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episode5
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「あ、尚央。まだ帰ってなかったの?」
下駄箱をウロウロしていた尚央は、部活が終わって帰る途中の新に声を掛けられた。
もう時効は夜の7時を回っていて、空にはキラキラ星が輝いている。
つい先程まで新が部活をしていた体育館は、真っ暗になっていて、校舎に残っている生徒も見かけられない。
「うん。ちょっと用事があってさ……」
「ふーん、尚央は下駄箱に用事があったんだ」
「そ、そうだよ!悪いかよ?」
そんな尚央の顔を、新は少し屈んで覗き込んできた。
「もしかして、俺のこと待ってた?」
「はぁ!?」
その瞬間、尚央の顔が真っ赤になった。
「そんな事あるわけないだろ?」
「じゃあ、こんな時間まで学校で何してたんだよ?」
「だ、だから……用事があったんだってば……」
「嘘こけ」
「本当だもん」
消え入りそうに囁いた後、俯いてしまった尚央を、新がそっと抱き締めた。
「尚央は、俺を待ってくれたんだ?」
「べ、別に待ってなんか……」
「ごめんな、遅くなって」
「だから、待ってなんか……」
「寂しかった?」
「え……?」
「待ってる間、寂しかった?」
あまりにも優しい瞳で自分を見つめる新に、尚央の胸が甘く震える。意味もわからず、涙が出そうになった。
「……うん。本当は待ってた……」
「うん、ありがとう。待たせてごめんね」
尚央は新に抱きついて、胸元に頬擦りをする。
「素直になれない癖に、甘えん坊の尚央が、俺は凄く可愛い」
そんな新の囁きが、尚央の全身を甘い雷のように走り抜けて行く。
「帰ろう、尚央」
「うん」
興味本位から始まった関係は、いつの間にか新しい恋へと、その姿を変えていた。
その恋情は切なくて苦しいのに、尚央の心は春の陽だまりのようにポカポカと温かかった。
「あ、新発売のグミだ!」
「うん。旨いよ、食うか?」
「食べたい!」
隣を歩く尚央が目を輝かせれば、好きな子程苛めたいという新の悪戯心に、火を付けてしまったようだ。
「ひゃい。りょーぞ(はい。どうぞ)」
グミを口に咥えて、それを尚央に差し出てくる。
「あっ、えぇ?」
「ほや、早く」
「ちょ、ちょっと新……」
明らかに動揺してしまった尚央は、腕を掴まれて新に抱き寄せられてしまった。
意外と華奢な尚央の体は、新の腕の中にスッポリ収まってしまう。
誰もいない、学校の中。
そんなシチュエーションが、尚央の頭の中から常識をどんどん奪い去って行く。
それなのに、うるさいくらい心臓がドキドキと高鳴って……息さえできなくなった。
「ひゃい、りょうぞ」
意地悪な新は、敢えて尚央から来てもらえるよう、唇を尖らせる。
『俺からじゃなく、尚央から来て?』
尚央は、そう言われているように感じた。
「いただきます」
尚央が消え入りそうな声で囁いた後、新の首にそっと両腕を回す。
お互いの温かい吐息が頬を霞め、そっと唇が重ねられれて……ツルンと新の唇からグミが消える。新が驚いて目を見開けば、そこには恥ずかしかったのか涙ぐみながらグミを噛み締める尚央がいた。
「へへっ。オレンジ味だ」
「旨かった?」
「うん。もう一個ちょうだい?」
尚央は微かに震えながらも、何とか笑顔を作って見せる。
「全部やるよ」
「ありがとう」
新が強く強く抱き締めてくれたから、同じくらいの力で抱き締め返す。
尚央の瞳から流れる涙で、新の制服に小さなシミを作った。
「ほら、早く!」
「あ、待ってよ」
尚央と新が、学校帰りに立ち寄る公園。
今日は何だか離れがたくて、2人でその公園に立ち寄った。
よくここで、ぬるいコーラを飲みながら、クダラない話で盛り上がって……お互いの親から「早く帰ってこい」と電話が来るまで、ずっと一緒にいた。
