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この国の北の端にある教会には遥か昔から悪魔が住んでいると言われ、そこに住む悪魔は20年に1度この国を代々治める王族から生贄を得ている。
「完全なる月蝕(クラフトフェアリーレン)まであと僅か、贄としての準備は出来ているなエルベアト?」
「はい、国王陛下・・」
王宮の一室で跪くのは今の国王ウベルの子で第5王子のエルベアト、眩しい金色の短髪に薄水色の瞳をしたこの美しい王子こそトイフェルと呼ばれる悪魔に捧げられる生贄だ。
「悪魔の噛み跡(メルクマール)を身に刻まれ生まれ落ちた貴様はごく潰しの不要物、その貴様がようやく役に立つ時が来たのだ・・」
ウベルはまるで汚物を見るかのような目でエルベアトを見下ろす、その目にはエルベアトが生贄だと示す証であるオキナグサの形をした赤い痣があった。
「汚らわしい化け物よ、贄としてその身と魂をトイフェルに捧げ我が国の永劫の繁栄が続く礎となれ・・それで貴様が我が子として生まれた罪を許すとしよう。」
「万事全て心得ております、我が身と魂を持ってフォンヘルシャー家とこの国の安寧と繁栄をお守りします・・それが私の生まれた意味ですから。」
ウベルの顔には息子を生贄に捧げる事の罪悪感や悲壮感など微塵も浮かんでいない、血の繋がった親子ではあったがエルベアトは父から愛情を注がれた事など1度も無かった。
「(僕は父上にとっても母上や家族にとっても初めから居ない存在、でも今ではそうして生きて来た事が良かったと思える・・)」
自分に死への恐怖も生への執着も無い、普通なら嘆く生贄として悪魔に捧げられる話もエルベアトにとっては何処か解放感に満ちて自由を得たような心地だった。
「此処が悪魔トイフェルの住む教会・・」
父と最後の面会をした次の日エルベアトは城からトイフェルの住む教会へと送り出された、馬車を降り1人で教会の入り口から聖堂内に入ると驚きの光景が目に飛び込む。
「どうしてこんなに綺麗なんだ?」
この教会は数百年前に建てられた物で外観はかなりボロボロで廃墟のようだった、にもかかわらず中は手入れが行き届いて埃1つ落ちていない綺麗な状態だったのだ。
「こんな廃墟みたいな教会に誰か住んでるのか?『居るのは私だけだ。』ッ!?」
エルベアトの独り言に答えが返って来る、振り向くと床につくほど丈が長く袖も手が見えないぐらい長い真っ黒なローブに身を包み頭にもフードを被っている何者かが居た。
『お前が今回の生贄か?』
「はい・・あの、もしかして貴方が悪魔のトイフェル様ですか?」
『ああ、そうだが?』
祭壇の前に跪いていて顔は見えないが聖堂に響く低いテノールの声は聴き心地が良い、エルベアトは真っ直ぐトイフェルの後ろへ歩み寄ると床に膝をついて頭を下げた。
「トイフェル様、どうぞお望みのままに僕の身体も魂もお召し上がりください・・」
恭しく傅き身体と魂を捧げると宣言する、だが何時まで経っても何も起きず不思議に思って顔を上げると不愉快そうに眉を顰めた美しい顔と深紅の目が自分を見下ろしていた。
「(美しい、これがこの方の顔・・)トイフェル様?『面白くないな。』えっ?」
『貴様のような人間は初めてだ、今までの生贄は怯えて腰を抜かすか泣いて命乞いをするかだったのにお前は全く動じていない・・完全に興が冷めた、貴様を食う事はせぬ。』
「僕を食べないのですか?」
エルベアトが此処に来た理由は生贄として目の前の悪魔に身体と魂を捧げる事、なのに自分を食べないと言われ酷く動揺するがトイフェルの自分を見る目は冷たいままだ。
『己を軽んじる人間の魂など食しても価値は無い、それにクラフトフェアリーレンまでまだ日もある・・貴様がそのフザけた考えを改めるなら考え直してやらなくもないがな?』
「そんな『但し・・』但し?」
『貴様が考えを改めぬなら贄とは認めず貴様のような人間を捧げた国王を含めた王族の連中を皆殺しにしてやる、いっそ国そのものを滅ぼしても構わぬかもしれぬな・・』
