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あふれる感情
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誰かの代わりだとわかっているのに本当に愛されていると錯覚してしまいそうなほどに熱を孕んだ愛の言葉は、耳にこびりついて離れなくなった。
休憩中の騒がしい教室内。周りの声も気にならないくらいに鮮明に残る春斗の声に、耳をぎゅっと抑えて机に突っ伏す。
そうして暫く、肩を叩かれたから顔を上げれば教科書を抱えた香織が立っていた。
「次、移動だよ」
「あ、そっか。忘れてた」
次の授業を思い出しながら香織と同じ教科書を鞄から取り出し、立ち上がって教室を出る。
最近ハマっている漫画やドラマ、駅前に新しく出来たスイーツ屋、新作の映画、友達の馬鹿話、いろんなことを香織と話しながら廊下を歩く。
そうしながらちらりと隣を見やれば、楽しそうな横顔があった。
香織のことは相変わらず可愛いく思うし、彼女にしたいという気持ちにも偽りはなかったはずだ。
だけど、もし、香織が俺に興味も持ってくれずこうして話もしてくれない仲だったとしても同じことが言えるのかと考えると、途端に言葉が詰まってしまう。
もしかしたら俺は、彼女にしたい、より、彼女にできるかも、という邪な感情を香織に抱いていたのかもしれない。
そんなことを考えていると俺の視線に気づいた香織がこっちを向いて目が合った。
「ん、どした?」
「いや、なんでも」
ない、と続けて香織から目をそらして前を向く。
すると、向こうから歩いてくる春斗の姿を捉えて、足が止まった。
あれは友達だろうか。春斗は隣を歩く男と親しげに話をしながら歩いていた。
春斗が好きだという男の顔も名前も知らない。隣の男がそうだとは限らない。だけど無性に腹立たしい感情が湧き上がる。
同時に虚しさも感じて、やりきれない想いが教科書を歪ませた。
瞬間、春斗と目が合って、息が止まった。
「秋久?」
心配そうな声に呼ばれて我に返ると、自分が酷く醜い顔をしているような気がして春斗に背を向けた。
「っ、ごめん、忘れ物した。先行ってて」
香織にそう告げて、逃げるように来た道を走って戻った。
人のない教室で閉めた扉を背に息を整える。
気付かなかっただけでそれはきっとあの日、あの時、愛してると言われた瞬間に芽生えていた。
気の迷いだと、体を重ねて疑似的に恋人の真似事をしているからだと、大きくなるものを押さえつけるように言い訳をして、なかったことにしようとしていたこの感情を無視することはできなくなった。
でもこれは弟に向けていい感情じゃない。
「……好き。好きだ……っ、愛して、る」
独り言はむなしく授業開始のチャイムにかき消された。
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