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episode 6
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それは、大学の帰り道のことだった。
「一緒に帰ろう」
と声を掛けた俺から逃げようとした碧の腕を、俺はギュッと掴んだ。
今日は逃がさない、そんな思いを込めて。
そんな俺に腕を掴まれたまま、碧は渋々と歩き出した。
自宅の最寄り駅で電車を降りて、俺達は子供の頃良く遊びに来た河川敷へとやってきた。
キラキラと真っ赤に光る太陽が、川の向こうへと沈んで行こうとしている。川が止めどなく流れていく水音に、河原に生える薄が風に揺れるサラサラという音。
その全てが心地よくて、俺は大きく伸びをした。
碧は、何をするでもなく、ボーッと景色を眺めている。その姿は、まるで捨て犬のようにも見えた。
なぁ、小さい頃よくみんなで影踏みしたよな。
鬼になれば、必死でみんなの影を追いかけるんだけど、逃げられちゃってなかなか影が踏めないんだ。
ようやく踏める!と思った瞬間に、日陰に隠れられてしまって、影さえ見なくなってしまう。
碧は、そんな『影』と同じだよ。
俺は一所懸命追いかけるんだけど、もう少しで影が踏めそうになるところで、お前は日陰に隠れてしまう。
もう少しで影が踏めそうだったのにな、って悔しくもあり、寂しくもある。
でもさ、俺がお前のお日様になって、日陰を照らしてあげたいんだ。
だから、そんな寒い寒い日陰なんかに隠れていないで、こっちにおいで?
出てきてくれたら、俺はお前を抱き締めたいんだ。
「碧、捕まえた」
もうすぐ沈んでしまそうな夕暮れに照らされ、長く長く伸びた碧の影をそっと踏んだ。
ようやく捕まえた。
だからもう、絶対に逃がさないから。
「今度こそ、捕まえた」
背後から碧を抱き締める。
久しぶりに感じる碧の体温に、匂い。鼻の奥がツンとなった。
碧が照れ臭いのか、気まずいのか、俺の腕の中から逃げようとしたから、両腕に力を籠める。
絶対に離してなんかやらないよ。
「なぁ、碧。お前はあの日のこと覚えてないって言ってるけど……」
碧の体がみるみる強ばっていくのがわかる。
「それって嘘だろ?」
「う、嘘じゃない。本当に覚えてない」
「嘘だよ。碧は嘘をついてる」
「嘘じゃない」
「この強情が……」
強がる碧が歯痒い。
でも、それさえも愛おしい。
「本当に、覚えてなんかないから」
碧の肩が小刻みに震えているから、もしかしたら泣いているのかもしれない。
そんな碧を目の当たりにすれば、俺まで泣きそうになってしまった。
「碧……。お願いだから、あの夜の出来事を無かったことにしないでよ。俺等が必死に抱き合った事実を、記憶から消そうとしないで……」
堪えきれず、涙が頬を伝った。
「お願い。無かったことにしないで」
碧の肩に顔を埋めて、強く強く抱き締める。
「俺は、絶対に無かったことなんかにしたくない。だって俺は、碧が好きだから」
言葉にした途端、好きっていう思いが、俺の心の底からふつふつと湧き上がる。
俺の心の中のティーカップからは、碧への思いがどんどん溢れ出して、小さな水溜まりを作った。
『ありがとう、桔平。俺は、お前に抱かれたことを一生忘れないから』
激しい絶頂を向かえた瞬間、腕の中の碧が囁いた言葉。
今になって鮮明に思い起こされる。
涙でグチャグチャになった顔で、それでも懸命に笑顔を作りながら、必死に伝えようとしてくれていた。
そんな碧が愛しくて、俺はキスをしたんだった。
「なんで、忘れたフリなんかしてるの?」
「……桔平?」
「大丈夫だよ、碧、大丈夫だから。全部話して?俺、ちゃんと全部受け止めるから」
碧が首をフルフルと横に振る。
本当に強情な奴だ。
どうしてくれようと、頭の中で作戦会議を開く。そして名案を思い付いた。
「ねぇ、碧。お前の大好きな俺の唇。ほら、ハムハムいいよ」