「それだけはお止めください!!僕のせいで無関係の民を巻き込めません、罰でしたら僕1人で受けます!!ですからどうか国を滅ぼす事だけはお止めくださいませ!!」
怒りを買ってしまったと焦ったエルベアトは激しく取り乱しトイフェルの足に縋りつく、先程までと打って変わって感情を剥き出しにした姿にトイフェルは愉快そうに笑った。
『月蝕の日までに人間らしい感情を取り戻せ、己の命にしっかり向き合ったと認められれば貴様を食ってやろう・・取り敢えず今日はもう部屋に下がれ、案内させる。』
そう言い残しトイフェルは聖堂の横壁にある扉から出て行ってしまった、エルベアトが呆然としていると突然誰かに声を掛けられる。
「おい人間!!」
「えっ?誰・・!?」
顔を上げるとそこには小さな小人のような3人が居た、それぞれ赤青黄のワンピース型の服を着て背中には蝙蝠の羽根が生えていてそれを羽ばたかせて飛んでいるようだ。
「初めまして人間の方、私達はご主人様の使い魔!!月蝕の日まで貴方のお世話係を命じられたの、宜しくね?因みに私の名前はメーアよ♪」
「オイラはヒメル、役割は食事係!!何か食べたかったり飲みたかったらオイラに言ってくれよ?」
「ボクはラント、ご主人様の1番の側近だ!!お前用にとご主人様がわざわざご用意された部屋がある、そこに今から連れて行ってやるから有難く思え!!」」
青い服を着た女の子の小人はメーア、黄色い服を着て少しぽっちゃりした小人はヒメルそして赤い服を着て気が強そうな小人はラントだとそれぞれ名乗る。
「ラントったらもう少し優しく言えないの?気にしないでね、ラントはこんな風に言ってるけど私達もご主人様も貴方のコト嫌ったりして無いから♪」
「そうそう♪それからもう少ししたら夕食なんだけど嫌いな物とかない?「ちょ、ちょっと待って!!」ん?どうかした?」
「あのッ僕に食事を出してくれるの?どうして?僕はトイフェル様の生贄なんだからそんな手厚いもてなしなんてする必要は「ご主人様を馬鹿にするな!!」痛ッ!!」
自分にもてなしなど不要だと言いたかったのだが頭をラントに蹴り飛ばされる、蹴られた所を片手で押さえているとラントが怒りの形相で自分に怒鳴って来た。
「確かにお前は生贄だ、だがそれを理由に蔑ろにする事などあり得ない!!ご主人様はどんな相手にも慈愛の心を持って接される素晴らしい御方だ、人間風情が侮るな!!」
「だからもっと言葉を選びなさいってば!!でもラントの言う通りよ、ご主人様は貴方が生贄だからって酷い事はしないわ♪見た目は怖そうに見えるけどとっても優しいのよ?」
「それに人間は毎日食事を摂らないと死んじゃうでしょ?だからちゃんとご飯は食べなきゃダメだよ、だからこれから持って来る夕食は残さず全部食べてね♪」
そう言うとヒメルはパタパタと羽根を羽ばたかせて飛んでいく、唖然として固まっていたエルベアトだったが気が付けばラントとメーアに連れられ部屋に来ていた。
「今晩は取り敢えず食事を摂ったら寝ろ、明日の朝は5時半に起きてご主人様と共に聖堂にて祈りを捧げる日課から始めるんだ・・但しくれぐれも失礼の無いようにな。」
「お祈りの日課?そんなのがあるの?」
「あるわよ?ご主人様は規則正しい生活を日々送ってるの、だから貴方はお客様だけどご主人様や私達と同じ日課を月蝕の日まで過ごしてもらう・・分かった?」
「分かったよ・・」
エルベアトが頷くとメーアは満面の笑みを見せた、やがてヒメルが夕食を運んで来たがそれらは全て作り立てで久しぶりの温かい食事にエルベアトは思わず目が潤んだ。
「(こんなに温かくて美味しい食事は何時以来だろう・・)「美味いか?」うん、とても美味しいよ・・ありがとうヒメル。」
「礼は良いからいっぱい食べろ♪腹がいっぱいになれば幸せな気持ちになるし良い夢が見れるぞ?」
準備した夕食を美味しそうに食べられヒメルは嬉しそうだ、食事が終わると早々に寝支度を整えエルベアトはベッドに横になった。
「(死ぬ前にこんな良い思いが出来るなんて・・)生まれて初めてだな、こんなに誰かに優しくされたの・・」
