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死神の推理
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僕はしばらく考えて、結局、やれやれと銃を振りながら椅子に座り直した。
「お前がここまで躍起になるのも珍しいな」
「ああ……ちょっと色々堪えてね。もう歳かな」
はっ、とシャーロックは笑った。
「おかげで俺は楽しんだ。『英国が誇る生きた伝説の秘密諜報員、ロビン・フッドの弱みは何だろう?』これほど美味い謎があるか。俺はそれこそ、寝る間も惜しんで考えた。ハリーに感謝しながらな」
「はいはい、夢いっぱいのメモリをもらって良かったね」
「国家機密でないことは分かっている」シャーロックはやけくその僕を無視して続けた。
「お前は仕事上のミスはしない。ましてや、年端もいかない、体力も思考力も平均以下のただの浪人に出し抜かれる訳がない」
「はいはい」
「ならば私的なものだろう。お前の場合は何だ? 普通は妻以外の女との密会や特殊な性癖を示す画像・動画・音声データといったところが相場だが、お前は私的な情報の漏洩すらも危機に直結すると理解している。油断することはない。見せる必要が無い限り、ごく平凡なポルノ画像の一枚でさえも完璧に秘匿するだろう。それをハリーが盗み取る? 無理だな」
「はいはい」
「そうなると答えは一つだ」
シャーロックは背後の壁に寄りかかったまま、紫煙に酔ったような焦点の定まらない瞳で天井を見上げた。
「弱みと言っても、多分お前に落ち度はないのだろう。だが、ごく普通の会話や行動の末にハリーの手中へぽろりと落ちてしまったそれは、全く思いがけないことに、お前の意思とは関係のない所で——つまり俺が間に入ることで——弱みに変換されてしまうものだった。そうだな?」
「はいはいはい、当たってますよ」僕は降参と両手を広げて見せた。
「君は天才、推理の権化、Very, Very, Wonderful! 何もかも仰る通りですよ。そのデータは噂になるだけで窮地に陥るシロモノさ。だから今すぐ返して欲しいんだ」
適当におだてておいて、僕は手を突き出した。さあ、寄越せシャーロック。
だけど。
この男は鼻で笑うなり、「断る」と鋭く言い放った。
「謎を謎のままにしておく趣味はないんでな。どれだけ推測が当たっていようと、俺はこの目と耳で確かめるまでは」シャーロックは顔中を口にしてニヤついた。
「Never wavering. それ相応の対価がなければな」
あーあ、ほらね。
僕はまた溜息をついて、堅い椅子に身を沈めた。やっぱりそうなるだろうと思った。あまりにも予想通りで吐き気がする。これがシャーロックじゃない別の誰かとの会話なら、この辺で物理的に黙らせる所なのに。
「対価って言ったって、君が欲しいのは金や物じゃないんだろ」
「そうだな。金など幾らでもある。武器も欲しけりゃマイクロフトに言う」
「だろうね、君のお義兄さんはマフィアの御大だもんね……。分かってるよ。僕が君なら指一本もらうところだ」
「ああ、くだらんことで人間が不具になるのは面白いな」
「そうでしょ。君も好きなとこ取って良いよ」
ただし命に別状のない部分を一つだけね……。それだけ念押しして、僕は肩をすくめた。
最悪だけどそれしかない。ハッキリ言って指一本で済むなら安い話。腕一本や足一本だとしたら同じくらいかな。それでも僕の中だけで事を納められる。それは何にも代えがたい。もちろん腹の虫は収まらないから、マフィン君にも同じ目に遭ってもらうけど。
シャーロックは煙草を燻らせながら、長いこと黙っていた。僕を見ながらじっと考えている。
この部屋には音の鳴るものがない。机の上のPCは閉じられているし、バイオリンは弾き手がいない。それに彼は僕と同じように、秒針の鳴らない時計を使っているからだ。だって、考えてもみてごらん。もしも時限爆弾を仕掛けられた時、手持ちの時計の音のせいでそれに気付けなかったら馬鹿みたいじゃないか?
だから一層、外の騒ぎがよく聞こえた。飛び交う怒号、クラクション。そして、トッコトコと遠慮がちに不規則なリズムを刻みながら近づいて来る、若者の足音。ああ、あれは小さな悪漢《ピカロ》の行進だ。マフィン君が帰って来た。
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