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「結構食べたね。もう入らないよ」
「俺も。千鶴さん細いのに結構食うんだもん、俺まで頑張っちゃった」
「お互い様だからね?それ」
グラスが空いて、少し千鶴さんの頬が赤みを増した頃。今思い出したかのようにポケットへ手を突っ込んだ。豊からのメッセージを受信したのは50分も前だった。
「ねえ、千鶴さん。さっき送ったの、返事来てました」
「本当?豊はなんて?」
作り話だと疑われないよう、証拠を見せて信じ込ませる。酔っ払っているようでいて、脳の大事な所はしっかりと機能してくれていた。
通知の入った画面を千鶴さんに向ける。
「なんかー、急用で向かえないってさ」
「そうだったのか…おかしいな。今までそんな事無かったのに」
そうだよな。豊のやつ、だいぶ彼氏には入れ込んでいた印象だ。尽くしているのは間違いない。
だから今更信じられるか不安、なんて何の冗談かと思ったんだよ。
でもまあ、結果的に良い機会を作ってくれて有り難い。
「どうします?これから」
2時間以上居座った店を出ると、火照った身体に吹き付ける冷たい風が気持ち良い。
返信どころか開く事すら面倒で、スマホはとっくにバッグの底に押し込めた。もう使う必要もない。邪魔なだけだ。
「そうだね…いい時間だし今日は──」
言いかけたところで、ジャケットを引っ掛けた左腕に縋った。無意識だった。
薄いシャツ越しに感じた千鶴さんの体温もまた、俺と同じくらい熱を持っている。
左手首につけられた高そうな時計を手のひらで隠し、俺より高い位置にある千鶴さんの瞳を見上げた。
まだ、もっと、俺は千鶴さんと一緒に…。
「もう終わり?もう少し俺と…2人でもう一軒くらい、どう…?」
俺は豊に言われた通り動いているだけだ。これがアイツの望みってだけだ。
言い聞かせてはいるものの、もはやそれだけではどうにもならない気持ちが自分を動かしている事には気付いていた。
自覚せずにはいられなかった。
それだけ千鶴さんが、βの癖に同性愛者の俺には凄く、魅力的で。
「…まいったな。これ以上は豊に言えなくなっちゃうよ」
「言わないから…俺も。ここを出て、真っ直ぐ帰ったってちゃんと言うから、だから…っ」
特別が許される今夜くらいは、今だけは、俺を千鶴さんのΩにしてほしい。
豊の友人ではなく“隼人”を、千鶴さんの隣に置いてほしい。
「……わかったよ。近くに知り合いがやってるバーがあるんだ。遅くまで開けてくれるから、そこへ行こう」
「うん、ありがとう…千鶴さん」
一歩前を歩く千鶴さんは、時折俺が着いてきているか振り返って確認してくれる。紳士的で、大人びていて、格好良い。
年齢は俺と一つしか変わらないそうだが、同年代とは思えない身のこなしは流石社長だと感心せずにはいられなかった。
賑やかな広い通りを抜けると、辺りは静かな闇に染まる。
指先で微かに千鶴さんの手を引っ掻けば、気付いた彼は少し照れながら俺より大きな手のひらを差し出した。
何かにもたれてやっと歩けたような幼い頃を除いたら、生まれて初めて男の温もりに包み込まれたその感覚は何とも不思議で。
細くも小さくもないこの手と馴染んでいく体温に、涙が出そうになった。
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