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五時半のアラームで目を覚まし、お弁当と二人の分の朝食を作る。母さんは自分の思い通りにいかないと手が付けられない程暴れるため、このルーティンだけは絶対に崩せなかった。一度寝坊した日は確か、ひっちゃかめっちゃかになった部屋の片付けで学校を休む羽目になったんだっけ。
嫌い、ではないけど、めんどくさい人だとは毎日思う。そんなことを考え、溜息をつきながら廊下へ出ると、起きてきたらしい雅史さんと偶然鉢合わせてしまった。
昨日のことは知られているはずもないけれど、何となく一方的に気まずくて。また会釈だけで逃げようとした瞬間「おはよう」なんて当たり前のように挨拶をされた。
「…お、おはよう」
「随分早起きだね。それに、いい匂い」
一瞬ドキリとしたが、すぐに食べ物の匂いだと察して頷く。
「ごはん、作んないと発狂するから」
「へえ、えらいね。親孝行じゃん」
そう言い、優しい声で笑う雅史さん。伸ばされた手に反射的に身をかがめたものの、思ったとおりの痛みは来なくて。かわりに何故かわしゃわしゃと頭を撫でられた。
もしかして俺、褒められてる?恐る恐る顔を上げると、声の通り優しい表情をした雅史さんと目が合い、少しだけ驚いたように笑われた。
「なあに、その顔」
「…褒められたことなかったから、ちょっと吃驚した」
「そうなの?お母さんのために早起きして朝ご飯作るなんて偉いと思うけど。なかなか出来ることじゃないよ」
このことについて認められたいだとか、褒められたいだとか、そういう見返りを求めたことなんてなかったけど、そう言ってもらえるのは素直に嬉しくて。撫でてくれる手が離れてしまう瞬間、俺は急に寂しさを覚え、泣きそうになってしまった。
「つぎ、…次いつ来る?」
「さあねえ。きみのお母さんが気まぐれなの、きみが一番よく知ってるでしょ?」
困ったように笑い、腕時計を確認する雅史さん。もう仕事に行ってしまうのだろうか。
この人は母さんのもの。そうわかっていたけど、今日はなんだか気持ちが高ぶっていて。どうしても次に会った時も話せるきっかけが欲しかった俺は、キッチンに置いていたお弁当箱を雅史さんに押し付けた。
「あ、あの!…これ、お昼。あとで捨ててもいいから、」
自分でもわかるほどに手が震える。拒絶される覚悟は持っていた。だけど、叶うことなら食べてもらいたい。そんな願いが通じたのか、雅史さんは俺の言葉を遮る程大きな声を上げ、嬉しそうにお弁当箱を受け取ってくれた。
「ええ!?作ってくれたの?」
こどもみたいに笑うから、きゅううと胸がときめく。そんなに喜んでくれるとは思わなかった。本当は自分のだったけど、それは秘密。こんなことならもっと頑張ればよかった、なんて少しだけ後悔しながら頷く。
「ほんと?すごい嬉しい。ありがとう」
「仕事、頑張って」
「うん。これのおかげでかんばれそう」
何度もお礼を言ってお弁当箱を眺める雅史さんは、また腕時計を確認したかと思えば、焦ったように支度をして家を出ていった。
昨日と同じように、だけど昨日とは違う感情で苦しくなる。
こんなの、母さんに知られたらどうなってしまうのだろう。下手したら殺されるんじゃないかな。
あの人なら本当にやりかねないな、なんて笑えない状況に笑いながら、俺もさっさと支度を済ませて早々に家を出た。
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