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囚われの人形は、自分だけの優しい神様に出会った
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「関係ないっ!! それが怖いと思うのは、傷つけられるのが嫌なだけだ!」
「死ぬときも傷つくぞ。ものすっごい」
「……でも、死ぬのは一瞬で、あんな風に苦しめられたりはしない。だから死にたい」
「それが本当に本音か? 死なないで虐待から逃れる方法があっても、お前は死を選ぶのか?」
涙が出た。
「……がう。違う! 死なないで助かるならそれがいい! 本当は死ぬのも、苦しいのも嫌だ!」
――そもそも矛盾している。
痛いのも苦しいのも嫌なのに、死ぬのはいいなんて。死ぬ時も苦しい想いとか痛い想いはするくせに。一瞬でもそれがあると嫌になるくせに、死にたいなんて思っているわけがなかった。
そうじゃない。
痛いのも苦しいのも嫌だから、それをずっと耐えるくらいなら、死んだ方がいいと思っただけだった。
「うっ、うっ……」
幼い子供みたいに泣き崩れる。
――怖い。
死ぬのは怖い。
本当は死にたくない。
「口で言うのは簡単だ。思うのも簡単だ。死にたいって四文字で、大して難しくもない言葉だしな。でも、それを本気で思ってる奴なんかいないんだよ。もし思ってたとしたら、それは環境のせいでそう思い込んでるだけなんだよ」
はさみをポケットにしまってから、阿古羅は俺の首をそっと、丁寧に触わった。その手つきは、まるで大事なものを触っているかのように優しかった。
「あ……」
思わず声が漏れる。
そんな風に触られたのは、凄い久しぶりだった。
「今もし首を絞められたら、どうなるか考えてみろ。息が出来なくなって死ぬことになったら嫌かどうか考えてみろ」
言われた通り想像してみると、酷い恐怖にかられた。
「ほら。そうなるのは嫌だろ? それがお前が死にたくない
と思っている証拠だ。死にたくないなら、そんな風に言うな」
阿古羅が俺の顔を見ながら、念を押すように言う。
きっと、相当酷い顔をしているのだと思う。
ああ、そうだ。
俺は父さんに反抗したいって想いを押し殺してただけじゃない、心の奥底にあった生きたいって想いすらも、押し殺してしまっていたんだ。
だってそうしないと、欲が出てしまうから。逃げられないのに逃げたいと考えるようになってしまうから。そうならないために、いつも自分を押さえつけて、意志を殺して生きてきたんだ。そうやって、聞き分けのいい操り人形にならなきゃと思って生きてきたんだ。
本当は死にたくないって、生きたいって思ってたのに。
「うっ、うっ……」
涙がとめどなく溢れる。
本当は、ずっと誰かに助けてもらいたかった。
本当は、母さんにもっと大切にされたかった。
本当は、母さんに『あんたが身代わりになって俺のために死ねよ‼』って叫んでやりたかった。
この地獄から解放されたかった。
本当は、死ぬのも父親から虐待を受けるのも嫌だった!
言葉にならない声を発しながら、俺はただただ涙を流した。
虐待でできた身体中の傷と心の痛みが涙に次々と変換される。それは拭っても拭ってもとまらなくて、気が付けば俺は赤ん坊のように声を上げて泣きじゃくっていた。
「自分を大切にしろ、海里」
俺の涙を指で拭いながら、阿古羅はそう天使のような優しい声色で囁いた。
「自分を、大切に……?」
涙を拭いながら、阿古羅の言葉を繰り返す。
「ああ。ただやられるんじゃなくて、危ないと思ったら逃げたり、時にはやり返したりしろ。そうやってちゃんと自分を守れ。あのクソ親の横暴さを受け入れるな。横暴なのが当たり前だと思ったら終わりだと思え。殴られたらちゃんと反抗しろ。治療費を払ってもらえないのも受け入れようとするな」
思わず目を見開く。
そんな風に言われたこと一度もなかった。
「……受け入れたら駄目なのか?」
「ダメに決まってんだろ! お前、何もかも父親の言う通りにしてきただろ! 最低限しか虐待を受けないために、自分の想いとか全部抑え込んで、自分のこととことん蔑ろにしてきたんだろ! そうしてきたから、さっき死んでもいいとか言ったんだろうが‼ そんな生き方間違ってんだよ!」
阿古羅は俺を睨みつけた。
「……だって俺なんか、誰にも大切にされてないし」
「ああ、そうだったんだろうな今までは。でも、今は違う!」
声が枯れる勢いで阿古羅は叫んだ。
「え」
阿古羅の声の大きさに震えていたら、両手をぎゅうっと握られた。
「俺はお前を大切にする。絶対だ。約束する。だから海里、危ないと思ったらちゃんと逃げろ。生きたいなら、ちゃんと生きようとしろ。どうしても耐えられなくなったら、俺が助けに行ってやるから」
目を見開く。
阿古羅が、助けに……?
誰かにそんな風に言われたのなんて、初めてだった。
父さんはいつも俺に暴言ばっか言ってきて、母さんはいつだってそんな父さんから俺を守ろうとはしてくれなかった。
それなのに、なんで阿古羅はそんな風に言ってくれるんだ?
「何で阿古羅は、俺をそんな大事にしようとしてくれんの?」
大切に、大事に丁寧に扱われたことなんて一度もなくて。ただただ俺は戸惑った。
「……知ってるから。知り合いが死ぬときに味わう絶望を」
俺の両手から手を離して、阿古羅は言う。
「は?」
予想外の言葉に驚いて、俺は息を呑んだ。
こいつもなにかあったってことか?
阿古羅は戸惑う俺を見て、悲しそうな瞳をして笑った。その瞳は暗くて、闇がある感じがした。
――コイツは、一体何を抱えているんだ?
「とにかく約束しろ。ちゃんと自分のこと守るって。な?」
阿古羅は戸惑っている俺を笑った顔で見ながら、右手の小指を前に出した。
「何?」
「指切り。したことくらいあるだろ」
「わかった」
俺はしぶしぶ、左手の小指を阿古羅の小指と絡めた。
「ゆびきりげんまん。嘘ついたら針千本のーます。指切った!」
さっきの暗い表情とは全く違う顔で楽しそうに笑いながら、阿古羅は言った。
ガキっぽい。
「俺はなにかあったら必ずお前を守る。だから、お前も命を
粗末にするなよ」
阿古羅は笑って、小指を離した。
俺は何も言わず、ただ頷いた。
読めない男だ。
常時元気なのかと思えば、突然暗い顔をする。
それに今まで話したこともない俺を「必ず守る」なんて迷いなく言い切るなんて、とても妙だ。
それでも父さんや母さんよりは、よっぽど信用できると思った。
阿古羅はその後、ハンカチを再度水に濡らすと、蛇口の水を止めてハンカチを絞り、それを火傷したとこに当てた。
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