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神様に出会って、人形は選んだ。神様と生きることを。
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阿古羅の言葉に、思わず目を見開く。
「……ありがとう。そんな風に言ってくれて」
戸惑いながら、俺は礼を言った。
たとえその言葉が仮に俺の弱みを握るための偽善の言葉だとしても、とても嬉しい言葉だと思ったから。
「おう。じゃ、飯作るからちょっと待ってて。すぐできるから。ウインナーは食べれる?」
「うん」
「ならよかった。目玉焼きとスクランブルエッグはどっちがいい?」
「 ……スクランブルエッグ」
虐待のことが頭によぎって、俺は阿古羅の問いに小さな声で答えた。
目玉焼きは好きではない。
十歳くらいの時に父さんに生卵を投げつけられた記憶があるから。半熟の目玉焼きはその時こびりついた生卵の黄味みたいに少しどろどろしてるから、いつも食べようとすると投げられた時の記憶がよみがえってきて、吐き気に襲われるんだ。
「はぁー。なんでそんなに元気ないんだよ。もしかして、あのまま死んでた方が良かったとか思ってんの?」
阿古羅がしゃがみこんで、俺の顔を不安げに覗き込む。
「それは思ってない」
俺は慌てて、首を振った。
「じゃあなんでそんなに元気ないんだよ」
俺を見て、阿古羅は本当かとでもいうかのように眉間に寄せる。
随分納得していない感じだ。
「そんなことない。元気だよ。大丈夫」
俺は阿古羅に、嘘を付いた。
阿古羅が父親に言われて俺の弱みを握ろうとしている可能性をまだ否定しきれなかったし、何かの拍子に虐待のことを思い出すのなんていつものことだし、それくらい本当に大丈夫だから。
「……から」
顔を伏せたまま、阿古羅はか細い小さな声で言った。
「え?」
「俺の前では強がらなくていいから。大丈夫とか言わないで、辛かったら辛いって言っていいから」
聞き返すと、今度は顔を上げて、しっかりと俺の目を見据えて阿古羅は言った。
「……うん、ありがとう。でも本当に大丈夫」
俺はそれにまた作り笑いをして頷いた。
この笑顔の裏に何があるか分からなかったから。
俺はその後阿古羅が作ってくれたご飯を食べると、阿古羅から着替えとタオルを貸してもらって風呂に入った。昨日から風呂に入ってなかったから。
風呂は三点式ユニットバスで、トイレと洗面所と風呂が、同じ空間にあった。きっとその方が金がかからないからだろう。
風呂を出ると、俺はすぐに身体を拭いて部屋着に着替えた。
風呂場とダイニングのしきりになってるドアを開けてダイニングの中に入る。テーブルの前にいた阿古羅が俺に気づいて、笑って声をかけてきた。
「お、海里お帰りー」
「うん、ただいま」
「海里、さっきお前の母親から電話来てたんだけど」
阿古羅はテーブルの上にある俺のスマフォを手にとって、顔を顰めた。
「えっ」
母さん?
「うわっ!!」
阿古羅からスマフォを受け取ろうとした瞬間、母さんから電話がきた。
まるで、図ったかのようなタイミングだ。
「出なくていいんじゃないか?」
俺の顔色を伺いながら、阿古羅は言う。
「……いや、出る」
阿古羅からスマフォを受け取り、恐る恐る通話に応じる。
「もしもし、母さん?」
『海里? よかった! 無事なのね!』
「うん。とっ、友達に自殺止められて」
友達と俺は言った。阿古羅がそれを聞いて、どんな反応をするか確かめたかったから。
たぶんスパイなら、大して反応しない。
スパイじゃないなら、きっと驚く。
阿古羅は目を見開いて俺を見てから、口角を上げて嬉しそうに笑った。
スパイのハズなのに、まるで友達と言われて嬉しいとでもいうかのように、阿古羅は反応した。
一体どっちなんだよ。
阿古羅の態度を見て、俺はまた混乱した。
「スピーカーにしろ」
混乱してる俺の頭を撫でながら、小声で阿古羅が言う。俺は頷いて、言われた通り通話をスピーカーにした。
『そっか。……あのね海里、お母さんあの人と離婚するから』
スピーカーにした途端、母さんが信じられないことを言った。
「え、なんで?」
『今朝ね、お父さんが海里の学費を払うのに使ってた私の口座から、勝手にカードを使ってお金を全額引き落としたの。学費を滞納して、海里を退学させるために』
――退学。
どうやら、恐れていたことが起きたらしい。
阿古羅のことを考えていたのに、一瞬で思考が退学のことで埋め尽くされる。
予想していたことのハズなのに心臓の鼓動が速くなって、身体が震えた。
突然、阿古羅が俺の手からもの凄い勢いでスマフォを奪う。
「又聞きしててすみません。海里の友達の零次です。……あの、例えばですけど、俺がお母さんに金を渡したら、その金で海里の学費を払うことは可能ですか」
「は? お前何言いだしてんだよ?」
阿古羅の肩を揺さぶって、俺は叫ぶ。
まさか、母親の代わりに学費を払って、俺の退学を阻止するつもりなのか……?
『それは可能だけれど……まさか零次くん、君本当に私にお金を渡すつもりじゃないわよね?』
「いえ、渡します。近いうちに」
阿古羅の服の襟を、服が破けるかのような勢いで掴む。
阿古羅が顔を顰めながら、ゆっくりと通話を切る。
「お前、正気か? 自分が今何て言ったかわかってるのかっ⁉」
声が枯れる勢いで俺は叫んだ。
「ああ、わかってる。俺はお前が自殺をしようとしたあの日、お前を救うって言った。退学もなんとかするって言った。だから俺がお前の学費を払う」
俺の問いに、阿古羅はやけに冷静に言葉を返した。
「は?……お前、変だよ。意味わかんない」
服の襟から手を離して、弱々しい声で言う。
「俺は変じゃねぇ!! 正常だよ! お前の環境に本気で怒って、本気で我慢ならないと思ったから、自殺も防いだし、学費も払うって言ったんだよ! 俺がお前の人生を変えてやるよ!」
間を数秒も作らないでそう叫ぶと、阿古羅は俺の背中を優しく撫でた。
「うっ、う……」
涙が零れる。
信じていいのだろうか。
虐待をされているところで出会ったのも、俺が自殺を選択して、阿古羅がそれを止めたのも全部父さんに仕組まれたことじゃなくて、全部コイツの本心でやったことだと思っていいのだろうか。
あまりに漫画じみたその展開を、父さんの作為でできたものだと考えなくて、いいのだろうか。
そう思いたい。
そう信じたい。
「ありがとう」
涙を拭いながら、俺は礼を言った。
「ああ! じゃあ母親に連絡して、いつなら金受け取れるか聞いてみてくれるか?」
俺は首を振って、阿古羅から離れた。
「俺じゃなくて、阿古羅がそれ聞いて。それで、……俺にいつどこで母親と会うとかも言わなくていいから、一人で金渡しに行って」
「え?」
「俺、まだ、母さんと会う勇気でない」
俺は阿古羅の手からスマフォを奪い取ると、それのロックを解除してから、もう一度阿古羅に渡した。
「……海里、本当にそれでいいのか?」
受け取ったスマフォと俺を交互に見つめて、阿古羅は言う。
「いい」
「たぶんいつまで経っても、そんな勇気なんてでないぞ。それでもいいのか?」
「……いい」
「わかった」
阿古羅はしぶしぶといった様子で、母さんにラインを送った。
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