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6. 腕の見せどころ
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「今日は本当にありがとうな、待鳥くん」
「いえいえ! それじゃ、また明日」
念のため、兎洞の部屋の玄関前まで彼を送ることにした。不穏なことはあったがひとまず無事に帰れたことにほっとする。
しかし、ここからがストーカーの腕の見せ所だ。奴とはいずれ会い見えることになるはず。それまでに入念な対策をしなければならない。
踵を返して自宅に帰ろうとすると、小さな声に引き留められたような気がした。振り向くと、心細そうな兎洞と目があった。
「ごめん、なんでもない。おやすみ」
「待って! あの、兎洞くんがよければ明日も一緒に帰ろうよ」
閉じかけた扉に向かって呼びかけると、そろそろとドアが開く。
「……いいの?」
「いいよ! もちろん!」
「ごめん、俺、本当にビビりすぎだね……」
「こんなことが起きれば誰だってそうなるよ」
「ありがとう。待鳥くんと話してちょっと落ち着いた。……もしよかったら、泊まっていく?」
「いや、それは結構です」
「なんでだよ! 泊まる流れだろ!」
「いやいやいや、無理無理無理」
無理無理無理、と言いながら待鳥は足早に帰路に着いた。
生の兎洞と一緒に過ごすなんて刺激が強すぎる。あまりに生々しすぎて、自分が何をやらかすかわかったものじゃない。
だって生兎洞ということは、匂いや温かさやノイズのない音声がダイレクトに伝わってくるのだ。
レンズ越し、盗聴機越しくらいの情報量で満足していた待鳥には供給過多もいいところ。泊まっていく? なんてストーカーには贅沢すぎる。
(よし、落ち着け、さっきの兎洞くんを淡々と思い浮かべれば何の意図もないことが理解できて冷静に沈着できるはずだ)
少し心細そうな兎洞と、さっきの台詞を、意味がすり切れるまで頭の中で思い浮かべると、頭が勝手にその先を想像する。
狭い家だから自然と距離が近くなって、バイト先のコーヒーの残り香がふわっと漂って、温かな重みを右肩に感じて、それを抱きしめる……。
ただの想像なのに、興奮で全身の血管が怒張して、鼻血が出そうだ。
兎洞の妄想なんて今までしたことがなかった。ありのままの兎洞の姿を確認するだけで安心していたのに、ルーチンから外れたせいなのか、行動予測があらぬ方向へ膨らんでいく。
制御できない妄想によって体がおかしくなる。下半身がずんっと重くなり、ジーンズの前がきつくなった。
(……なんで勃起してるんだよ。そうじゃないだろ、そうじゃ……)
今までは、兎洞の健康のためとか、安全のためとか、さまざまな建前を考えて、兎洞第一でストーキングをしてきた。待鳥自身が兎洞を神のように崇め、それを汚さないよう努力してきたから、ぎりぎりのところで欲求と折り合いをつけられていたのだ。
でも、それももう終わり。
これまで踏み留まっていた最後の一線を超えてしまった。兎洞に欲情するなんて、これでは、自分もあの欲望まみれのストーカーと同じに成り下がる。
(ごめん、兎洞くん。守るって約束したのに……もう僕のストーカー力はゼロだっ。元々最低なストーカーが誇りを失えば、社会から消されても仕方ない存在になるんだっ)
今日は彼の寝息を聴いてはいけない気がした。そんなものは元からないが、盗聴する資格が完全に失われたと感じる。
持て余した欲望と悲しみを抱えて、待鳥はベッドの中で悶々とした夜を過ごした。
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