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西園恭平
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同僚の降野が看守室に戻ってきたのは、消灯時間をとっくに過ぎた真夜中だった。扉の軋む音がしたかと思うと、その僅かな隙間から制服を着崩した降野が見える。
思わず駆け寄ると、彼は倒れるように俺へ寄りかかってきた。汗ばんだ肌が、蛍光灯の光を反射して艶めく。首元には情事の痕が残っていて、胸の奥がジリ、と燻る。
「またあいつに……ツグにやられたのか」
返事はない。今にも気を失って床に転がりそうな降野の腰を抱くと、ビクリと体が強張った。
「悪い。でも、体拭いてから横にならないと」
「……ごめん、西園」
スラリとした体から力が抜けていく。艶のある黒髪に、陶器のように白い肌。無防備な姿を見せてくれる華奢な男から、目が離せなくなる。
笑えばきっと可愛いだろうに、降野はほとんど感情を見せない。そのため大人しそうに見えるが意外と気は強く、俺はそのギャップが魅力だと思っている。
「シャワー浴びてきたのか」
「……」
「どうせまた酷いことされたんだろ。あんな野郎、もう見限れよ」
「……心配してくれて、ありがとな」
この刑務所では、受刑者同士でも争いが起こった。縄張りや地位を巡っているのか、些細な喧嘩は日常茶飯事だった。
だが、ある男が入所したことで刑務所内の空気は一変した。それが彼――受刑者番号199番だった。他の受刑者には「ツグ」と呼ばれていて、すぐさまこの刑務所で一際目立つ存在になった。
雰囲気だけで一線を画してしまったツグは、本人の希望もあり独房へ入った。「作業」にも顔を出さず、受刑者や看守に興味を持つこともなく、いつも退屈そうにしていた。
だが、一度だけ暴行沙汰を起こしたことがあった。所内の手当てでは間に合わず、重傷者が次々と病院へ搬送された。形だけだった懲罰房が、ツグのために初めて使われた。
争いの原因は今となっては知る由もない。ただ、常軌を逸した暴力だったという噂と、ツグ自身は無傷だったという得体のしれない不気味さだけが残り、彼の立場を決定的なものにした。
どこか冷たい態度と、計り知れない暴力性。それらもさることながら、思わず目で追ってしまうほど男らしく端正な容姿が、彼のカリスマ性を認めざるを得ない状況にしていたのかもしれない。
だが、そんな狂気にまみれた受刑者に惹かれた男がいた。降野だ。
それを知ったのは偶然だった。ある夜、ツグと降野が一緒に独房へ向かう姿を見たのだ。
息をひそめ、二人が中へ入っていくのを観察した。扉が閉まってからしばらく待ち、そろそろと近づく。
独房の扉に耳を近づけると、二人の会話が聞こえてきた。
『ほら、もう一回言えよ。俺が何だって?』
『あ……あんたが、好きなんだ。もう……揶揄わないでくれ』
耳を疑った。今のは、降野が言ったのか。あの凛とした、冷静さと美しさを兼ね備えた男が、こんな野蛮な男のことを好きだと言ったのか。
扉の隙間から、ツグの嘲笑が漏れてくる。
『てめえ、ちゃんと人間だったんだな。どっかの精巧なAIかと思ってたぜ』
『……』
『ふん、まあいい。早く脱げ』
品のない言い方にカッとなる。だが、一拍置いてから衣擦れの音がし始めた。扉一枚隔てた先で、降野が服を脱いでいるのだ。抵抗する素振りすら見せない彼に驚きながらも、俺はその場から動けなくなった。
『舐めろ』
それから、降野の声は聞こえなくなった。覗き窓はあったが、そこから彼らを盗み見るほどの勇気はなかった。俺にできることは、この中で何が起きているのかじっと盗み聞くことだけだった。
やがて、誰かが扉へ近づいてきた。慌ててその場を離れ、物陰から様子を探る。
予想通り、出てきたのは降野だった。頬は微かに上気し、足取りはフラフラとしている。俺は降野を偶然見つけたフリをして近づき、作り笑顔を貼り付けて声をかけた。
顔色が悪いが大丈夫か。そんな差し障りのない気配りから、徐々に核心へと迫っていく。
もしかして、誰かに乱暴されたんじゃないか。その相手は、そんな酷いことをするのは、ツグじゃないのか――と。
すべて盗み聞いていたのだから、知っていて当たり前だ。だが、次々と状況を言い当てる俺を降野は疑わなかった。ただ単に俺が心配しているのだと思い込み、小さな声で礼を言った。
降野の好意については問い詰めなかった。それが功を奏したのだろう。それから降野は、ツグに抱かれて体がしんどくなってしまった夜には、俺を頼ってくれるようになった。
だが、それももう黙っていられなくなった。俺にだけ見せてくれる弱った姿に、思わずツグのことが好きなんだろうと言ってしまった。
降野は一瞬驚いた顔をしたが、やがて苦笑した。拒みもせずに何度も抱かれていれば、自分の想いを見透かされるのも時間の問題だとでも思っていたのだろう。
『やめておけよ。受刑者と看守なんて、ましてや相手がツグなんて……絶対無理だ』
『分かってる。ツグも同じことを言ってたよ』
『降野』
『ごめん。いつも支えてくれて、ありがとう』
柔らかくも曲がらない、降野の気持ちの強さを知った瞬間だった。それは、俺が失恋した瞬間でもあった。
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