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黒田はあっけにとられている現生徒会長の前でストローに口をつけ、一言。
「…甘くない。」
と、仏頂面で宣う。…白井は、やれやれと言いたげに肩を竦めてみせた。
「お前がいつも飲んでいるコーラじゃないんだ。甘いわけないだろ。」
「ああ。…だが、たまには悪くない。」
そう感想を口にした後で、黒田は騒々しく音を立ててストローを吸う。紙パックの中身、白い液体が黒田の熱い口腔に入って、その雄々しく張り出した喉仏が上下するタイミングで嚥下しているのだと考えると、白井は酷い背徳感と羞恥心に襲われ…相手から目を反らした。
「どうして、教室に…。じゅ…っ、授業受けて帰るのか??」
ストローを口から離した黒田は、あっけらかんと答える。
「まさか。…お前の牛乳を味見しに寄っただけさ。ついでに、これ教えに。」
窓際からこともなげにポイと投げ入れられた写真には、一人の女子生徒が映っている。
大人びた容姿。腰より少し短い亜麻色の長髪。目元が少しきついためか、真顔で撮影されたその写真は、少し迫力があった。
「新山瑠璃。…次のゲームの“ターゲット”だ。」
白井はその写真を拾い上げ、まじまじと眺めた後で、相手に目を遣る。
「…どうして、わざわざ教えてくれるんだ??」
現生徒会長の言葉を聞いて、黒田は眉根を寄せてみせた。
「ゲームはフェアな方が好みだ。」
「なるほど。」
白井は頷きかけ…、さっと前生徒会長に視線を移す。
「その…この間はサンキュな。」
急にそわそわしだす現生徒会長に対し、黒田は不思議そうに問いかける。
「オレ、お前に何かお礼を言われるようなこと、したっけ??」
白井は一度、あからさまに絶句して肩を落としたが、気を取り直したように口を開く。
「始業式の後だよ。牧に掴みかかられそうになった僕を、助けてくれたの、君だろ。…まあ、いきなり首根っこを思いっきり後ろに引っ張るやり方は、僕の好みじゃないけどさ。」
現生徒会長の説明に、黒田は投げやりにああ、と凡庸な答えを返す。
「だから、別にお前がオレに礼を言うようなことじゃないだろ。…っつか、これからは気をつけろよ。生徒会長っていう上っ面の肩書きは、通用しない輩もいるからな。」
「…わかった。ターゲットに近づく時は、これまで以上に警戒しておく。」
白井は嬉しさ半分、残念感半分といった複雑な面持ちで、再び写真を眺めた。
「今週は、彼女の問題を先に解決した方が勝ちか。」
「ああ。」
そう、この二人は、秘密のゲームをしている。
二年三組は、大っぴらにはされていないが、実は家庭や環境に問題のある生徒ばかりが集められた、いわゆる問題児クラスである。
その二年三組の下駄箱に、毎週月曜、赤いバラが一輪、誰か一人の生徒のものに飾られる。飾られた生徒は“ターゲット”となる。
白井と黒田は、そのターゲットに近づいて月曜から金曜の五日間の内にその生徒が抱えている問題を解決しなければならない。早く解決した方が勝ち、一人でも多く問題を解決した方が最終的な勝者になるという、とんでもなく不謹慎なゲームをしていた。
「それはそうと、お前このまま帰る気か??気が向いたならでいい。一時間だけでも、授業を…。」
言いかけて白井が顔を上げた時には、ベランダやその付近に元生徒会長の姿はなかった。ただ、黒田が来る前と同じく、窓枠に牛乳の紙パックが知らんぷりを決め込んで鎮座しているのみだ。
「…ったく。」
白井が短く息をついた、直後。
「白井~、牛乳分けてくれ~!!」
人懐っこい笑みを浮かべた羽柴が、また白井へと近寄って来る。白井は瞬間、目にも止まらぬ速さで、紙パックを掴んでストローを口元へと運んだ。
「…やっぱ気が変わった。この牛乳は誰にもやらん。羽柴、そんなに飲みたいならお前が新しいの買ってこいよ。」
奥歯まで差し込んで、白井はストローをゆっくりと噛んでから、一口だけ吸い上げる。柔らかいプラスチックの歯触りに自然と笑みがこぼれた。
「ええ~。さっきまでいいって言っていたじゃん。白井のケチ~!!」
地団駄を踏む羽柴をよそに、白井はぽつりと呟く。
「…甘くて甘くて、胸がいっぱいだ。」
本音を吐露した白井に対し、羽柴は首を捻って不思議そうな顔をする。
「何言ってんの、白井。牛乳なんだから、甘いわけねぇ~じゃん。」
白井は牛乳パックの表面をするりと片手で大切そうに撫でて、そうだな、と浅い頷きを繰り返す。
「…砂糖が入っているわけでもあるまいし。甘いわけ、ないのにな。」
ふふっと微笑む白井の横顔を、羽柴は心底珍妙なものでも見ているかの表情を浮かべてみせた。
毎週月曜日、二年三組の誰かの下駄箱に真紅の狼煙が立ち上る。
悪趣味な遊戯は一体誰が、何のために考案したものか。
そして、その遊戯に耽る白井と黒田にはどんな理由があるのか。
謎多き箱庭に運命の月曜が巡りくる時、新たな朱が花開く。
〈真紅の狼煙 おしまい〉
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