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駅周辺は何度も利用した事があるが、雑居ビルが立ち並ぶその道は昼間でも薄暗く、今までで一度も通った事は無かった。
千鶴さんは迷う事なくどんどん先に進み、看板も何もないただの白く聳え立つ古い建物の前で立ち止まった。
「ここの3階なんだ。外はこんなだけど店内は結構広くて綺麗だよ」
「へえ…俺バーとか入った事なくて」
「大丈夫。1人で来たことしかないけど、初めてでも居心地はいいと思う」
千鶴さんと一緒なら、知らない世界がたくさん見られる気がした。
千鶴さんの言葉から察するに、ここには豊も連れて来た事がないようだ。仕事の飲み会でも豊はあんまり飲まないから、こういった店に連れて行くわけにもいかないのだろう。
それだけで豊をどれだけ大切にしているのかわかる。
胸の痛みは、全て豊を恨めしいと思う自分の汚い心を表しているようだった。
見るからに重そうな扉を押し開け、目の前に構える所々錆びついたエレベーターに乗り込む。2人でも相当密着しないと乗れない狭さの箱は、鈍い音を立てながらゆっくりと上昇していった。
酒の臭いと、俺の香水。それから微かに感じる千鶴さんの匂い。
こんなオンボロエレベーター、何かの間違いで止まってしまえと思えるほどに、俺の思考は蕩けていた。
「着いたよ、ここだ」
音声案内など勿論あるわけもなく、静かに開いたエレベーターのすぐ横には、申し訳程度に店名のステッカーが貼られている扉があった。
隠れ家的な、というよりは知り合いしか入店を許さない、そんな雰囲気だ。千鶴さんの後ろに着いて、彼の開けた扉の先へ足を踏み入れる。
「あれ、千鶴?人連れて来るとか珍しいな」
「客が来たらいらっしゃいませ、じゃないのか」
「えー?まあいいじゃん、適当に座れよ」
「はいはい」
オレンジのライトに照らされたカウンターとソファがいくつか。奥には雀卓まで置いてある。
確かに思ったより清潔感があって、店内も広い。見たところ他に客はおらず、俺と千鶴さん、それから陽気そうなバーテンの3人だけのようだ。
「彼、学生の頃の同級生なんだ。悪い人じゃないから怖がらなくていいよ」
「え?!いやそんな、怖いとか思ってないよ」
ライトで赤味が増して見える茶髪は緩くウェーブがかかり、黒にグレーのストライプ柄のネクタイを締めている。友人達の溜まり場となり、昨晩は明け方まで営業していたらしく、彼はボヤきながら洗い物の続きを始めた。
そんなバーテンの頭上に所狭しと並べられた酒の種類に言葉を失っていると、隣に掛けた千鶴さんがおかしそうに笑っている事に気がついた。
「なんだよ…」
「いや別に。表情がコロコロ変わるから、可愛らしいなと思って」
「なっ…」
可愛らしいなんて、初めて言われた。
男なのに、βなのに、今もアンタを騙している最低な俺なのに。
千鶴さんの大切な恋人をも裏切ろうとしている、そんな俺を可愛いと思ってくれるのか。
「何か飲みたいものはある?」
「えっと…あんまり詳しくなくて」
「そっか。じゃあ甘いのは平気?」
無知な俺を馬鹿にしない。それは多分、Ωが特別だから。俺が豊の友人だから。
もしここで俺が全部ぶちまけたら、千鶴さんはどうする?俺がβだと知っても、まだ一緒に居てくれる?
…そんなわけ、ない。
言えるわけがない。
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