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雨夜に花開く
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電柱の影から、いつも見上げる窓がある。
だけど、今日は電気が点いていない。この時間帯には帰ってくるはずなのに。バイト長引いたんか、それとも誰かと出掛けているのか……心配だ。
慣れた手つきでGPSアプリを立ち上げ、ポケットから煙草を取り出して火を点ける。一口吸うと、冷えた空気ごと体内に入ってきた。
「うわ、寒っ」
十月も半ば過ぎれば、さすがに冷えるな。いつものTシャツにパーカーを羽織るスタイルだと凍え死にそうだ。苦し紛れに裾を引っ張り、手の甲まで覆うと画面が切り替わる。地図上に所在を示す赤い点は、とある居酒屋を指していた。あぁ、良かった。煙と一緒に、安堵の息を吐く。
「まだバイト頑張ってるんだな、お疲れさん」
あと勝手に疑ったりしてごめんな。慈しむように、画面に表示された名前を撫でる。俺が一方的に好意を寄せている、愛しい彼の名前を。
あと三十分もすれば戻って来るだろうし、家に入るまで見届けたら帰ろう。風が寒すぎて手が冷たくなってきた。それに今日の夜空には、どんよりとした雨雲が鎮座している。
今にも降りそうだ、なんて呑気に空を見上げていたら、本当に雨が降ってきた。ぽつぽつと、雫がアスファルトに染みていく。俺は慌てて持っていた傘を開くと、あっという間にザーザー降りだした。
ギリギリセーフ。天気予報を確認しといて良かった。少し湿気ってしまった煙草を咥えながら、ライターで火を点けようとした所で、ふと彼を思い出す。
傘、持って行かなかったよな。
雨が降り頻る中、途中でコンビニに寄り、ビニール傘を一つ購入する。俺が持っている傘で一緒に帰ろう、なんて言えないしそんな仲でも無い。重々分かっているけれど、悲しい現実だ。こんなに好きで堪らなくて、どうしようもないのに。
彼に対する気持ちと、悪天候の中を走ってきた身体的疲労で心臓がドクドクと脈打つ。
「はぁ、はぁ、しんどい……」
目的地まであと少し、ネオンが光る街に足を踏み入れる。外を歩く人はほとんどいないけど、一応気を使って走るのを止めた。様々な店が軒を連ねる通りから裏路地へ入り、従業員入口の方を見る。
すると扉が開き、彼が現れた。タイミング良すぎ、これが運命ってやつなのか。
彼は空を見上げ、どうやって帰るか思い悩んでいるような表情をしている。はぁ、とため息を吐いて視線を下ろす。そして俺の存在に気付いて、一言。
「……え、なんでここに居んの?」
なんでって君のストーカーだから、としか言いようがない。普通なら驚くとか気色悪いとか、色々と思う場面なんだけれど、彼はいつも通りのテンションで問いかけてきた。俺は買ったばかりの傘を差し出す。
「はい、これあげる」
彼のキリッとした目尻が下がり、素直に受け取ってくれた。
「ありがとう、助かった」
「降水確率八十パーセント」
「まじか、やばすぎ」
「出掛ける前に天気予報は確認した方がいいよ」
「はいはい、わかりました~」
そう言って笑う彼は、可愛い。すごく可愛い。俺もつられて口角が上がってしまう。
他愛もない会話、というか彼がバイト中にあったクソ客についての愚痴を聞きながら、並んで傘を差す。細い路地から大通りまで出ると彼が「あっ」と声を上げて立ち止まる。
「傘の代金、いくらだった?」
「いいよ、気にしなくて」
「いや、払うって」
「大丈夫だって、本当に」
この雨の中ずぶ濡れになりながら帰ったら、風邪引くかもしれない。そう思っての行動だし、別に彼に感謝されたくてした訳では無い。まぁ、正直言えば邪な思いはあるけれど。こうして存在を許してもらっているだけで、俺は幸せだよ。
その後も数百円の出費について、押し問答は続く。やんわりと断りながらも、実は頑固な一面がある、という新たな発見を脳内でメモしていた。
「まじでお金とかいらな、くしゅっ」
寒空の下で突っ立ったまま、話し続けていたらくしゃみが出てしまった。咄嗟に口元を押さえたし唾は掛からなかった、と思いたい。
ちらりと彼の方を見ると、怪訝な表情をしている。やばい、駄目だったかもしれない。居た堪れない気持ちで顔を反らすと
「大丈夫? 家まで帰れるか?」
心配そうな声色に振り返る。あと数センチで触れてしまうほど距離が近い。というか近すぎる。こんな間近で彼を感じたのは初めてだし、なんかいい匂いするし、とりあえず近い。なんで?
よく見たら傘の柄を右肩に掛けながら、俺が差している傘の中に入っている状態だった。突然の出来事に体は硬直し、言葉が詰まる。
「だ、大丈夫だから……あの、本当に……」
「顔赤くなってるし、風邪引いたんじゃね?」
「あ、それは別の要因が……」
「ふ~ん、そっか」
何故か満足気に笑い、彼が離れていく。危なかった、これ以上近くにいたら爆発四散する所だった。
ほっと胸を撫で下ろすと、彼が先に歩き出す。ここで解散すると見せかけて、あとで様子を見に行こう。今日は色々と、収穫があった日だった。
彼とは真逆の方向に歩き出そうとしたら、背後からさらなる爆弾が投下される。
「俺ん家近いし、寄っていく?」
「っ!? 結構です!」
また心臓が跳ね上がり、突き動かさる衝動のままに走り去っていく。ここが街中でなければ、叫びながら全力疾走していただろう。
嬉しい、めちゃくちゃ嬉しいけど俺達って友達でも、ましてや恋人でもない。こっちはお前の事が好きで好きで、その好きを拗らせて、ストーカーしてるんだよ!
一人取り残された彼と呼ばれる男が、ぽつりと呟く。
「あ、今日も名前聞くの忘れた」
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