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キーリエルとマリエル
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白く艶のある羽と、金もしくは銀色に輝く頭上の輪。天使たちの、誇り。
天界にてきびきびと働くキーリエルも例外ではない。自慢の純白の羽、きらきらと透けるような銀髪に、頭の上には銀色の輪をいただきながら、今はーーー次の仕事の段取りの確認を行なっている。
今度の仕事は、人間界の観察だ。
人間の姿に擬態し、実際にその社会に降りて溶け込みながら彼らの諸々を観察。その内容を定期的に天界へ報告することになっている。
その仕事では、マリエルという天使とバディを組むことになっている。これまで面識はなかったが、先ほど顔合わせを済ませてきた。
朗らかで明るい印象の、男性の天使。自分と同じに純白の羽を持ち、髪と輪っかは、金色。一緒に仕事しやすそうで、よかったなと。
このときはただ、そんなことを思っていた。
*****
人間界。とある、郊外のマンション。その一室に、キーリエルの部屋はある。今日はここでマリエルと集まり、取った記録をまとめる作業をやっているのである。
「ねー、キール。ここさ……」
机に広げた書類の一点を指差し、質問をしてくるマリエル。それへ答えながら、キーリエルは密かに目を細めた。
やはり、近い……。
近頃の、マリエルとの距離感。何かと「近い」。たとえば今で言うと、そもそも座る位置が近い。その上質問しざま、さらに身体を寄せてきているし。
まずい、なあ。
たぶん、いや確実に、マリエルは自分を、確かな執着をもって、「好き」であること。
そしてそれを自分は確かに、嬉しいと感じていること。
キーリエルは、これまで人に近づきすぎて執着や肉欲に呑まれた天使が堕天させられるのを数え切れないほど見てきた。この仕事に就くにあたって気をつけていたつもりであったが、よもや自分と相棒が「そう」なってしまうとは。
ーーーだが、仕方ないではないか。
このことに対して、開口一番に出てくる開き直りの台詞である。
彼とは思った以上に気が合って、どれほど一緒にいても楽しくてーーーであればいつの間にか、なるだけ長い時間を過ごしたいと、そしてどうこうなりたいとさえ思うようになってしまうのも、無理はないではないか。
*****
いったん天界へ帰り、人間界の調査報告をするときが近づいてきた。マリエルと共に真面目に業務をこなしながらキーリエルが思うのは、
ーーーもう、無理だな。
で、ある。
天界に帰れば、一応姿というものはあるけれど、その身体は人間界のように分厚くこころを覆うものとは性質が異なる。よくも悪くも心と身体の差がない状態になり、よって思っていることが周りにばれることは不可避であり、自分がマリエルへ抱く、そしてたぶんマリエルからこちらへも抱く、ともすれば動物的とも言える感情も隠せなくなる。
そんなでは、天使はやっていられない。だから今度天界へ帰れば、自分もマリエルも、そのときに。
「あのさー」
今日も、キーリエルの家で二人で仕事中。休憩にカフェオレを入れてやるとマリエルが、
「もう、言ってもいいかな?」
と。
何をとは、聞かない。聞かなくても、分かるから。
キーリエルは、自身も砂糖入りコーヒーを啜りながら「ああ」とだけ応えた。
「ん。おれね、キールが好きだよ。キールもでしょ?」
「ああ。なんだか人に戻ったようだよ。お前が近くにいると、無性に心がざわついて。抱きたいとか抱かれたいとか、そんなことが頭をよぎって仕方ない」
「分かる。おれも全く一緒」
マリエルが眉を下げて短く笑った。
「天使やってるの、好きだったんだけどな。ま、仕方ないね」
「だな。だが、お前がいてくれるなら、それだけであとはどうだっていいとさえ思うよ」
言えば、「おれも」。マリエルがこちらを見つめる視線の、熱。同等の温度をもって、キーリエルはそれを受け止めた。
*****
上級天使の確認に、二人で全てイエスと答えると、いよいよ、そのときとなる。手を繋ぎ、頷き合い、一歩踏み出せば、地獄からの強い引力で二人の身体は高速で下へと堕ちていく。
その最中、マリエルを見た。金髪と白い羽がグレーから黒へと変化し、頭上の輪はすでに消えてなくなっている。
自分もそうなのだろうと、キーリエルの心にひとつ冷たい風が吹き抜ける。後悔はないが、やはり自分も天使という存在であることに誇りを持っていたので。
ーーーああ、でも。
マリエルと目が合うと、すっと伸びてくる腕。抱き寄せられるのへ当然抱き締め返し、ちょうどよく収まるその身体。確かに気持ちの釣り合う、多幸感。
やっぱりこれで、正解だった。
ふわ、
と、頬に何か柔らかいものが当たる感触で、キーリエルの意識は浮上した。薄く目を開けると、そこにはマリエル。やたら近いなと思えば、どうやら自分は彼を、知らぬ間に抱き寄せていたらしかった。
「ごめんね。起こしちゃった」
「いや……構わない」
「そ? よかった」
にこり、マリエルが微笑み、
「にしても、珍しいね。寝てるキールがこんなふうにぎゅっとしてくれるなんて」
「そう……だな。ちょっと、夢を見て」
「へえ、どんな?」
「お前と堕ちたときの」
「あー。懐かしいね……、」
マリエルが、その頃を思い出しているのだろう、目を閉じてしばし黙った。
「何もかも輝いてるあそこも、よかったけど」
マリエルが起き上がり、ベッドから出ると、その辺に落ちていた布をさっと拾い上げ腰に巻いた。生白いうなじに落ちる黒髪は、多少乱れているけれどそれもいい。
マリエルの背中に、黒い瘴気が集まって一瞬で漆黒の羽を形作った。キーリエルもだが、二人でいるのに邪魔だから昨晩は羽は消していたのだった。
マリエルの視線の先は、窓の外である。そこに広がるのは薄暗い空、淀んだ空気、歪な植物、のような何かーーーなど、など。
「でもあそこじゃ、できないことがあるからね。こっちに来られて、よかったと思ってるよ」
キールもでしょ?
こちらを向いて問われ、いつかのようだと、キーリエルも懐かしい。「もちろん」と答えながら、自分もベッドから出、腰に布を纏ってマリエルの隣へ移動した。ぱ、と背中に出すのは、彼と同じに黒々と輝く羽だ。
キーリエルは、マリエルのおとがいへと手を伸ばす。顔を近づけ目を閉じて、唇へ口づければ、腰にまわってくる腕。
このまま、今からひとつにならないかと。あそこにいたら、許されなかった。提案するのも、是と答えてもらうのも。
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