくにはこの手段が一番早いけど、容赦無さ過ぎる。
気絶した女を肩に担ぎ、そいつは口を開いた。
「それでは光輝、これは俺が届けてくるのでそちらをお願いします」
「お、おう。頼んだ」
いつも通りの口調と笑みで言われて、返事に詰まった。予想はしてたけどこいつもめっちゃ怒ってるじゃん、わかりづらすぎる。
去っていく使用人を見届け、今度は友人が傍まで歩いてくる。こいつもまた不運な被害者なんだよなぁ。
「光輝、遅くなってごめん。ありがとう」
「お前もほんっと、面倒な女にしか好かれねぇよな?」
「それは僕のせいじゃない」
二人で苦笑して、俺が抱き捕まえている存在に目を向ける。この間に噛むだけじゃ逃げられないと判断したらしく、爪で引っ掻き傷まで作るようになっていた。俺の左腕は歯形と引っ掻き傷
で血だらけになっている。
目の前にこいつもいることだし、再び逃走するのは不可能だ。
俺は解放するために、捕まえていた腕を離すのだった。
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