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目を薄く開ける。酷く頭が朦朧とする。何をしていたっけ、と考えようとした際に、声をかけられた。
〔…あぁ、ようやくお目覚め??〕
おっそいね、と目の前で鬼の面をかぶった男が牧をせせら笑う。
「っひ…!!」
悲鳴をあげた牧は、自分の状態を把握して絶句した。廃屋だろうか。むちゃくちゃ埃っぽく、黴臭い、砂塵舞うだだっ広い屋内にいて、牧はパイプ椅子に座った状態で、ロープで何重にもぐるぐる巻きにされている。全く身動きが取れない。
目の前の鬼の面をした男は、白井に何らかの情がある男らしい。現在は機械音声で誤魔化しているが、声の調子が同じだった。
白井を知っているらしいが、白井本人には見えない。パッと見でわかる。目を惹くほどガタイがいい男なのだ。儚げで優等生の白井とは似ても似つかない。何より、言葉遣いが荒い。
鬼の面をした男は鉄パイプを持っていた。繰り返し、億劫そうに鉄パイプを一方の手で振っては一方の手で受ける。そんな行為を繰り返している。
牧の近くにいるのは、鬼の面をした男だけではなかった。おかめの面、キツネの面、ウサギの面…。…全員で四人いた。
〔オレ、そんなに気が長くないんだよね。本題から入るわ。…これ、なぁ~んだ??〕
からかうように言われた後で、鬼の面の男が取り出したのは…見間違えるはずもない。牧が下駄箱で拾った、真っ赤なバラだった。
「おっ、俺のバラ!!返せよ、てめぇふざけんな!!」
罵声を浴びせながら、精一杯四肢を暴れさせるが、頑強なロープはビクともしない。鬼の面の男は心底愉快そうに腹を揺すって笑ってみせた。
〔そうだよ、君のバラ。正しくは…。〕
やや間を置いて、鬼の面の男は再び口を開く。
〔君が“盗んだ”バラ、だ。〕
牧は…硬直した。が、すぐに己を取り戻す。
「…ちッ、違う!!それは俺が下駄箱で拾ったバラだ。俺の下駄箱に飾ってあったバラだ!!返せ、ドロボウ!!てめぇのが盗んだんだ!!」
刹那。
鉄パイプが床めがけて思いっきり打ち下ろされた。空気がビリビリ震えるような、轟くほど大きく鋭い音がした。
〔…オレが知りてぇのは、てめぇが何でそのバラ盗んだとか、盗んだ理由とかどうでもいいわけ。オレが知りてぇのは、そのバラが飾られた生徒の名前。そんだけ。〕
わかる??、と鬼の面は小首を傾げる。牧は…喉から声を振り絞る。
「そんなん知って、どうするんだよ。」
ふーふーと小さく威嚇の息を吐き、目の前の大物だろう敵を睨みつける牧に、鬼の面の男は中腰になってわざわざ相手と視線を合わせ、すんなり答えた。
〔…だから、ゲームだよ。〕
「…は??」
牧の間の抜けた声が、廃墟らしい建物内に響き渡る。
〔二年三組の誰かの下駄箱に、毎週月曜、バラを飾る。それが誰なのか当てるゲームなんだよ。白井もゲームに参加している。だからお前に訊いた。〕
牧は、思い出す。白井の、困惑した表情。
≪そんなはずは、ない。≫
あれは、最初からゲームのルールを把握していたからこそ、あんな風に怪訝そうにしたのだ。
「…でも、誰が何のためにそんなゲームを…。」
カァンッ、と鉄パイプが再び啼いた。びりびりと痺れる鼓膜。目の前の鬼の面は、退屈そうに首を回す。
〔だからさァ、牧クゥ~ン。お互い、余計な詮索はナシにしよっつってんの。…オレの配慮、イラナイ??〕
「…ッ」
一瞬で顔を真っ青にして、牧は顔を左右にブンブン振った。
…誰だって、探りを入れられるのは好きではないはずだ。
〔じゃあさ、とっととゲロッちゃおっか。…お前、誰の下駄箱からそれ盗ったの??〕
「盗んだんじゃ…っ」
〔そういう話じゃねぇっつってんだろ!!〕
鉄パイプは鳴らない。代わりに鬼の面の男が怒鳴った。真っ赤な鬼の面。憤怒に歪む、やけに現実感たっぷりのお面。
「…イのです。」
鬼の面は気だるそうに、首を捻った。
〔…聞こえねェな…。〕
「・ ・ ・~っ。」
牧は奥歯を噛みしめる。自分が絶対に他人に触れられたくなかったもの。胸の内の酷く神経質な温もりを土足で踏みしめられる。いつの間にやら、こみ上げてきた理不尽な怒りに目から熱い涙が競りだす。涙が頬を伝い落ちれば、不格好に鼻水が垂れてくる。涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになる。それでも、牧は地べたを舐めるような屈辱的な気持ちに冒されながら、腹からありったけの声を上げた。
「新山…瑠璃センパイの、下駄箱にあったんだよ!!」
散々喚き散らした後で、目をうっすらと開ける。涙で曇り切った視界の向こう側で、臨場感たっぷりの鬼が、冷酷に自分を嘲笑する。
「サイッテーだな、お前。」
「…っ。」
誰に笑われようとかまわない。自分が選んでやった行動だ。責任をとる覚悟はできている。
牧は自身の醜い嫉妬心から、好きな先輩の下駄箱前に飾られていたバラを横取りして…鬼の指摘通り、盗んだのだ。
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