そんな公園にある、ジャングルジムの一番高い所に登った新は、まだ下の方にいる尚央に笑いかける。
「早くおいで?」
「今行くよぉ」
必死でジャングルジムによじ登れば、新が手を差し出してくれる。その手に捕まれば、ヒョイッと頂上まで抱き上げてくれた。
「やっと追いついたよぉ!」
「あははは!やっぱり化学部は駄目だなぁ」
「うるさい」
新は下唇を尖らせて拗ねる尚央の頭を、優しく撫でる。その心地良さに、尚央は目を細めた。
「いつから、こんなに尚央を好きになったんだろうって、不思議になるんだ。ぶっちゃけ、本当に始まりは、『尚央なら、自分の全てを受け入れてくれるんじゃないか……』っていう、好奇心だった」
尚央の目の前で、いつも強気な新が苦しそうな顔をする。
「いや、違う。願望だったんだ。俺は、自分の全てを受け入れてくれる人と一緒にいたかった」
一緒にいても気を遣わないし、深く話さなくても何でも理解してくれる。諍い(いさかい)になることもない。
全てを許してくれるし、全てを許せてしまう。
お互いが、そんな不思議な存在だった。
「気持ちいいね、新」
「うん」
空には数え切れない程の星が輝き、幾つか落ちてくるんじゃないかとさえ思える。
涼やかな夜の風が、2人の頬を優しく撫でた。
「なぁ、新はいつから俺のこと好きだったの?」
突然の尚央の問い掛けに、新が顔を真っ赤にしながら目を見開いた。
「まさか、やったから情が湧いた……とかじゃないよね?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!まぁ、ちょっとはあるかも知れねぇけど……」
「それって最低じゃん!?」
口に手を当てて、モゴモゴ話す新の肩を尚央が叩く。でも、本当に怒っているわけではない。
新が、そんな軽い思いで自分を抱くはずかない……尚央はちゃんとわかっているのだ。
「でもさ、俺思うんだよ」
「ん?」
新がフワッと尚央に微笑みかける。
「俺もお前も、本当に変わり者じゃん?絶対に普通の人には理解できない世界を生きてる。それは個性って意味では凄いことだけど、自分を100%受け入れてくれる人に出会うことはめちゃくちゃ難しいことだって思う」
でもさ……。
新が尚央の手をそっと取って、指を絡めた。
「俺は、尚央の全てを受け入れてあげられるし……お前も俺の全てを理解してくれてる。なのに、ずっと一緒にいるも全然苦痛じゃない」
新が尚央に向かって、太陽みたいにニッコリ笑った。
「これって、運命じゃね?」
「新……」
「似た者同士、恋に落ちよう?ずっとずっと一緒にいようよ?大丈夫だよ。尚央も絶対に、俺の事が好きだから」
少しだけ不安そうな新が、尚央の顔を覗き込む。
そんな姿が、耳と尻尾を垂らして落ち込んでいる大型犬に見えて……尚央は思わず笑ってしまった。
「違うか?」
サラッと涼しい風が、少しだけ伸びた新の前髪を揺らした。
そんな風からは、尚央と新が大好きな夏の香りがする。
今年の夏は、どんなに楽しいことが待っているだろうか。想像するだけで尚央の心は踊る。
楽しい楽しい思い出を、新と一緒に増やして行きたいと、心の底から思える自分がいた。
「俺も新が大好きだ。お前の変なとこも、おかしなとこも、全部全部愛しい。だから、俺もその運命を信じたい」
繋いでいた新の手に、そっと頬擦りをする。幸せ過ぎて泣きたいなんて、尚央は生まれて初めてだった。
「きっと、このチャンスを逃したら……一生運命の相手には出会えないって思うんだ」
その瞬間、温かくて柔らかいものが尚央の唇に触れる。
「ほらな?言った通りだろ?」
「うるさい」
「バァカ。照れるな、照れるな」
新は、尚央を優しく優しく抱き締める。
夏の足音と、新しい恋の扉が開いた音が……すぐ近くで聞こえた気がした。
【END】
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