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意地悪なのに優しい人⑤
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バラバラバラバラ。
小児科病棟に勤務してから数日後。屋上に1台のドクターヘリが降り立った。その瞬間、物凄い風圧に吹き飛ばされそうになる。
つい先程飛び込んだ、急患受け入れの要請。時刻はもうすぐ日勤帯が終わる時間に差し掛かっており、明らかに受け入れられる状況ではなかった。
きっと、今晩の緊急当番に任せて断るんだろうな……可哀想に……。
ドクターヘリを使うくらいだから、きっと命に関わる状況なんだろう。もしうちが断ったら、最悪手遅れで死んでしまうかもしれない。
そう思って唇を噛み締めた瞬間、
「はい。受け入れ可能です」
「え?」
「患者さんの情報いただけますか?はい、はい……」
成宮先生がドクターヘリの受け入れを、躊躇いもなく承諾したのだ。
搬送元の医師から聞いた患者の状態を、メモしている。
「はい、ありがとうございます。お待ちしてます」
電話をきった成宮先生が、次に色々な所に電話をし始めた。
「もしもし小児科医師、成宮です。輸血をお願いしたいのですが。O型、全血と……」
「すみません、これからドクターヘリが来るので手術室を使います。対応できる麻酔科の先生いらっしゃいますか?」
「これから10分後にドクターヘリが来るんですが、MRIの撮影をお願いしたいのですが……」
そのあまりにも手早い対応に、呆気にとられてしまう。
でも良かった……成宮先生が受け入れてくれて。
俺は心からホッとして泣きたくなった。
そして、数分後、準備か整ったところでドクターヘリが到着した。
ヘリコプターの扉が開くと、搬送元の病院の医師に看護師、それと泣き叫ぶ母親が降りてくる。
次いでストレッチャーに乗った、まだ小さな小さな男の子が降ろされた。
その子は『村上優太(むらかみゆうた)君』。1歳8ヵ月。お昼ご飯を食べた後、元気に遊んでいたらしい。大人しく玩具で遊んでいたと思ったら声がしなくなったため、母親が様子を見に行ってところ、口から泡を吹いて倒れていた……とのことだ。
優太君はグッタリしており、全身が浮腫んで皮膚が紫色に変色している。揺れるストレッチャーの上で、優太君の小さな体も力なく揺れていた。
「明らかに手遅れだ……」
咄嗟にそう感じる。
それと同時に、俺は強い恐怖を感じた。
俺だったら、この子に何をしてあげられるだろうか。
「成宮先生……」
「ん?」
俺は咄嗟に成宮先生の白衣を掴んだ。
「大丈夫……ですか?」
「そんなんわかんねぇよ」
「え?」
「ただ、やるだけの事をやるだけだろ?」
その真っ直ぐな瞳を見た瞬間、俺の胸がまた甘い不整脈を打ち始める。
トクン……トクン…。
「水瀬、良く見とけ。小児科ってのはな、風邪を引いたくらいの子供ばっかじゃない。この世に生を受けて、『これからまだまだ続いて行かなければならない命』を守る為の戦場なんだ」
「これから、まだまだ続いて行かなければならない命……」
「あんまりopeが長引くようなら先に帰ってろ」
それだけ言い残すと、成宮先生は俺に背中を向ける。
あ、行っちゃう……。
「成宮先生!!」
「あ?」
俺の声にに成宮先生が迷惑そうな顔で振り向いた。
「頑張ってください!!」
何で自分が成宮先生を引き止めたのかはわからなかったけど、涙が溢れて来てしまった。
だって、貴方……かっこ良すぎでしょう。
「お前に言われたくねぇんだよ!バァカ!」
口が悪い割には、凄く優しく笑ってくれる。その笑顔で俺の甘い不整脈はどんどん悪化して行き……呼吸も苦しくなってきてしまう。
なんだよ、これ……。
俺は、意味の分からないこの不快な症状に、この先苦しみ続けることになるなんて……その時の俺は、思っても見なかった。
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