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優しい君
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――
一階のリビングから大きな音が聞こえる。
ガシャン、というガラスの割れるような音だ。
その後に聞こえるのは、男と女の言い争うような声。
女は言う「全部私の責任だっていうの⁉︎」
男は言う「子供の教育は全て君に任せている筈だ」
何時もの事ながら、ため息を吐かずにはいられない。
まただ、あの二人はまた同じような事で言い争っている。
一体、何度繰り返せば分かり合えるんだろうか。
いや、そもそもあの二人は分かり合うつもりなどないんだろうな、と考える。
お互いにお互いの欠点をさぐり合って、脆い部分を見つけると嬉々としてそこを崩しにかかろうとする。
まるで言い負かした方は、すべての責任から逃れられるかのようだ。
そして、いつも二人で言い争って、口論の最終地点は必ず俺のことになる。
学校の成績から始まり性格、態度、酷いときは容姿にまでいたる。
そんな内容のことを俺、本人には何も言わず二人で言い争う。
俺の汚点をなすりつけ合い、お互いを守り合ってけなし合う。
これほど滑稽な事はない。
悪いのは一体どちらなのだろうな?
それはいつか決まるのか?
この決着が付いたとき、俺たちの関係は一体どうなるんだろうか…
ふと嫌な考えが頭をよぎる。
もう…俺が全部悪い、それでよくないか?
それであの二人が納得するのなら俺はそれでもいいと思う。
だんだんと自虐的になる思考に胸が潰れそうになる、いつから俺はこんな弱くなったんだろうか。
何もかも、俺が背負ったところで何も変わらないことは目に見えているのに。
これ以上、あの二人の声を聞いていたら、悩乱と傷心で頭がおかしくなりそうだ。
ちょうどあの二人もお互いに意識を集中させてるし、今ならコッソリ家を抜け出せる。
夜中に外出なんて気付かれたら、更にややこしいだろうけど、どうせこの言い合いが終われば俺の事など気にせず各々、自室にこもるのだろう。
ほとぼりが冷める頃にまたコッソリ戻ってくればいい。
今は早く、ココから逃げたい。
ツヤツヤしたフローリングを足音を殺して進む。
リビングの扉の前を通る時はあの二人の声が脳にはいってこぬように他の事へ意識を集中させた。
玄関の扉の開閉には気を使い、大きな金属音が響かぬように手持ちをゆっくりうごかす。
ぱたん…
「よし」
外へ出た。
室内の気温と比べると少し肌寒いように思った。
最近は、昼間の暑さにつられてつい薄着になってしまい、Tシャツ一枚で出てきてしまった。
上にもう一枚羽織ってくるんだったな。
まぁ、我慢できないことも無いからいいか…
そう思いながら家の方へ耳をそばだててみる。
家のつくりはしっかりしているようで、外からはあの二人の声は全く聞こえない。
まるで、別の世界に来たみたいだ。
あの扉を一枚隔てた場所ではあの二人が声を荒げて怒鳴りあっているというのが信じられない。
こちらの世界はどうやら平和のようで、あたりはとても静かで少し虫の声が聞こえる。
さて、これからどうしようかな…
これから、あの二人が寝静まるまでの何時間かは外で時間を潰さなければならない。
一応、財布と携帯はもって出てきたので、とりあえずはコンビニへ行き何か温かい飲み物でも買いにでも行こう。
その後のことはまた、その時に考えればいい。
随分と投げやりな考えに自分でも驚く、今まで何かするとなったら一から段取りをたてる癖があるのに、この行き当たりばったりな考えは何だろう、自分が自分じゃないみたいだ。
きっと、本当の自分はまだあの部屋のなかに縛られているのだろう。
抜け殻のような自分がベットの上でうずくまっている様が目に浮かぶ。
笑えないな。それはさっきの俺だ…
頭を切り替えたっかたため深呼吸をする。
外の空気を吸ったおかげで気持ちも少し軽くなった。
まぁ、時間がたてば何か良い案が浮かぶかもしれない。
「行こう」
暗い道を街灯が照らす、空を見ても星なんて数えるくらいで、飛行機なのか人工衛星なのか嘘くさい光がチカチカ輝いている。
こんなに簡単に抜け出せれるならもっと以前からこうしてればよかった。
そうしたらもっと楽に生きられてたのかもしれない。
過ぎたことを考えてても仕方がないか。
今はとりあえずあの家から抜け出せたことに喜ぼう。
そんなことを考えながらコンビニへの道を歩いた。
いつも歩いている道も、嘘くさい夜空も何故か美しくみえた。
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