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人形は楽しんだ。――自分だけの神様と暮らす日々を。
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「お礼を言うのは私の方よ、海里。泣いてくれてありがとう。本当に嬉しかったわ」
母さんは俺の背中をそっと撫でてから、抱擁をやめた。
「フッ。よかったです。本当に俺に払わせるつもりだったら、どうしようかと思いましたよ」
余裕そうに笑って、零次はいう。
俺は零次のその顔を見て、ある仮説を思いついた。
「……零次、まさか母さんをここに呼んだのは、こうするのが狙いだったのか?」
「ああ。だってこん中、空だし」
テーブルの上にあるお年玉袋を俺に見えるように開けて、零次は笑う。
袋の中には、本当に何も入っていなかった。
「はあ? お前、母さんが払わないっていったらどうするつもりだったんだよ!」
俺は思わず零次を睨み付けた。
「一昨日の電話の時点で、海里の母さんが悪い人じゃないのは分かったから、そうなることはないと思ってた」
「だからって、なんでそこまでしたんだよ」
俺は頭を抱えた。
頭が可笑しい。
母さんが学費を払うという保障なんてどこにもなかったのにあんなことをしたなんて、本当に可笑しい。
「えーだって、ああいえば、海里のこと本当に大事に思ってるなら、必ず学費払うって言ってくれると思ったから」
「……お前、変だよ。すげぇ変」
「変じゃねえよ。海里の人生が良くなるよう行動してるだけ」
「だからそれが変だって言ってんだよ!」
「変じゃねえよ。だって俺、海里の事すげぇ大事だし」
「……ありがとうっ!」
俺は涙を拭いながら、礼を言った。
「たっく。しょうがねぇな」
零次は呆れ顔で笑った。
「零次くん、私からも言わせて。海里と友達になってくれて、本当にありがとう。これ、よかったら使って。大した足しにはならないと思うけど」
「えっ」
母さんが財布から取り出したのは、十枚ほどの商品券だった。
思わず声が漏れる。
水商売の仕事をしてる時にお偉いさんからもらったりしたのだろうか。
「え、お母さん、生活苦しいんじゃないんですか?」
零次が商品券と母さんを交互に見ながら言う。
「いいの。こういうのは気持ちだから。それに商品券なんて使うとこ限られちゃうし、全然大したものじゃないから。一枚千円だしね」
そう言って、母さんは零次に商品券を差し出す。
「ありがとうございます。お母さん、お仕事頑張ってくださいね。それでいつか、コイツを養えるようになってください。それまでは、俺がきちんと面倒見ますから」
零次は笑って商品券を受け取った。
「ええ、そうさせてもらうわ。本当にありがとう、零次くん。それじゃあ、私はそろそろ失礼するわね」
母さんは笑って席を立った。
「あ、母さん」
慌てて涙を拭って、母さんに声をかける。
「ん? どうしたの海里?」
「……学費、払うって言ってくれてありがとう。嬉しかった」
俺は、小さい声で礼を言った。
「お礼を言うのは私の方よ海里。学費を払わせてくれて、本当にありがとう。零次くんと仲良くね」
母さんは目を見開いた後、俺を再び抱きしめた。
一年半ぶりに、抱擁を残酷じゃないと思った。
抱きしめられても、辛いと感じない。
「……うん、母さんも、元気でね」
母さんの背中に腕を回して、俺は囁く。
「……ええ。海里も、ずっと元気でいてね」
「うん」
俺が頷くと、母さんは背中から手を離して、笑ってテラスを去っていった。
「一発くらい殴ってよかったんじゃないか?」
フードコートから母さんの姿が完全に見えなくなると、零次はテーブルに肘をつけて、不満そうに口を尖らせた。
「殴んなくていいよ。恨んでないって言ったら嘘になるけど、別に殴りたいと思うまで恨んでないから」
「本当にそう思ってんのか? 俺は今すぐにでも殴りに行きたいくらいなんだけど」
「何発くらい殴りたい?」
興味本位でそう言ってみると、零次は真剣な顔をして腕を組んだ。
「十発……いや、五十発くらい殴っていいんじゃないか? いや、それでもまだ足りねぇな。お前がされた仕打ちを味合わせるには、殴るだけじゃ余りに物足りなすぎる」
「アハハハ!」
興味本位で言っただけなのに、零次が余りにも本気でものを言うから、俺はつい声をあげて笑ってしまった。
「な、なんだよ」
零次がうわずった声で言う。どうやら俺の声に相当びっくりしたみたいだ。
「ありがとう、零次。俺のためにそんな風に言ってくれて、本当にありがとう」
零次が俺のためを想ってそんな風に言ってくれることが、とても嬉しかった。
「別に、礼言われるほどのことじゃねえよ」
頬を真っ赤にして、零次は言う。顔が赤すぎてリンゴみたいだ。
「顔、真っ赤だぞ?」
「うるせー! いつも赤くしてる奴が言うんじゃねえよ!」
口を尖らせて、不機嫌そうに零次は言い返す。
まるで、反抗期絶頂の子供みたいだ。
「本当にありがとう、零次。俺、零次が友達で良かったよ」
拗ねている零次の肩に軽くよりかかって、俺は笑った。
地獄みたいな世界から俺を救ったのは、学校中でチャラいって噂されてて、死をとても怖がっている謎めいた男だった。あまりに漫画じみたその展開を、とてもいいものだと感じたから。
こいつのそばに、一生いたいと思ったから。
「海里」
零次はてりたまのたこ焼きを爪楊枝でさすと、それを俺の口の中に入れた。
「何これ? あまっ!」
たこ焼きは冷めてたけど、甘い照り焼きソースと卵が絶妙に合ってて、とても美味しかった。
「だろ? こっちも食う?」
零次が明太マヨのたこ焼きを爪楊枝で刺して、俺の口のそばにやる。
俺は爪楊枝を持ってそれを食べた。
食べた瞬間、明太子の辛さがものすごい口に広がった。
「かっら!!」
「ククク。海里素直すぎだろ!!」
そう言って零次は声を上げて笑った。
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