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擬似──5
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帰り道、刹那は窓の外を見つめていた。
行きは眠っていたからか、映る景色全てを確かめるよう真っ直ぐに。
僕からすれば何も珍しくないだだっ広い海だが、信号待ちの間ですら彼は海から目を離さない。
「…は?何みてんの」
「刹那がずっと外を見るから、何かあるのかと」
「別に何もないでしょ。暑そうーくらいしか思わね」
「本当?急いでないし、気になるなら車置いて少し散歩してもいいよ」
僕としては精一杯の気遣いだったのだが、刹那はあからさまに不機嫌な顔をしてこちらを睨んだ。
共に過ごした中で初めて見た刹那の顔だ。
「だーから暑いし出たくない。そもそも外とか見てないし」
「ええ?でもさっきからずっと──」
「ずっと運転してるとこ見てたの!」
「え?えっと…それは……」
刹那の答えはあまりに意外なものだった。
窓の外ではなく、窓に映る僕を…?
「マジで鈍感。スルーしとけし。楓さんたまにアホだよね」
信号が青になり、僕が正面を向いてもなお刹那はぶつぶつと文句を言い続けた。
たまに助手席の窓を見れば、当然窓越しの刹那と目が合うわけで。
思わず吹き出すと隣から強烈なパンチが飛んでくるのだが、もはやそれすらも愛しく、頬に集まる熱は袖で隠した。
しかし、幸せな時間もそう長くは続かない。
日没時刻になる頃には、僕らに終わりが迫っているのだと感じずにはいられないのだ。
遂に無言になった車内には静かな緊張が走る。
「刹那、何か食べる?」
「……別に」
「トイレは平気?」
「……俺楓さんの子供じゃないんだけど」
「間違いない。…親みたいな心配しちゃったね」
家族連れ、友人、恋人同士…地元近くのサービスエリアに車をとめ、嫌でも目につく沢山の笑顔。
こんな風に笑えていたのは、一体いつだったろう。
橙と紫のグラデーションを魅せる空が酷く幻想的で美しく、隣の赤色は光を帯びて鮮やかに煌めいていた。
「やっぱり俺展望台がいいなー。楓さんは決めた?」
「……そうだな。刹那がそこなら、僕もそうする」
「あ、そ。……じゃあ一緒だね、最期まで」
目的地をあの晩見た展望台に設定し、再び車を走らせる。
時々ナビと反対に曲がる僕に、刹那は何も言わなかった。
スナックの前で刹那を待って、目的もなく歩いた夜道。
刹那越しに眺めた海。窓越しに交わった視線。
一つの会話もなく、終わりに向かって刹那だけを想うほんの数十分。
涙は流れない。君のお陰だろうか。
薄闇の中に聳え立つ不気味さすら覚える圧倒的な展望台がもう、目の前だ。
「刹那」
「…ん」
頂上へ続く階段を一歩一歩踏みしめながら呟く。刹那は脚を止めずに答えた。
「刹那は何故死にたいと思うんだ?」
「……っは。それ聞く~?」
刹那の声は、狭い通路によく響く。
別に言いたくなければそれでいい。知ったところで、どうせすぐに僕も死ぬ。
でも聞かなければこの先永遠に知らぬままだ。
孤独な僕の最期を彩ってくれたこの男の事を。
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