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囚われの人形は、自分だけの優しい神様に出会った
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「そんなの気にすんなよ。俺、独り暮らししてるから、お前が虐待のこと俺の親にいいたくないっていうなら内緒で匿えるし、悪くない提案だと思うんだけど?」
「でも」
無一文で居候するなんて、ダメだろ。
「わかった。お前が乗り気じゃないなら、もう無理には言わない」
「ごめん、ありがとう」
「ん。……なぁ、海里、ゲーセンいかね?」
俺の様子を窺いながら、遠慮がちに阿古羅は言う。
「行かない」
ゲーセンなんて行ったことないし、虐待のせいで同級生と遊んだこともなかったから興味が湧いたけど、口に出さなかった。
「一時間以内に帰らせるから! それならいいだろ?」
阿古羅が顔の前で両手を合わせて、ウィンクをする。
どうしよう。
一時間だけなら、父さんもそんなに怒らないかな。
「……わっ、わかった」
俺はその後、本当に阿古羅とゲーセンに向かった。
ゲーセンは、学校から徒歩で十分くらいのところにあった。
そこは四階建でゲーム機がかなり多いところらしく、店内のいたるところに隙間なくゲーム機が置かれていた。
凄い光景だ。
視界が全てゲーム機で埋め尽くされている。
生まれて初めて見る光景に呆然とし、俺は息を呑んだ。
「何したい?」
入り口を入ってすぐのところにあった案内板を指さして、阿古羅は首を傾げた。
ゲーセンはどうやら、一階はUFOキャッチャー、二階は音ゲーや対戦ゲーム機、三階はパチンコ、四階はプリクラと、階によってきちんと振り分けがされているようだった。
「回りたい。ゲーセン初めて来たし」
「嘘だろ? なんで?」
目を見開いて、大袈裟に阿古羅は驚く。
「……俺、十一歳の時から父さんに殴られてて、放課後は傷が痛いせいで友達と遊べなかったから」
「そっか。悪いな。言いにくいこと言わせちまって」
阿古羅が申し訳なさそうに頭を下げる。
「……別にいい」
俺は阿古羅から目を逸らして、小さな声で言った。
「あ! ちょっと待ってろ」
阿古羅はそう言うと、突然俺達のそばにあった猫のぬいぐるみのUFOキャッチャーに金をいれ始めた。
UFOキャッチャーの中には、頭の上にボールチェーンがついてて、ストラップとして使えるようになっているお座りした猫のぬいぐるみが所せましと入っていた。
猫の種類は白猫に虎猫、三毛猫など横道なものばかりだ。
なんだか女子に人気がありそうなラインナップだな。
阿古羅は右端にいる白い猫のぬいぐるみに狙いを定め、ボタンを押して、アームを上と右に動かし、どうにかぬいぐるみを取ろうとした。
阿古羅が操作したアームが、ぬいぐるみのお腹あたりをがしっと掴んだ。
「あ!」
俺は思わず声を上げた。
「ふふん。どうだ? 上手いだろ? ちゃんと見てろよ」
阿古羅がとても自慢げな様子で言う。
どうやらUFOキャッチャーには相当自信があるらしい。
アームはそのままぬいぐるみを景品が出る穴の真上まで連れて行った。そしてぬいぐるみを、穴の中に勢いよく落とした。
そうなったのとほぼ同時に、俺のスマフォが音を立てた。ポケットからスマフォを取り出してみると、父さんから電話がきていた。
マズい。
帰んないと。
阿古羅がぬいぐるみを持ってない方の手を使って、俺からスマフォを奪う。
「えっ。阿古羅何すんだよ!」
慌てて取り返そうとすると、阿古羅はスマフォを上下左右に器用に動かして、俺の手を避けた。
完全にもて遊ばれている。
「阿古羅!」
腹が立って、俺は阿古羅を思いっきり睨みつけた。
阿古羅は俺に目もくれず、スマフォを片手で器用に操作する。
「零次!!」
名前で呼んだ瞬間、阿古羅の手が止まった。
「やっと名前で呼んだな?」
俺にスマフォを返すと、阿古羅はとても満足そうに笑った。
もしかして、名前を呼ばせるのが狙いだったのか?
思わず頬がかあっと赤く染まる。――ハメられた!
「うっ、うるさい」
阿古羅から目を逸らして、拗ねるみたいに唇を尖らせる。
なんで名前を呼ばせるためだけにスマフォを奪ったんだよ。
「あ」
父さんからの着信が切れていた。
余りの出来事に寒気を覚える。
これが本当の狙いだったのか。
「通話なら拒否しといた。今は忘れろ父親のことなんか」
「で、でも早く帰んないと」
「帰っちゃダメにゃー」
ぬいぐるみを俺の顔の前にやって、阿古羅は言う。
「ガキか」
呆れながら呟く。
こんなこと、小学生でもやらねえよ。
「ガキはお前だよ馬鹿が。言っただろ父親に反抗しろって。それなのになんで今帰ろうとすんだよ」
頭をぬいぐるみで軽く叩かれる。
ぬいぐるみで叩かれるのは怖いとは思わなかった。ぬいぐるみなら別に痛くないから。
「……だって怖いし」
俺は阿古羅の顔から目を背けて、小さな声で言った。
「海里、怖いからって自分の意志を殺すな。猫になれ。気まぐれな猫のように、自分の意志を貫いて生きろ」
阿古羅が俺にぬいぐるみを渡して、真剣な顔で言う。
「猫のように……」
ぬいぐるみを見ながら、今にも消えそうな声で呟く。
気まぐれな猫のように自由に生きることなんて、俺にできるのだろうか。
「それやるよ。お前に」
「え? いいのか?」
予想外の言葉に驚いて、俺は聞き返す。
「おう。だってお前にそっくりだし」
――そっくり?
「どこら辺が?」
眉間に皺を寄せて、俺は尋ねた。
「白くて、何色にも染まってないところが」
そう言って、阿古羅は目尻を下げて、切なそうに笑った。
何色にも染まってない。
阿古羅の言う通りなのかもしれない。
自分の死にたくないって想いをずっと蔑ろにして父さんの言う通りにしてきた俺は、確かに何色にも染まれていないのかもしれない。
俺は何も言わず顔を伏せた。
「お前は白って、どんな色だと思う?」
阿古羅は下を向いている俺に目線を合わせて、首を傾げた。
「えっと……綺麗な色? 純粋みたいな感じがする」
「そうだな。確かに綺麗で純粋な色だ。でも俺は、悲しい色だとも思う」
「悲しい色?」
阿古羅の言葉がぴんとこなくて、俺は首を傾げた。
一体どういう意味だ?
「ああ。だって何色にも染まってないってことは、染まりたいって意志がないってことだろ。お前はもう二度とそんな風になるな。もう二度と、自分の意志を殺すな。このぬいぐるみを見るたびに意志を殺したらダメなんだって自分に言い聞かせろ」
阿古羅はそう言って、俺の背中を撫でた。
「これは嫌じゃない?」
俺の背中を撫でながら、阿古羅は恐る恐る尋ねる。
「……うん。ありがとう」
俺はぬいぐるみをぎゅっと掴みながら答えた。
「捨てんなよ?」
「うん!」
俺は冗談めかす阿古羅を見て、心の底から笑った。
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