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5.趣味
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「お待たせー、ごめん今日かなりお客さん多くてさ」
知ってます、兎洞くんが一生懸命働いてるところをずっと見てました。
兎洞の家族の次に兎洞を応援している自負があるが、いかんせん応援の仕方が邪悪すぎて言い出せない。
会話の経験値が足りなさすぎて、こういう時どんな返しをすればいいか、いまだによくわからない。
会話は弾まないけれど、兎洞の隣を歩けるのが嬉しかった。
「待鳥くんは休みの日、何してんの?」
きた! ストーカーがされて困る質問の定番!
歩く人が少なくなった暗い帰り道、電灯の感覚が広くて心細くなったのか、兎洞はそんなことを聞いてきた。
講義は同じだが、安定したストーキングのためにつかず離れずの距離を保っていたせいで、趣味の話をするほど仲良くもないのだ。無用な会話が発生してしまった。
もちろんあなたのストーキングです、などと答えるわけもなく、数ある選択肢の中から一般向けの趣味を提示する。
「動画編集とかかな」
「え! 動画配信してたりする? すごい」
「そんなにすごくないよ! チャンネル登録者数五千人くらいだし」
「結構いるじゃん! どんな動画あげてんの?」
「近所の猫のケンカをサンプリングして曲にしただけの動画なんだけど……こういうの」
「うわあすご……面白いし、曲としてもかっこいいし。待鳥くんってすごい人?」
「全然、そんなことないよっ」
思いのほか、会話が弾む。入学当初に比べたら大きな進歩だ。
元々は話題作りのためだったが、メジャーっぽい趣味をやっていてよかったと心底思った。道中はお互いの趣味の話で盛り上がり、自分がストーカーであることも忘れて楽しい時間を過ごした。
そろそろ学生アパートが見えてきた頃、兎洞がぴたりと足を止めた。待鳥もすぐに立ち止まる。
はっとして地面を見ると、吸い殻が一本だけ落ちている。
(今朝、掃除したのに。またストーカーが来たんだ)
ほわほわした気持ちになって危うく使命を忘れるところだった。緊張が一気に漲る。
「兎洞くん、大丈夫?」
「う、うん……いや、ごめんね、こんなことでビビっちゃってさ、情けないよな」
「そんなことないよ! こんなことが一週間も続いたら怖くなるの、当たり前だよ」
「え……」
兎洞がふと不思議そうな顔をする。
「一週間? 俺、一週間なんて言ったっけ」
兎洞を気遣うあまり余計なことまで言ってしまった。わたわたと手を振ってなんとかごまかそうと言葉をひねり出す。
「いや、えっと、あーっ! 見て」
苦し紛れにアパートの方を指差す。
「ここでタバコを吸ってたとしたら、兎洞くんが住んでるアパートのベランダが見えるんだ」
「え!? 本当だ……俺の部屋、二階の真ん中だよ。ここから見える……」
(な、なんとかごまかせた)
怖気をふるったのか、兎洞は肩をぎゅっと抱いている。初めは無理して笑っていた顔が曇り、今にも泣きそうになっていた。
「俺、誰かに恨みを買うようなこと、したのかな? 自覚ないけど、俺ってここまでされるほどやらかしちゃったのかな……」
いやそれはない。兎洞は恋愛感情を抱かれこそすれ、恨みからのストーキングとは考えにくい。もし兎洞が恨みを連想するのなら、そう思わせてしまうストーカーが悪い。ストーキングの未熟さに、見当違いな怒りが湧く。
「兎洞くん……兎洞くんは悪くないよっ! だって、今日もバイト頑張ってたじゃないか」
「えっ」
「ほら、泣き始めちゃった赤ちゃんのお母さんに文句言ってたおじさんを逆にあやしてて、おじさんが癒されて泣いてたでしょ。僕あれ見て感動しちゃって」
「待って、見てたの? いつから? てかどこから?」
はっ、と気づいた時には遅かった。
うっかり口を滑らせてしまった。兎洞のバイト中、ずっと隣のビルから監視してたことがばれてしまう。その先はドン引きされて「お前がストーカーだったんだろ?」と追求されて、仲良くなるどころか社会的に終了してしまう。
一気に血の気が引いた。夜だから顔色なんてわからないだろうが、表情をとりつくろうことも浮かばないほど慌ててしまう。
「もしかして、俺のこと心配してくれた……?」
だが、兎洞のはじき出した答えはまたも頓珍漢なものだった。
「えっ、いや、あの……はい」
「いくらなんでも心配しすぎでしょ、はあ……」
「す、すみません」
白い街頭に照らされた兎洞の耳は、心なしか赤くなったように見えた。
「待鳥くんって、なんでそんなかっこいいのにモテないのかね……」
「え!? な、なんででしょうねオフフッ」
待鳥を見上げる視線には、どこか熱がこもっている。よもや待鳥が別口で兎洞のストーカーをしているなんて思いもよらないという様子だ。
ここまで人の悪意を疑うことを知らないと、それはそれで心配になる。だが、それが兎洞の尊いところなのだ。
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