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意地悪なのに優しい人⑭
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その日は突然訪れる。
ううん。来るべき日が、来たのかもしれない。
出勤と同時にPHSが鳴り、俺と成宮先生は急いで病棟に向かった。その時には、すでに沙羅ちゃんの体に付けられている機械のアラームが鳴り響き、忙しなく看護師が走り回り、その場は騒然としていた。
「先生、沙羅ちゃんが……」
今にも泣きそうな看護師さんが、俺に縋るような視線を向けてくる。
俺の手に、小さな命がのしかかった瞬間だった。
「どうしたら……」
体がカタカタ震えて、体温が一気に引いて行くのを感じる。
今まで習ってきた授業や、頭に叩き込んできた教科書が、全然役に立たないことを思い知った。頭が真っ白になり、思わず叫び出したい衝動を必死に抑える。
「大丈夫だ。俺がついてる」
「先生……」
「とりあえず、ハムスターみたいにプルプル震えてないで、せめてハッタリでもいいからチワワ位の威勢を見せてみろよ?」
「は、はい」
先生の優しい笑顔に、俺は救われたのだった。
「とりあえず、どうすんだ?」
「あ、はい。まず心拍数が落ちてるので強心剤を点滴に入れて、低体温になってるから保温して……輸血をします」
「OK。上出来だ」
俺は大きく深呼吸をして、邪魔な白衣を脱ぎ去った。
やれるだけのことはやったけど、沙羅ちゃんの容体は変わらなかった。
朝、沙羅ちゃんのご両親に連絡を入れたら、すぐに面会に来てくれた。ずっと沙羅ちゃんのベットの近くで、優しく話しかけたり、体を擦ってやっている。それでも、沙羅ちゃんが反応することなんてなかった。
その光景を見ているだけで、俺の目頭が熱くなる。
「なんとかしてあげたい」
という医師としての思いに、
「可哀そう」
と思う同情の心。その2つの感情が、俺の中でグラグラと揺れて、まるでナイフのように心をズタズタに切り裂いていった。
「水瀬。お前が泣いてどうすんだよ。医者が泣いたら、みんなが不安になる。だから、最後まで『医師』っていう仮面は外すな。泣くのなんていつでもできる」
「はい」
「いい子だ。最後まで頑張れ」
トクントクン。
嫌だ……また胸が痛い。
息もできないし、心臓が痛くて仕方ない。こんなの、普通じゃない。
貴方は本当にズルい。いつもは俺にだけ素っ気なくて、冷たいのに……それなのに、こんなにも優しい。
その温度差に、俺はついていけない。
「成宮先生」
「ん?」
ほら、その不愛想な返事。他の人にだったら、「どうしましたか?」なんて、もっと優しい笑顔を向けるはずだ。
何で、俺にだけそんなに素っ気ないんですか。
俺だって、俺だって……貴方に笑いかけて欲しい。
「俺、病気みたいなんです」
「病気?お前が?」
「はい。貴方の傍にいると、心臓がドキドキして、息ができなくて、苦しい……」
「お前……」
「親友の柏木に聞いたら、不治の病だし、薬も処方できないって言われました。でも、成宮先生なら、俺のこの病気が治せるって……」
俺は、目に涙を一杯浮かばせながら、成宮先生を見上げた。
「先生、俺苦しいんです。どうか、この病気を治してください」
「水瀬……」
「胸が苦しくて仕方ないです……」
俺の頬を涙が伝った瞬間、ピリリリリリリッ。
俺のPHSが緊急を知らせた。
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