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9 実家の話 3
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実家の話 3
ここから逃げたくて、がむしゃらに動いていた。それでも抜けることは叶わず、俺を捕まえてるそれが邪魔してるんだと気付いて何度も噛みついた。息もしづらい。首についてるやつのせいかもしれない。左手で引っ張るけどなかなか取れない。ーーなにも解放されない。
「ーー」
「ーー!!」
周りでなにか話してるけど、どうでも良かった。今はとにかくここから逃げないといけないんだ。俺にはすべきことがあるから、捕まってるわけにはいかない。
噛みつくだけだと逃げれない、それなら両手で引っ張りながら噛みつくのはどうだろう。爪をたてて引っ掻くことも忘れちゃダメだ。邪魔なこれをどうにかしないと。
なかなか動かないそれを必死に攻撃してたけど、そのときは呆気なく訪れた。急に緩くなったそれが、俺から離れていく。逃げるなら今だと駆け出したけど、壁にぶつかって失敗した。
なんで正面に壁があるんだよ、今度はその壁が俺を捕まえる。
ヤだよ、離せよ。俺はすることがあるのに、さっきからなんで捕まえるの。
ーーここはどこ?
「……、ごめんね。訑灸」
壁から声が聞こえる。知ってる声だ。それから大好きな匂いがする。暖かくて落ち着く匂い。
「もう大丈夫だから」
なにが大丈夫なんだろう。俺はなにもしてないのに。あの人に言われたことなにもできてないのに。ーーそもそもなんていわれたっけ?
(消えろ? 違う、もっと大きなこと)
捕まえる力が強くなる。それから、鼻を掠める匂いも強くなる。この匂いは誰のもの?
「ぅあ」
「訑灸!」
思い出してしまう。ーー思い出したくないのに。
あいつが俺のことをいじめたから、逃げ出しただけだったのに。
あの人が俺のこと否定するから、消えようって思ったのに。
それから、それから? ーーしゅうが取られる。
「ゃだ、とらないで。いい子にするから、とらないでよ」
いい子ってなんだろう。消えたらいい子になるのかな、でもそれだと結局取られちゃう。
わからない、取らないでほしいのに、いい子にしてもしなくても取られてしまう。
「訑灸、訑灸!」
名前を呼ばれていることにも気付けない。渦巻くのはぐちゃぐちゃになった思考で頭がとても痛くなる。ほらまた、世界が揺らぐ。
ーーどうして、意地悪ばかりなの?
◆ ◆ ◆ ◆
友人が保護していた彼を手放すと迷わず直進してきた。だから今度は僕が抱き締める。
もう大丈夫だと、一人にさせて悪かったと伝えてあげたくて彼の名前を呼ぶ。
「もう大丈夫だから」
この言葉に少しだけ反応を見せる。伝わるだろうか、それとも変に受け取らないだろうか。
肯定として捉えてほしくて、さらに強く抱き締める。少しでも安心してほしいんだ。
「ぅあ」
「訑灸!」
再会して初めて声が聞けたのに、苦しそうなそれに思わず名前を呼ぶ。彼は考えてることや思ってることを絶対に教えてくれない。今はなにが君を苦しめているの。
震える身体、なにかを否定するように頭を横に振り始める。
「ゃだ、とらないで。いい子にするから、とらないでよ」
「訑灸、訑灸!」
取らないでとはなにを? いい子にするって、どういう意味だ。
一番話がわかりそうな男へ視線を向けると、顔をしかめ眉間にシワが寄っている。彼にとって最も良くないことが起こったんだ。
怯えるような表情を苦痛に歪ませたかと思うと身体が一気に重くなる。意識を失ったようだ。
「なにがあったの」
「俺も全部聞いた訳じゃねぇから、知る限りの話だ」
一部始終を見ていた彼の口から告げられたのは不愉快すぎるもので、あの女地獄に堕ちてくれないかな。僕が誰よりも大切にしてる子によくそんなこと言えたよね。
「あの人の逆鱗にも触れてるんだ、タダじゃすまねぇのは確定してるだろ。それよりも」
「訑灸のことだね」
今は腕の中で眠っているけど、起きたときにどうなるかわからない。以前のように、忘れてしまうかもしれない。でも、今日ではっきりわかった。
「このままじゃいけない」
「どうするつもりだよ」
友人が怪訝そうに見てくるがやることはひとつしかない。彼と正面からぶつかる。忘れているなら思い出させてでも話すしかないのだ。これから先も彼が傷付くことがないように、少しでも不安がなくなるように話をする。
「そもそも僕は訑灸一筋だっていってるのに信用してもらえてないことが腹立つ」
ことあるごとにあれだけ伝えてるのに、彼にとって僕はまだどこかへいってしまう存在だと思われてることに腹が立ってしまう。
「醜い嫉妬だな。愛情不足じゃねーの?」
「一回りも違うのに、下手に手を出せるわけないでしょ」
「なんせ犯「それ以上は言わせないよ」悪かったって」
目の前の男が面白そうに笑うが、冗談じゃない。僕なりに大切にしてるんだ。変に手を出して嫌われたら立ち直れないのは僕の方なんだから。
「今日は訑灸連れて帰れよ。ここで起きてもろくなことにはならねぇ。それよりお前の家が安心するだろ?」
「そうだね。落ち着いたら連絡する」
「頼む。あいつらの処遇も一応連絡するけど、ニュース見た方が早いだろうな」
「まぁ、予想はついてるよ」
あの親子の未来は間違いなく暗いものだろう。
友人と軽く打合せして、彼を抱えて自宅へ戻る。こんなはずじゃなかったんだけどな、どうしてうまくいかないものなのか。
溢れる溜め息が、余計に心を重くするのだった。
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