今まで感じた事がない暖かな気持ちにむず痒い思いをしたが嫌な気はしない、その日はヒメルが言ったように幸せな夢を見る事が出来たのだった。
「ンッ・・もう朝か・・」
次の日エルベアトは夜明け前に目が覚めた、使い魔達が準備してくれていた水の張られた水盆で顔を洗い服を着替えると聖堂へと向かう。
「(時間はそろそろ6時なはずだけど・・)『早い目覚めだな。』あっ!おはようございますトイフェル様・・」
祭壇の前にはトイフェルが既に立っていた、フードを被っていないので昨日は見えなかった艶やかな黒髪が見えている。
『夕食はしっかりと摂ったようだな、夜の眠りはどうだった?』
「とても良く眠れました、細やかな御心遣いをしていただき本当にありがとうございます・・」
『礼は不要だ・・それでは朝の祈りを行うぞ、これは毎朝6時に聖堂で行う故に目覚めたら此処へ来い。』
「はい・・」
トイフェルは柱に架かった香炉に手を向け魔法で火を点け祭壇の前に両膝をつき立膝の姿勢で祈りを捧げ始めた、エルベアトもそれに倣って同じ姿勢になり両手を胸の前で組んで目を閉じる。
『良き祈りの時間だった、貴様の声は神に届いたであろう・・次は朝食だ、貴様も私と同じテーブルで食せ。』
「はい、いただきます・・(悪魔なのに人間みたいな方だなぁ・・)」
同じテーブルを囲んで食事をするとは思わず大いに戸惑ったがエルベアトは勧められるがまま朝食に手を付ける、トイフェルも静かに食べ進め時々話しかけてきた。
『朝食後は聖堂の外の掃除及び洗濯などをしてもらう、王子として生きて来た貴様にとっては不慣れな事だろうがラント達の指示に従って取り組めよ?』
「大丈夫です、掃除も洗濯も今までやってきましたので・・」
『王子でありながら身の回りの雑用を己で行って来たのか?貴様は少々変わった育ちのようだな?』
「ご推察の通り僕は王子として生まれましたが生まれ持った魔力の強さとこの紋章のせいで冷遇されて育ちました、家族の中に僕はずっと居なかったんです・・」
生まれ落ちた瞬間から生贄としての人生を定められたエルベアトを家族の誰も受け入れようとしなかった、城の中でも隔離された場所に追いやられずっと1人ぼっちだったのだ。
「家族からは口癖のように生贄が多くを望むな、死ぬ運命は決まっているのだから生にしがみつくなと教えられて来たんです・・だから僕は自分の命を惜しいと思いません。」
『なるほどな、貴様が己を軽んじる理由は大体分かった・・要するに偏見で作られた浅く小さな世界しか知らず僅かな知識のみでこの世の全てを知った気で居るのだろう?』
トイフェルはエルベアトの話を鼻で笑い捨てた、その態度にエルベアトは驚き反論しようとしたが自分に向けられた氷のような冷たい目に出かかった言葉を飲み込む。
『1つ貴様に試練を与えよう・・この教会内にある図書室にここ数百年の間に世界中で起きたあらゆる物事を書き記した本がある、月蝕までにそれらを全て読むのだ。』
「図書室の本を全て読むのですか?それをする事が何故試練になるのでしょう?」
『それを読めば貴様がこれまで生きて来た時間も世界も如何に粗末で無知な物かが分かるはずだ、その知識を得ても今と覚悟が変わらぬかどうか見ものだな?』
意味深な笑みを浮かべるトイフェルにエルベアトは何も言えなかった、朝食後の掃除と洗濯が全て終わるとエルベアトは教会の地下にある図書室へ足を踏み入れる。
「此処が図書室だよ♪此処にある本はご主人様が集めたんだ~!!どれでも好きなのから読んでね?夕食の時間になったら呼びに来るからそれまで自由にしてて良いよ?」
「はい、分かりました・・」
メーアに連れて来られた図書室はかなり広く壁一面と部屋中にも本棚が立っておりぎっしりと本が詰まっている。
「(スゴイ量の本だ、これを全て読むなんて出来るのかな・・)取り敢えず始めようか・・」
エルベアトは中央に置かれたテーブルにランプを置き戸惑いつつ手近な本を1冊手に取ってランプの灯りを頼りに読み始めた。
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