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囚われの人形は、自分だけの優しい神様に出会った
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ガチャ。
「気分はどうだ?、海里。死にそうか?」
父さんがドアの鍵を開けて、ガレージの中に入ってきた。
父さんは黒いお椀を持っていた。
お椀から、ワインの匂いがした。
まさか俺はワインを飲まされるのか?
「とっ、父さん、もう……やめて」
喉が渇いてるとはいえ、いくらなんでもお酒は嫌だ。
「ああ、やめてやるよ。お前がちゃんとこれを舐めきったらな」
父さんは俺の足元にお椀を置いて、楽しそうに笑った。
――やっぱり。お椀の中には、赤ワインが注がれていた。
「犬みたいに床に這いつくばって舌で舐めろ。これを舐めきったら、家に入れてやる」
…… 犬みたいに、か。
俺を傷つけることに父さんは躊躇がない。いつもいつも俺を苦しめることしか父さんは考えてない。そのためならどんなことでも迷わずやるんだ。
「早く舐めろ」
「うっ!」
脇腹を何度も蹴られ、強要される。
俺は深呼吸をしてから、床に足と手をつけて、四つん這いの姿勢でワインを舐めた。
「アハっ、アハハハハハ!!」
父さんは近所に声が聞こえないように口を手で隠しながら、声を上げて笑った。
俺を嘲笑うその声が、やけに大きく聞こえた。
俺は醜態をさらしているのが嫌になって、舐めるのを今すぐやめたくなった。
涙が視界を歪ませる。
酒でも飲み物は飲み物だ。
苦くても口に何も入ってないよりはよっぽどマシで、飲むたびに身体が少し楽になっていくのがわかった。
ああもうなんで。
なんで人の身体ってのはこんなにも正直なんだ。
「アハハハ! よくやった海里! それじゃあ部屋に戻っていいぞ。早く舐めたご褒美に、飯も食わせてやる」
ワインを舐め終わったのに気づいた父さんが笑って言う。
あれ、俺、飯抜くなんて言われたっけ。
もしかしてワインを飲み干さなかったら後一時間閉じ込められた上に飯も抜かれることになってたのか?
ひどい話だな、本当に。
「父さん」
俺は涙で濡れた顔で父さんを見つめた。
「本当によくやった、海里」
俺の視線に気づいた父さんが、顔をしわくちゃにして笑う。
どうやら、俺の態度に相当満足したらしい。
クソが。
俺は何も言わず、拳を握りしめた。
父さんは空になったお椀を手にとると、笑いながらガレージを出ていった。
壁に手をつけてどうにか身体を起こし、床に放っていたブレザーを雑に羽織る。鞄を肩に掛けて家のドアのそばまで歩こうとすると、違和感に気づいた。
――怠い。
父さんにいじめられたせいで気分が悪くて、足がおぼつかない。
「……っ」
ワインが胃からせり上がってきて、猛烈な吐き気に襲われる。
慌てて家の中に入り、鞄を玄関のそばの廊下に投げ捨て、靴を脱いでトイレに駆け込む。
「うっ」
口から一気にワインが溢れ出す。便器に吐き出したワインの匂いが、トイレに充満する。酷い匂いだ。
……消えない。まだワインが胃に残ってる。
口の中に指を三本くらい突っ込んで、吐ききれなかったワインを無理にもどして、便器にぶちまける。
「うえっ……」
胃が逆流して、腹が悲鳴を上げる。
ワインと一緒に、黄色い胃液が口から出てきた。
気持ち悪い。最悪の気分だ。
でも、閉じ込められてた時よりはマシだな。
俺は洗面所に行って十回くらいうがいをしてから、鞄を持って自分の部屋に行った。
俺は着替えとタオルを用意してから、再び洗面所にいき、服を脱いで、洗面所の奥にある風呂に入った。
「はぁ……」
温度をぬるくしたシャワーで体を流しながら、ため息をつく。
気持ちいい。落ち着く。生き返る。虐待の傷が沁みて痛いけど。
「うわっ」
俺は急な立ちくらみに襲われて、シャワーの機械を落とした。
……熱中症になりかけているのかもしれないな。
「はぁ」
シャワーの機械を拾い上げて、ため息をつく。
俺は憂鬱な気分で頭と身体を洗って風呂を出ると、身体をタオルで拭いて部屋着に着がえて、ドライヤーをした。
俺はその後、自分の部屋の中央にしいてあった布団にもぐって、声を殺して泣いた。
声を上げたら、父さんの機嫌を損ねてしまうかもしれないと思ったから。
『どうせ何をしても殴られるなら、せめて父さんの機嫌を損ねないようにして、暴力の度合いを少しでも軽くしないと』
そんなふうに考えるようになったのは、虐待が悪化してから、一ヶ月もしない頃だった。
父さんは虐待がバレるのを懸念しているから人三倍悲鳴に敏感で、俺が声を上げるとすぐに機嫌が悪くなる。
そんな父さんからの虐待から一刻も早く解放されるには極力暴力に抵抗しないようにして、悲鳴を上げないようにするのが一番だ。
つまり虐待から早く解放されたいなら、何も考えず、人形のように父さんの意向に従うべきなんだ。
それに気づいてから、俺は父さんに極力反抗しないようにした。そうした方が虐待をされる時間が短くなると思ったから。さっきもそうしたおかげで、俺は三時間くらいで解放された。
多分抵抗してたら、あの時間ではとても済まなかった。きっともっとたくさん、甚振られていた。
要は俺は最も有効な選択をした。
でもその行いは、自分の意思を殺したことに他ならない。
俺は父さんに反抗したいっていう意思を、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだって想いを無理矢理押し殺した。そうしないと、もっと酷い目に遭うと思ったから。
「おい、風呂から出たならそれくらい教えろよ」
部屋のドアを蹴られ、低い声で囁かれる。
ドアを蹴られただけで身体が震えて冷や汗が出た。
嗚呼。
……人形になりたい。
いつもいつも無理矢理嫌なことをされて、屈辱や痛みを味わうハメになるくらいなら。いつもいつもこんなに精神をすり減らすハメになるくらいなら、いっそ感情なんかなくなればいい。
だって感情がなくなれば、苦しいとも痛いとも辛いとも考えずに済むのだから。どうせ逃げられないなら、感情は不要だ。あっても、辛くなるだけだ。
そう分かっているのに、俺はいつまで経っても感情をなくすことができない。
感情があるから、抵抗しないようにしなきゃと思っても、心の何処かで抵抗をしたいと思ってしまう。父さんをなぶり殺してやりたいって思ってしまう。まあそんなことをする勇気は、これっぽっちもないけど。
――逃げたい。逃げられないなら、自殺したい。
辛い目に遭いたくない。痛いのも苦しいのも、辱めを受けるのも嫌だ。そういうことを毎日、さながら喋る人形のように堪えるくらいなら、自殺をした方がよっぽどマシだ。
あるいは、さっさと刃物とかで殺されたい。
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