碧と向かい合うために、俺は碧の真正面に回り込んだ。
顔を覗き込めば、泣きべそをかている。可愛そうになってしまい、今度は正面から抱き締めた。
「ほら、食べていいよ?」
「ヤダ、恥ずかしい……桔平からして?」
「え?なんて?」
本当は聞こえてるけど、恥ずかしがる碧があまりにも可愛いから、意地悪く聞こえないフリを決め込む。
もっと、可愛いい碧を見ていたいから。
「キス、して……?」
照れてるらしく、唇を尖らせながら上目使いでキスをねだる碧は本当に可愛い。
その唇にそっと自分の唇を重ねれば、想像以上に甘いキスでとろけそうになった。
ハムハムと俺の唇を甘噛みする碧。
ちょっと痛いけど、よっぽど俺の唇が気に入ったようだから……飽きるまで好きにさせてやった。
「帰ろうか?」
このままキスを続けていれば、俺の下半身が再び善からぬことを招きそうで……慌てて碧の体を引き離す。
「ケチだなぁ」
最後に、ハムっと唇を噛んで俺から離れた。
俺の隣を歩く、碧の手をそっと取って指を絡める。
幼稚園児だって手くらい繋ぐのに、2人で赤面してしまった。
その時、強く北風が吹いたから、パーカーのポケットに繋いだ手を強引に突っ込む。そしたら、「あったけぇ」なんて笑ってた。
「なぁ、なんでさ、全部覚えてないとか嘘ついたの?」
「…………」
「なんで?」
繋いだ手をブンブン振り回しながらか顔を覗き込めば、恥ずかしいのか俺の肩に顔を埋めた。
「お願い、教えて?」
優しく碧の頭を撫でてやる。
「俺さ、ずっとずっと前から、桔平が好きだったんだよ」
春風を含んだ風が、碧の前髪を揺らした。
「へ?」
「気付かなかったでしょ?もう長いこと隠してきたから。友達を演じるのも慣れっ子で……」
碧が寂しそうに笑う。
「あの晩、酒に酔った勢いでもいい。桔平の一瞬の気の迷いでもいい。たった一度だけでいいから、俺は桔平に抱かれたいって思った」
「……碧……」
「あの幸せな時間を思い出にして、これからも桔平の傍にいようって、心に決めたんだよ」
俺を見る碧の目から、見る見るうちに涙が溢れてきたから、唇でその涙を掬ってやる。
「あの晩のことを覚えてることで、桔平との関係が壊れるのが怖かった。嫌われるのも怖かった。桔平の傍にいられなくなるくらいだったら、覚えてないって嘘をつき通したかった」
「わかった。わかったよ」
「嘘ついてごめん」
「大丈夫。それよりさ……」
ずっとずっと、好きでいてくれてありがとう。
愛しくて仕方ない。
大好きで仕方ない。
心が甘く、切なく震えて仕方ないんだ。
「なぁ、影踏みしながら帰ろう?」
「影踏み?」
「そう影踏み!碧が鬼ね!」
「え、いきなり!?」
さっきまでは、俺が碧の影を追いかけてたから、今度は碧が俺を追いかけて?
だって、俺ばっかり碧のことが好きみたいで、なんか平等じゃない気がするから。
ずっと日陰に隠れていた碧の影を踏めた。これからは、もう日陰に隠れることなんてないんだよ?
俺がお前のお日様になって、優しく優しく照らし続けるから。
「碧、俺のこと好き?」
「うん、大好き」
照れ臭そうにはにかむ碧は、本当に可愛い。
「ヤベ、勃ちそう……」
「桔平、お前……何言って……」
顔を真っ赤にして目を見開く碧が可笑しくて、腹を抱えて笑ってしまった。
「帰ったら、しよ……?」
突然投下された爆弾に、俺の鼓動はどんどん高鳴っていった。
下心ダダ漏れのまま、呆然と碧を見つめてたら、
「桔平の影踏~んだ!今度は桔平が鬼ね!」
そう言うなり、碧が勢いよく走り出す。
また、碧の影を追いかけることになっちゃった。
でも、まぁ……それも悪くないか。
だって、俺は今、こんなにも幸せなんだから。
俺はこれからも、碧の影を追いかけよう。
ずっと一緒だった俺達の、新しい恋物語の為に。
【END】
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