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10 区切りをつける話(しゅう視点)
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区切りをつける話(しゅう視点)
部屋を覗きに行くと待ちの望んだ彼が目を覚ましていた。
彼が意識を失った日から三日過ぎ、あの政治家親子も膨大な不正の発覚に墜落していた。今頃は警察のお世話になっているだろう。手を回したのは当然あの家だ。
とてもわかりづらいけどあの家に住む人たちも彼のことをとても大切にしている。ただやり方が不器用過ぎて彼と意思の疎通ができず拗れるのが問題だけど。
「おはよう、訑灸。起きた?」
彼がどんな状態でも気にならないように普段通り声をかけ、彼が寝ているベッドの空いた場所へ腰掛ける。
「なぁしゅう」
「どうかしたの?」
彼の声が少し沈んでいる気して、これはよくないことの前触れなのではと気持ちがざわつく。
「俺はなにを忘れてるの? なんで二回もこの部屋で寝てるんだ?」
「訑灸?」
その言葉に思わず目を開いてしまった。これではなにかあったといっているようなもので、気付いた彼の顔に影ができる。
「俺がいい子じゃないから? 邪魔だから教えてくれなかったの?」
発せられる言葉は検討違いなものばかりで、次第に怒りが込み上げてくる。何度も伝えているはずなのに、彼はどうしてまっすぐ受け止めてくれないのだろう。どこまで今じゃなく、過去にすがりたいのか。
「そんなわけないだろ」
口から出た声は想像以上に怒気を含んでいて彼の身体がピクリと震えるが、それでも止まらなかった。
「僕は何度もいってるはずだよ、君のことが大切だから一緒にいたいと。どうしてそれを君が否定するんだ」
どうしたら彼はわかってくれるんだろう。言いたいことをそのまま口に出してしまった。
ーー自分の異変に気付いた彼が、不安定になっていたことを忘れてはいけなかったのに。
彼が俯き、左手で自分の髪を握りしめた。その顔や腕からは汗が流れていく。
「訑灸!?」
やってしまった、いってはならない領域へ土足で踏み込んだ。声も上げず、絶えず汗を流しながら強ばった顔で布団を眺めている。いくら名前を呼んでも反応はなく、仔猫たちも集まってくるが気付きもしない。
「くそっ……」
口から出るのは自分に対する苛立ちで、欲を抑えきれなかった自分に腹が立つ。彼ときちんと話をするつもりだったのに追い込んでしまった。これでは話どころではない。
反応のない彼を抱き締める。これでなにか変わるとは思えないけど、これ以外にできることは声をかけることだけなんだ。
僕は何度、この姿を見続ければいいんだろうか。
届くかどうかわからないけど、彼へ優しく声をかける。本当に話したかったこと。
「訑灸。ねぇ気付いて、訑灸」
反応はない。それでも言葉を続けていく。
「僕が悪かった、ごめんね。追い詰めるつもりはなかったんだ」
これだけは最初に伝えたくて、彼を必要以上に苦しめてしまった。
「今、君の過去を縛る人間はもういないんだよ、訑灸」
それから、ありのままの事実を伝えていく。あの女は例外中の例外で、本来なら彼を傷付ける存在はもういないんだ。
「早く気付いてよ。自分で自分を追い込まないで」
囚われているのは自分の記憶で、深く傷付いた心がさらに苦しめてるんだ。彼は助けてもらう術を知らないから。助けを呼ぶことを知らないから。
「消えたい、もう疲れた」
「訑灸」
聞こえた声は小さくて、それでも彼のすべてがこもっていた。生きることに絶望して疲れてしまった、そんな声。
「そんなこと言わないで。僕は訑灸とずっと一緒にいたいんだ」
それがとても悔しくて、寂しくて。今度は言い聞かせるように否定してさらに抱き締める。逃がすつもりはない。
「離して。俺はいらない、ダメだから」
彼はよく自分をそう表現する。なにがそうさせているのかわからないけど、それは彼が決めることじゃない。
「訑灸は必要で、だめなことなんかない。君がいなくなるなんて、僕が耐えられないよ」
僕にとって彼は必要な存在なんだ。ちょっと寝過ぎなところもあるけど、それすらもかわいくてほっとけなくて、いなくなるなんて耐えられない。
「どうして? どうして、そんなこというの」
彼の声がますます混乱している。きっと、僕と話していることもわかってない。
彼を抱き締めていた腕を離して、両手で頬に触れる。それから俯いていた顔を僕の方へ向けると目が合う、ひどく疲れきった顔。
「う、あ」
反射的に逃げようとした彼を今度は正面から抱き締める。
中で逃げようと動いているけどその力は弱くて、彼の瞳からは今まで我慢してたものが止めどなくあふれている。
ずっと伝えてきたけど気付いてもらえなかった言葉。今なら届きそうな気がする。
「訑灸は十分頑張った。とてもいい子だよ」
彼の手が僕の胸元の服を掴んだ。
「どうしたらいいの。なにが正解なの。わからない、わからないんだ」
「……うん」
彼がゆっくり言葉を話す。最後まで話してほしいから、そっと返事をする。
「ねぇしゅう、助けてよ。ずっと苦しいんだ」
「言うのが遅いんだよ」
それは彼の口からずっと聞きたかった言葉で、応えるように強く抱き締め後ろから頭を優しく撫でる。
いくら僕たちが助けたくても彼が求めてくれないから、一向に届くことはなかった。
出会って十年、はじめて彼が口にしたその言葉はきっといい方向に進むだろう。
抱き締めた腕の中から微かな寝息が聞こえる。今はゆっくりおやすみ。
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