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御主人様と奴隷
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「あ、そういや俺転校するから」
それは、突然のことだった。
山の奥にある馬鹿みたいにでかい学園の中、その中でも一際でかい生徒会室にて。
御主人様――もとい岩片凪沙(いわかたなぎさ)はその会長席にふてぶてしく腰をかけ、膝の上に乗せた全裸の会長様の顎の下をいやらしく撫であげる。そんな岩片の仕草にとろりと目を細め、体を震わせる会長様に以前の威厳は跡形もなかった。
「そんな話、俺は聞いてねえんだけど?」
「まあ、言ってねーしな」
「お前な……」
「だから今言ってんだろ」
なー、と会長様にキスをしながら岩片は笑った。量の多いもっさりとした黒髪。そして今どきジョークグッズでも見ないような分厚い瓶底眼鏡のそのレンズの奥に反省の色など見えやしない。
こいつがこういう性格ということは俺は身を以て知っていた。だから今更なにを言われても驚いたりなどしない――とタカを括っていたが、やはり岩片は俺の予想を裏切っていく。
――無論、悪い意味でだ。
「お前、転校してきてそんなに経ってなかっただろ? なんでまた急に」
「んー……、なんでだと思う? ……っ、と、こら、逃げんなって」
「ぁ……っ、は、……ッ!」
「――飽きたから」
逃げようとしていた会長様の細い腰を捉え、その生白い股の奥に見たくもねえもんを突き立てたまま岩片はこちらを見た。
――正解、とほんの一瞬岩片の口が動いたような気がしたが、それもすぐ「ああっ」という会長様のなんとも女みてーな声によってかき消されてしまった。
「ッあ、ゃ、やだ……ッ」
「やーだ、じゃねえだろ? ……そこは『もっとしてください』って教えたばっかだろうが、ほら、リピートアフタミー」
「っ、も、……っ、もっと……ぉ……」
「おーよしよし、よく出来たなぁ。……っ、ご褒美に中で出してやる」
「……っ、ぁ……ああ……っ!」
ぬちぬち、ぐちゃぐちゃ、パンパンと。
他人のセックスしてる姿はなんとも滑稽なことだろうか。俺たち人間が動物だったのだと思い出されるようなそんな気持ちにならざる得ない。
……ってちげーわ。
「で、今度はどこに行くんだよ」
「……っ、は、ド田舎にある男子高……ここみたいに全寮制だってよ」
ここは都心部に近い全寮制男子校だ。
分厚い柵に囲われ、どこか閉塞的なこの学園は学生寮から通う生徒が大半で――それは俺も同じだった。
この学園は、地元でも有数の金持ち校として有名だ。そのお陰で保護者の方々からの援助により無駄に設備は整っていたのだが、田舎となるとどうなのだろうか。こんな贅沢空間で慣れきっているこいつは大丈夫なのだろうか、と余計な心配をしてしまう。
「お前がいなくなるんなら、送別会でも開かねえとな」
「いらねえよ、そんなの。どうせなら乱交パーティーでもやってくれ」
しかもこの言い草だ。色情魔の薄情者。本当に我ながらろくでもねえご主人様だと思う。
そんなとき、どこを見てるのか分からない分厚いレンズ越し、確かに岩片はこちらを見て笑った。
「んでさ、お前もこいよ」
ばちゅん、と岩片が腰を打ち付けたと同時に、岩片の下にいた会長様は大きく胸を弓なりに逸し、そのまま自分自身に向けて射精するのだ。制服が汚れないようにそれを掌で受け止めてやっ岩片は「いっぱい出たじゃねえか」と会長様のお腹を優しく撫でる。
……一瞬誰に言ってるのかわからなかったが、確かに悪趣味な瓶底眼鏡はこちらを向いていた。
「……もしかしてそれ、俺に言ってるのか?」
「お前しかいねーだろ、ハジメ君」
「どこに」
「転校先」
「いきなりすぎじゃね?」
確かに突拍子もなく、とんでもない思いつきばかりをする男だと思っていたが、ここまでとは。
呆れ果てる俺に、「今更だろ?」と岩片は唇で弧を描く。相変わらず厭な笑い方だ。
確かに、今更ではある。岩片と出会ってから今までのことを思い返せば、納得せざるを得なかった。
いつだってこいつは俺のリードを掴み、命じてくる。そして俺はそれに甘んじていた、利害は一致していた。
だから俺は岩片に従っていた、のだが。
「……んなこと言われてもな」
「ハジメ。言っとくけどこれ、命令だから」
渋る俺に、岩片は思い出したように口をする。
命令。いい響きだ。俺に考える暇すら与えるつもりないのだ、この男は。
「……仕方ねえな」
……息を吐く、渋々ついていってやる体のつもりだったが、これからのことを考えると胸が躍る。こいつに振り回されるのは疲弊を伴うが、それ以上に刺激がある。今回の横暴ですら許せてしまうのだから手遅れだろう。
「岩片凪沙親衛隊長として、どこまでもお供してやる」
宣言する俺に、岩片は、ハッと喉を鳴らして笑った。皮肉気な笑みを携えて。
「やっぱお前が言うと決まんねえな」
「だまれフルチン」
そんな経緯もあり、宣言通り俺の華やかな学園生活は破天荒な御主人様の突然の一言で幕を閉じることになった。
『馬鹿ばっか』
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