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10 区切りをつける話(訑灸視点)
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区切りをつける話(訑灸視点)
浮上する意識、ふわふわする。暖かい匂いが心地よくて、やっぱりもう一眠りしようかと思ってしまう。
「にゃ」
「痛いよクロ」
顔に軽い衝撃が複数回。慣れたもんで仔猫による猫パンチだ。起こそうとしているのか、ただじゃれているだけなのか、後者なら本当になんとかしないと。
目を開けて辺りを見るとここはしゅうの部屋だった。ベッドの上では四匹の仔猫が各々好きな場所で寝ている。クロは顔の横だったけど。
「なんでしゅうの部屋?」
考えてみるけど思い出せない。前にもこんなことあった気がする。気付いたらこの部屋で寝ていたんだ。そのときもどうしてここに寝ることにしたのか思い出せなかったんだよな。
あのときは十日ぶりにしゅうとゆっくりできたから気にしてなかったけど、俺もしかしてなにか忘れてる? ーーでも、なにを?
「そもそもあの日はなにしてた?」
思い出そうと考えるけど頭が痛くなるばかりで、肝心なことはなに一つ思い出せない。むしろ、嫌な雰囲気さえしてくる。思い出すなと言う警告が頭痛なのかもしれない。それなら、余計に必要なことじゃないの。
「ぅう」
あまりの痛さに声が漏れるけど我慢する。多少の痛みは乗り越えてきただろ、俺。この程度の頭痛は我慢できる。
あの日の前後の記憶はちゃんとある。そこだけがぽっかりと抜けているんだ。絶対なにかあった。今回もそうなのかもしれない。着替えているけどスーツを身にまとい、あの家に行った気がする。二人がかりで捕まえられてしゅうと一緒に行ったんだ。
でもそれから先の記憶がない。
「なんで……」
嫌な感じはあるのに思い出せない。いったいなにを忘れたんだろう。
付きまとう不安に身震いしていると部屋のドアが開けられた。そこを向けば部屋の主が立っている。
「おはよう、訑灸。起きた?」
いつも通りの言葉と笑顔で近寄ってくる男に、不信感がわく。こいつは知ってるはずなのになにも教えてくれなかった。それはどういうつもりなんだろ。
「なぁしゅう」
「どうかしたの?」
ベッドの縁へ腰かけた男に口を開く。今聞かないと二度とタイミングは来ない気がしたから。
「俺はなにを忘れてるの? なんで二回もこの部屋で寝てるんだ?」
「訑灸?」
驚いたように見開かれた目がすべてを物語っていた。俺はなにか忘れてるし、こいつはそれを知っている。そして、一度なかったことにした。大人はいつだって都合の悪いことを教えてくれないんだ。
「俺がいい子じゃないから? 邪魔だから教えてくれなかったの?」
口から出てくるのはネガティブなことばかりで、過去の記憶に引っ張られていく。思い出したいのに思い出せなくて、嫌な記憶ばかりフラッシュバックする。頭が痛い、警告がうるさい。
「そんなわけないだろ」
黙っていた男の怒気を含んだ声が耳に届いて、身体がピクリと震える。俺はまた誰かの地雷を踏んだのかもしれない。
どうしていつもこうなるのかなぁ。俺はちゃんとしてきたつもりなのに、いつも空回りして相手を怒らせてしまうんだ。
「僕は何度もいってるはずだよ、君のことが大切だから一緒にいたいと。どうしてそれを君が否定するんだ」
そんなこと知らない。俺は否定してない。だって周りが、あの人たちがそういうんだ。それが正解なんだ。あの時もそういった! ーーあのとき?
知らない記憶が走馬灯のように頭に流れる。進が家に来て、屋根裏に行った。そこで怖くなった。それからあの家に行った。変わらずあの人は文句ばかりで逃げたしたら、いないはずのあの人がいて消えようと思ったのに失敗して。……しゅうが取られると思ったんだ。
「訑灸!?」
こんな記憶は知らない。こんなこと知らない、俺はちゃんとしてるのに邪魔してるのはいつも周りの人たちでずっと苦しめ続けるんだ。もういいのに、俺はもういいっていってるのに。
殴られ続けたような頭痛が続く。痛いのは、もうイヤだ。
どれくらい経ったのだろう。割と一瞬だったのかもしれない。ふわりと香る匂いのあと身体を締め付けられた。今度はなんなの、ほっといてほしいのに。
「訑灸。ねぇ気付いて、訑灸」
また名前を呼ばれる。この声はずっと俺を呼んでほっといてくれない。もういいのに、いいっていってるのに、どうしたら聞いてもらえるのかな。
「僕が悪かった、ごめんね。追い詰めるつもりはなかったんだ」
謝るなら離してよ、そう思うなら離してよ。矛盾してるから、俺を離してよ。
「今、君の過去を縛る人間はもういないんだよ、訑灸」
嘘つき。そんなことない、俺に関わる人はみんないじめてくる。俺が嫌なことばっかりするんだ。
「早く気付いてよ。自分で自分を追い込まないで」
俺が俺をいじめてるって言いたいの? 周りは正しくて俺が間違ってるの? やっぱり俺がダメなの? それなら離してよ、もういいんだ。疲れたから。
「消えたい、もう疲れた」
「訑灸」
同じことの繰り返しで疲れてしまった。俺自身がダメなら、いっそ消えてしまった方が早い。
聞こえる言葉があまりにもしんどくて、願望が口から出てしまった。
「そんなこと言わないで。僕は訑灸とずっと一緒にいたいんだ」
その声はずっと同じことを繰り返す。こんな俺と一緒にいてどうするの。ダメな俺はもういらないんだ。
俺を締め付ける力が強くなる。それは離れるどころかますます逃がしてくれそうにない。
「離して。俺はいらない、ダメだから」
「訑灸は必要で、だめなことなんかない。君がいなくなるなんて、僕が耐えられないよ」
「どうして? どうして、そんなこというの」
さっきからわからないことばかりだ。どれが正解?
締め付けていたものがなくなる。やっと解放されたと安堵したら、今度は顔になにか触れる。そのまま顔を上げられた。聞こえていた声と目が合う、寂しそうな顔をした大切な人。
「う、あ」
とっさに離れたくなって後ろに下がろうとしたけど、正面から抱き締められる。
ーーいやだ、俺はいらないって消えるって決めたからその手を離して!
だけどそれは伝わらなくて離れてくれないし、壊れたんじゃないかっていうくらい涙があふれでる。鼻を掠める匂いが抱き締めるぬくもりが俺を惑わせる。
「訑灸は十分頑張った。とてもいい子だよ」
聞きなれない言葉がよけいに俺の心を掻き乱していく。俺はいい子なの、悪い子じゃないの。正解がわからない。だから、こうするしかなかった。すがれるものがほしくて、一人はもうイヤだから。
「どうしたらいいの。なにが正解なの。わからない、わからないんだ」
「……うん」
耳に届いた返事がとても優しくて、ざわついていた気持ちが安心する。
「ねぇしゅう、助けてよ。ずっと苦しいんだ」
「言うのが遅いんだよ」
抱き締められる力が強くなって後ろから頭を撫でられる。俺が気付けなかっただけで、ずっと助けてくれてたのかもしれない。
彼の声も抱き締める腕の感触も香る匂いもすべてが暖かくて心地いい。でもさ、今は疲れたから、少しだけこの中で眠らせてくれるかなぁ。
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