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2.そうだ、
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兎洞と出会ったのは大学に入学したての頃だった。いわゆる陰キャラだった高校時代を経て外見のイメチェンに成功したはいいが、会話に免疫がなさすぎて誰に何を話しかけられても「まあ……」しか言えなかった。
皆が気味悪がる中、兎洞だけが気にせず「まあ……」しか言えない待鳥に話しかけてきたのだった。
会話に免疫がないのに会話に飢えており、友達がほしいのに話しかけてくる他人には警戒を抱いてしまう。自覚するほど面倒臭い待鳥だったが、兎洞のざっくばらんな性格に救われた。
ようやく「まあ……」以外の返答ができるようになった頃、偶然、トイレで兎洞と別の友人の会話を耳にはさんだ。
「なあ兎洞、あの待鳥って奴と仲いいの?」
とっさに耳を塞いでしまった。
答えを聞きたいけど、自分に都合のいい答えしか聞きたくない。お情けで友人と名乗っているくらいならまだいい。兎洞が待鳥を陰で嘲笑などしようものなら、今後の大学生活……いや、人生に消えない黒いシミを作ってしまう。
たっぷり五分は耳を塞いでいた。
そんなことがあってからも、兎洞は表面的には何も変わらず、優しい友人のままだ。
結局、あの時の答えはわからずじまいで、本人に直接聞いて確かめる勇気はない。どうしよう。
そうだ、ストーカーしよう。
それが、待鳥のルーチンの始まりだった。
自分が傷つくことなく兎洞の真意を確かめるにはそれしかない。
その時は、天才的なひらめきに思えた。が……今は馬鹿なことを始めたと反省している。
(結局この一年間、兎洞くんがいい人だってことしかわからなかった。僕以外にも、分け隔てなく優しいんだ、彼は)
それだけに、自分の行いの気持ち悪さが際立つ。
一応、自分に課しているルールはある。
彼の前に現れない。彼を絶対に傷つけない。
(こっそり公共料金の支払いをしたり、バイト先に現れる迷惑な客を撃退するために手相占いのフリをして引き留めたりはセーフのはず……セーフ、だよな? うん)
あとは、金欠や栄養バランスの偏りを察知したら、学食で待ち伏せし、さりげなく体にいいものと物物交換。当然アレルギーの有無は把握済み。
また、彼の体調不良の時は、実家から届く仕送りの段ボールをすり替え、漢方薬やスポドリ、おかゆ、口当たりのいい食べ物をまぎれこませている。
それもいいことのはずだ。多分。
無害有益なら何をしてもいいことにはならないだろうが、ストーカーの分際は、今までもこれからも弁えるつもり。
(まあ普通に犯罪行為だけどね……)
本当のことを知りたいけれど、なるべく傷つきたくない。臆病なストーカーが、兎洞の守護者を気取っているだけ。
その罪悪感が待鳥をぎりぎり人間以下にならないように留めているのだ。
「あっ、兎洞くん起きたみたい……あと十三分したら河川敷ですれ違おうっと」
今日も兎洞まみれの一日が始まる。
彼を見張って、彼がいい人だと確かめる。それが待鳥の幸せだった。
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